15 君のため 【15-2】


【15-2】


午後から仕事に向かうつもりだった笙は、ゆっくりと支度を整え時計を見た。

そして、いつものように百合子の遺影の前に立ち、その笑顔を見る。

亡くなる数年前、まだ百合子が庭で野菜を作ったりしていた頃の、

穏やかな表情がそこにあった。

笙が、仕事で遅くなるから食事はいらないよと、気を遣ったつもりで言うと、

『風ちゃんが帰りに寄ってくれるから』と、百合子はよく口にした。

年の離れた友達のような風に教わり、携帯電話も使えるようになり、

通話アプリを楽しんでいた。

時々携帯が思うようにならないと慌て、笙にSOSをしてきたことも思い出す。

笙は立ち上がると、椅子にかけておいた上着を取る。



『風ちゃん、楽しそうに話してくれるの、デートのこと』



自分のしてきたことを百合子が知ったら、間違いなく怒られるだろうと思ったが、

全ての方向からプラスを得るためにはこれが最善だったと思い、

上着のボタンを止めていく。

先日、目の前の席に座り、『この家があってよかった』と感想を述べたのは、

風自身だった。

笙は、今の風なら、『環境に沿った未来』を考えることが出来るだろうと思い、

鍵をかけて家を出る。



笙が車を運転し、出かけたのは天羽の事務所だった。

8月の終わりに行われる『未来を考える会』に、風を連れて出席し、

同じように天羽が連れてくる予定の直輝と、会わせるつもりになっていた。

しばらく待っていると、奥から天羽が姿を見せる。


「先生、お忙しいところ、すみません」

「いや、こちらこそ悪いな。ここまでわざわざ」


天羽はそういうと、笙と向かい合うようにソファーへ座った。


「今度の会に、風を連れていくつもりです。
『未来の会』には、宮田先生も出られると聞きましたが……」

「あぁ、なんとかお願いして、出てくれることになったよ。
宮田先生が顔を出してくれることで、正直、会のグレードが上がるからね。
この間までは『天羽君がいれば……』と、そう言われていたので、無理かとも思ったが、
なんとか……


天羽はそういうと、『不幸が続いたからね……』と声に出す。

笙は、そばに来た天羽の秘書、『生島尊』に頭を下げる。

生島も笙の挨拶に合わせるような礼をした後、携帯電話を持ったまま外へ出て行った。


「不幸が続く……とは……」


笙は数年前に跡取りが亡くなったことは知っていたが、『続いている』という言葉に、

何か別のことが起きたのかと、天羽に尋ねる。


「あぁ、うん。先生の弟さんがこの春に亡くなったそうだ。
まぁ、若い頃から自由気ままな人で、ほとんど交流もなくなっていたようだけれど、
そこはさすがに兄弟だしな……」

「弟さんが……そうでしたか」


笙は自分も親しい身内を亡くす辛さはわかっているため、

宮田が前向きにならなくなる理由も、わかる気がしてしまう。


「森嶋さんのところは、息子さんが相当優秀だそうだね」

「あ……ありがとうございます」

「この間、『Breath』の話題が議員会館でも出てね。
『ブレスガーデン』を、西日本のどこから展開していくのかと、話題になっていたよ。
居抜きなのか、全くゼロからなのか……」


天羽は、『羨ましいことだ』と昴のことを話す。


「うちは自分の思いも、志も、とにかく中途半端なまま時間が過ぎてしまって。
そばに置いて、仕事を覚えさせているつもりだけれど、
今も気持ちが固まっているのかどうか……」


天羽は、風と合わせる予定の長男、直輝について愚痴を言う。


「天羽先生。今の年齢になっているから、
先生も若い者は何をしているのかと思われるのでしょうが、
私も、20代、いやついこの間まで、今、親が生きていたら、
何をしているのかと、叱られるようなことばかりをしていますから」


笙はそういうと、天羽の言葉を笑って返していく。


「そう言ってもらえると、ありがたい。
環境と得るものが、成長させるとそう信じているけれど」


天羽は、『環境』という言葉を使い、

この話が前向きに進んで欲しいという会話を成立させる。


「森嶋さんのお嬢さんなら、そういう話はいくらでもある。
最初に縁を持たせてもらえるのだとしたら、本当に嬉しいことだけれど……」


その挨拶に、笙は黙って頷き、意見の統一をアピールする。

二人の会話は10分程度で終わり、天羽は笙が見送る中、

生島と次の場所に向かって出発した。





「お疲れ様でした」


午前中で『Breath』の仕事を終えた伊吹は、出していたPCを片付け始めた。


「沼田さん」

「はい」


昴から『昨日はすみませんでした』と言われ、伊吹はすぐに風を見てしまう。

風は声が届いているのか、それとも無視しているのか、顔をあげるわけでもなく、

片付けをしていて、視線が合うこともない。


「いえ、そんなふうに謝られることでは……」


伊吹はそういえば、美緒が気になり、

昨日は自分の方こそ、あまりうまく対応出来なかったことを思い出す。


「僕の方こそ、驚いてしまって、あまり会話もないまま……」

「いや、そうですよね。何も聞いていなかったし、
まさかあんなところで会うとも思わないし。道佳も調子に乗りすぎたと思ったのか、
あの後、少し落ち込んで」

「エ……」


伊吹は『どうしてですか』とつい聞いてしまう。


「自分に関わる人が、いつも笑顔でいてくれたらいいと思ってあいつは動くのですが、
だいたい動いた後に、やり過ぎたと言ってみたり、
この後はどうしたらいいかと考えてみたり……
まぁ、なんとかなるよと励ますのはいつも僕で……」


道佳の失敗を語っている昴の顔は、謝っていながらも幸せそうに映る。

伊吹は『そうでしたか。道佳さんに、気にしないように伝えてください』と返事をした。

自分の中途半端な態度が、道佳に気を遣わせたのだとわかり、

『こちらこそすみません』と昴に頭を下げる。


「いやいや……」


片付けを終えた風は、昴と伊吹の会話には無反応のまま横を通り過ぎた。

伊吹はファイルをしまおうとして、『あ、そうだ』と声に出す。


「森嶋さん」

「はい」

「この、今日あらためてもらった資料のまとめ方ですが、
最初に青柳がもらってきたものに比べて、さらにわかりやすくなっていました。
何か『Breath』の方で、他の動きが……」

「エ……」


昴は伊吹が見せた資料を取ると、『あぁ……』と数回頷いた。


【15-3】



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