15 君のため 【15-4】


【15-4】


「こうなったら紗菜さん。石油王の息子を捕まえましょう」

「石油王?」

「そうですよ。そうすれば、『AREA』のチケットなんて、すぐに手に入ります。
いや、チケットだけではありません。自家用車のガソリンも思うがままですし」


晋平は『石油王』という言葉を、数回繰り返す。


「石油王の息子の方が、簡単に手に入らないと思うけどね」


紗菜は、晋平の意見があまりにも突拍子もないことがおかしくて、

笑みを浮かべた状態で言い返した。

晋平は、風がチケットをわざと置いていったテーブルを見る。


「あのお客様、絶対にあのチケットを忘れてなんていませんよ、あれはわざとです。
あんなふうに物を粗末にする人が、『北口族』だからといって、
幸運をつかみ続けるのはおかしい。次こそ、当てましょう。
俺も手伝いますよ、チケット争奪戦。この世に神様がいるなら、どうにかなるはず」


晋平は、ネコたちのトイレの砂を変え始める。


「……ありがとう」


紗菜はそう言って晋平の肩を軽く叩く。

保護ネコの『ルル』が、お気に入りの場所からポンと飛び降り、

体を思い切り伸ばすようにした。





「あぁ……やっぱり最高だよね『AREA』」

「うん。来てよかった」

「そうだよ、風。悠真に腹を立てて、
チケットを捨てたようなことを言ってきたときにはさ、さすがの私も、
頭が真っ白になった」


かおりは、両手を自分の顔の上部分から下に下ろし、

『血の気が引いた』というアピールをする。


「ごめん、そうだよね……」


風は、かおりに謝罪をしながら、

改札の前で自分を待っていた紗菜のことを思い出していた。

紗菜もこのコンサートを聞きたかったはずなのに、チケットが取れなかったため、

今日もいつものように、仕事をしているだろうと考える。

風は、飲み物のソーサーの下に入れ、

明らかにわざとチケットを忘れてきた自分の行動を振り返った。

あの日、見つけてゴミだと処分されても、文句を言える立場でもなかったのに、

気付いた晋平はすぐに自分を追ってくれたし、店長である紗菜は、

風と会えるかもしれないと、改札前に立ってくれた。

風はバッグの中に入れた、『AREA』のビニール袋を見る。


「ねぇ、かおり」

「何?」

「悠真と、あれから会った?」


風は、元々悠真と最初に知り合ったのは、かおりの方が先だったため、

そう聞いてみた。かおりは『会うわけないでしょう』と口を尖らせる。


「風を裏切ったようなヤツと、平然と会ってお酒を飲むほど、
私はお気楽な人間ではありません」


かおりは『連絡ないの?』と逆に聞いてくる。

風はしっかりと頷き『ないよ』と返事をした。

かおりは『そう……』と言った後、ストローの入っていた細長い紙の袋を、

真ん中でピリッと破る。


「全く、あいつがあんなヤツだとは思わなかった」


かおりは『会社の近くであったらひっぱたこうか?』と風を見る。

風は黙って首を振った。

悠真に別れを告げられた時には、ショックも大きかったが、

時間が経てば経つほど、自分の中にあった『甘さ』や『ずるさ』に気付き、

悪かったのは自分の方だという思いが強くなっていた。


「自分では、自分のダメなところは見えないものだね。人のことは指摘するのに、
自分のことは全然……」

「何? 自分?」

「そう、いや……私は自分だけでなく、周りのことも見ていなかったのかな。
今まで、色々なことに疑問を持ったこともないまま、ただ過ごしてきて。
恵まれていることは当たり前のように受け入れておいて、そのくせ、
周りが思い通りにならないと、ふてくされて怒っていた気がする」


風は、かおりを通じて悠真と知り合った頃のことから、色々な時間を思い返していた。

伊吹との納得出来ない別れ。その苦しい感情から逃れたくて、

悠真に心を見せないまま会い続けていた。

思いや環境を、利用していたことは否めない。


「物事がうまくいかないのは、人のせいではなくて、自分に責任があるのだなと、
近頃、なんとなく思うようになった」

「ん?」


かおりは、いつもマイペースな風からは、

あまり聞いたことがないような『振り返り』の言葉が出たことに驚いてしまう。


「どうしたの、風……何かあった?」

「いや、特に何があったわけではないけれど、今までのことを振りかえっているの。
私は、色々と足りない人間なのだと思う」

「足りない?」

「そう。何もかも足りない。だから、この運命を黙って受け入れて、
おとなしく生きていくのが合っているのかも」

「風……」

「こうしたいとか、こうしようとか、
中途半端な意思など持たないことが、合っているのだと思う」


風はそういうと、グラスに入っていたお酒を飲み干した。

『AREA』の余韻は、その後もしばらく続き、風が店を出てタクシーに乗る頃は、

日付変更線が目の前に迫るような時間だった。





次の日、風はいつものように支度をして家を出た。

階段を降り、門を閉めたところで一度立ち止まり、確認するようにバッグの中を見る。

そこに入っているのは、『AREA』のロゴが入ったビニールの袋だった。

風はそのまま下り坂を進み、『三国川』の改札前までやってくる。

いつもなら改札に定期をかざし中に入るのだが、今日はまっすぐ進み、

『ニャンゴ』のそばまで歩いてきた。

オープン前に窓から覗いていた時、通勤してきた紗菜に会ったことを思いだしたため、

あえて同じような時間に店の前に到着する。

カーテンはまだ開いていないし、看板も出されていない。

風は携帯で時間を確認し、少し待つことにした。

改札の方を見ていると、携帯にLINEが届く。

誰なのかと思い開いてみると、久しぶりになる神部からのものだった。


【15-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (*´∇`)ノ ヨロシクネ~♪

コメント

非公開コメント