15 君のため 【15-6】


【15-6】


風は、昴から出てくる伊吹の話題から避けるように、エレベーターで5階に向かった。

そこからさらに屋上へ出ると、そのまま、まっすぐ手すりのそばまで進む。


「あぁ……もう」


手すりを両手でつかみながら、風は冷静になれなかった自分を心の中で責めた。

『自分にも悪いところがある』と口では言えるものの、いざ伊吹のことになると、

冷静ではいられない部分が、すぐに前へ出てしまう。


「未熟であることを認めなさい。いつまでも、変われないぞ……私」


目の前に広がるのは『柴橋中央公園』で、向こうにある商店街までは見えない。

今日は伊吹が来る日ではないため、下を見ても姿は当然なかった。


『沼田さんがさ……褒めていた……』


昴は何も知らないからこそ、普通に話をしてくるわけで、

こうなったら過去を語り、イライラする自分の気持ちを理解してもらおうかと考えた。

しかし、そうしようと振り返り進んだ歩みは、ほんの数歩で立ち止まってしまう。


『沼田さん……』


風は、会議に参加している中で、昴の仕事に伊吹が必要なことは十分理解できた。

兄は冷静だし、伊吹との過去を聞いて契約を打ち切るとか、

担当を変えろということにはならないだろうが、

少なくとも仕事はやりにくくなってしまうはずだった。

自分だけが我慢すれば、確実に時間は流れていく。

いつまでなのかはわからないが、黙って下を向き、資料をまとめていれば終わりが来る。

風は手すりの場所まで戻り、今度は目を閉じると自然の風を受けた。

台風が近づくのだろうか、どこか湿り気のある風が、頬に触れる。

するとポケットに入れていた携帯が揺れた。

風はそれが神部からのものであることに気付く。


「はぁ……」



『会わないという選択肢より、会って比べるくらいのことをしてみてください。
あなたにはまだ自由がありますから』



相手がいるので、会うことは難しいと返事をした風に対して、

神部はそれを踏み潰すくらい、強引に再会を求めてきた。

『会って比べる』というのは、今、目の前にいる相手と、

自分を比べて欲しいという意味になるのだろう。

風は、文章をあらためて見た後、しばらく公園の木々を見ていたが、

このままでは無駄な時間を繰り返すだけだと思い、

覚悟を決めて返信を打つことにした。





世の中はお盆休みを迎え、昴は以前から計画していた旅行に、道佳と一緒に出かけ、

恭一は親しくしている仲間と、朝からゴルフに向かう。

真由子は次の絵画展に出そうと思っている絵の制作に励み、

風は、かおりと一緒に映画を見ようと駅の改札前に立った。

LINEで『もうすぐ着くよ』と連絡が入る。

風は『慌てて転ばないでよ』と返信をし、真っ青な空を見た。



『空の色は、日本の方がいいな……』



路葉は世話になっている友人の部屋から、晴れた8月の空を見た。

ベランダに出て、手すりに手を置く。


「路葉、いつ会ってもらえるの?」

「月末……かな」


路葉はそういうと、首を軽く動かしていく。

『紅茶れも入れようか』という友達の問いかけに、『お願い』と答え、また空を見た。





「ただいま……」

「お帰り」


伊吹は受け取ってきた洗濯物を車から取り出すと、箱のままカウンターに置いた。

鮎子がそれを持ち、さらに奧へと入れる。


「近藤さん、具合どうだって?」

「うん、少し鼻声だった。夏風邪は長引くからね」


『ストロボ』は『Breath』と同じようにお盆休みだが、

『沼田クリーニング』は暦通りの営業を続けているため、

伊吹はいつものように、『梶木原』や配達を頼まれた場所に向かい、

荷物を届けたり、受け取ったりと仕事をこなした。

友成は作業の手を止める。


「伊吹……お前に葉書が来ていたぞ」

「あ、そうそう、ほら『木村さん』よ、レタスの」

「あぁ……」


伊吹が大学時代、『収穫バイト』をした長野のレタス農家から、

季節の便りが送られてきていた。毎年、この時期になると、決まって葉書の写真は、

綺麗な緑が広がるレタス畑になる。


「毎年だけれど、見事よね」

「うん……」


伊吹は葉書を受け取ると、それを持って2階の部屋に向かう。

ベッドに寝転がりながら、その写真をあらためて見た。



『伊吹、元気にしているか』



木村家の跡取り、弘泰はいつも手書きの一言を葉書に添えてくれた。

年齢は2つくらい上だったはずで、伊吹にしてみると、思いがけないことから、

互いに似たような境遇を持っていたことを知り、気持ちがさらに近づいた。

木村家の親戚が、近くでスキー場を経営していることもあり、

ぜひにと誘われていたが、なかなか果たせずにいる。



『ねぇ、どっちがいい?』

『急に何だよ』

『私と……ほら、あの大きな木の下で草を食べているヤギと、ねぇ、どっちがいい?』

『は? 子供みたいだな、風』

『みたいでもなんでもいいでしょう。ねぇ、どっちがいいのか言って……』



『風……』

『……もう一度言って』



『風がいい』



伊吹は葉書を机に置くと、またベッドに寝転がる。

しばらく天井を見ながら、蝉の声を聴いていた。


【15-7】



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