15 君のため 【15-5】


【15-5】


『お元気ですか。連絡が遅くなりすみません。
仕事も一段落したので、お食事でもと思いまして……』



風は、自分の仕事が一段落したから食事をと、

あくまでも自分が中心のところは変わらないなと思いつつ、

『相手がいる』と話した自分に対して、どうしてこういう文章が送れるのかと、

ため息をつく。正直、連絡がないことにほっとしていたし、

伊吹との再会や、悠真との別れがあり、神部のことなど頭の中から飛んでいた。

しかし、相手はまた関わりを持とうとしている。

母親同士が知りあいのため、『失礼のないように』がいつも頭の中にあり、

風は『やんわり』と『会うのは難しい』と返信をした。


「おはようございます」


その時、紗菜の声がしたため、風は慌てて携帯をバッグにしまい、

すぐに『おはようございます』と返事をした。


「チケット、本当にありがとうございました」

「いえ……」


紗菜は『楽しめましたか?』と風に聞く。


「はい。本物の音が聴けて、楽しかったです。
店長さんにチケットを戻してもらえたので、聴くことが出来ました」


風はそういうと『本当は気付いていたでしょう』と紗菜を見る。

紗菜は言葉を返さず、黙っている。

風はそれが答えだと思い、『すみません』と謝った。


「そうですよね、気付きますよ、普通。私、あの日、ソーサーの下に、
わざとチケットを入れました。嫌なことがあって、
そのチケットを見ていると思い出してしまって。つい……」


風は『つい……』の後は語らないままだったが、

紗菜は、『北口族』の風にも、悩みがあるのだと思いながら頷き返す。


「店長さんのように、行きたくても行かれなかった人がたくさんいるのに、
あのチケットを得ることが出来た幸運を、全然わかっていなくて。
本当なら、捨てられていても仕方がなかった。それくらいのことです」


風の正直な言葉に、紗菜は黙って首を振る。


「ここ数日、本当に色々なことがあって、自分の未熟さを、思い知らされた気分です」


風はバッグの中からビニール袋を出す。


「これ、ツアー限定のグッズです。キーホルダーとハンドタオルですけど、
使ってください」


風は紗菜に袋を渡そうとする。


「いえ、そんな、私がもらうような……」


紗菜は驚き、一歩下がりながら両手を振る。


「そんなこと言わないで、受け取ってください。私の失敗のフォローだけしてもらって、
ただお礼を言って終わるのでは、気が済まなくて」


風はそういうと『ぜひ』とまた袋を前に出す。


「私も同じ物を買いました。なので……」


風の言葉に、紗菜の手がビニール袋に伸びる。

『AREA』の袋だけでも、ツアーを見に行かなければ買えないもののため、

その貴重さは十分わかっていた。

大好きなバンドがいた場所から、持ち帰られたものだと思うだけで、

雰囲気の一片だけでも得られた気がしてしまう。

紗菜は、困るという態度を取りながらも、嬉しさは自然と鼓動を速くする。


「ありがとうございます。それなら遠慮無くいただきます」

「はい」


風は『仕事があるのでこれで』と軽く頭を下げると、改札に向かって歩き出した。

紗菜は『また来てください』と風の背中に向かって声をかける。

風は振り向き、『必ず』と言うと、また前を向き歩いていった。



「ほぉ……」


紗菜の通勤から遅れて10分後に『ニャンゴ』に到着した晋平は、

当然、グッズの話を聞かされることになった。

紗菜は晋平にグッズを披露した後、自分のロッカーを開け、丁寧に袋を戻す。


「お嬢様は、ただわがままだけではなかったようですね」

「うん……」


紗菜は『今日も頑張るぞ』と両手でガッツポーズをする。

晋平は同じようなポーズで答えた後、『古くさくないですか』と笑い出した。





「おはようございます」


風が『営業部』に到着すると、昴が部長の杉田と話していた。

風が自分の席に座ると、すぐに昴がそばに来る。


「何?」

「いや、今朝、言うつもりが忘れていたからさ」


昴は『資料のこと……』と言うと、『褒めてたぞ……』と風を見る。


「褒めた? 誰が?」

「沼田さんがさ、昨日、帰る前に、お前が作り直した資料のことを褒めていた。
見やすくなったし、なんだか今まで思いつかなかったことを思いついた……
みたいなそんな言い方をしていて……」


昴は、『俺にはよくわからないけれど』と話す。

風は伊吹の話だとわかり、

『別に褒められるようなことではないから』と声に出し、カバンを置く。


「なんだよ、その言い方。あの人は『マーケティングのプロ』なんだぞ。
前にもほら……」

「褒められても、意味がないよ」


風は昴から伊吹の話を聞くのが嫌で、携帯を持ったまま席を離れてしまう。

昴は、風の機嫌が悪い理由がわからないまま、歩いて行く後ろ姿を見続けた。


【15-6】



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