15 君のため 【15-7】


【15-7】


「そうか、もう仮の案まで出来上がったか」

「はい。思っているよりも早く進んでいます。まだ第一段階とはいえ、
元々、『Breath』側も、ポイントにするところはわかってくれていたので、
あとは形にすれば自然に流れていくかと」


世の中のお盆休みが終了し、また日常が戻ってきた。

伊吹は『ストロボ』に出社し、樋口に状況を説明する。

数ヶ月と思っていた仕事は、ある程度集中的にこなせれば、

来月いっぱいくらいで、終わりが見えることも話した。

経理の海老名は、伊吹と樋口の会話を聞き、

『沼田さん、うちに来ないかって言われない?』と、

花に水をやりながら言ってくる。


「いえ、言われてません」


伊吹は海老名らしい質問をするなと思い、自然と笑みが浮かぶ。


「あら、沼田君の『うちに来ないか記録』が途切れそうね」


海老名は、小さなジョウロを持ったまま、そう言って笑い出す。

樋口はバーにつけて置いてある経済新聞を取った。


「そんな記録、誰が必要とするんだ、なぁ、沼田」


樋口は、そんなことを笑いながら言うと、自分の椅子に座る。


「『Breath』で仕事をするみなさんは、今回すごく若手ですし、
みなさん自身が優秀なので、そういう誘いはないですよ」


伊吹は海老名の質問にそう答えると、別企業の資料を取り出した。

自分が以前作ったデータを呼び出し、

風が行っていたように、『グラデーション』を意識して、まとめ直そうと考える。

並べ方、色使いを工夫すると、

数字が持っている意味や、与える感情もアピールをしやすくなるからだ。


「社長、『隅端金属』の資料、もう向こうに送りましたか?」

「『隅端金属』? いや、まだだぞ。沼田が完成形を出すと思っていたから……
まずいか?」

「いえ、よかったです。少し直したいところが出来たので、至急やります」


伊吹はそういうとPCを立ち上げ、資料の直しを開始した。





伊吹が資料の改良に取り組み始めた頃、風は『ブレスガーデン』で携帯を見ていた。

久しぶりに神部から連絡が来た後、風は覚悟を決めて返信をした。


『これ以上のお誘いは、困ります』


今までよりも強めで、覚悟を決めて打ち込んだ文章だったが、

神部からはすぐに『会って事情を説明して欲しい』と戻ってきた。

自分には付き合いをしている人がいると、以前、説明したはずだと思いながらも、

こうなったら『完全』を目指すべきだと考えを変える。

実際には、悠真との付き合いも消滅したが、それでも神部との時間が、

自分にとって必要だとは、全く思えない。



『説明させていただくので、会える日を教えてください』



その知らせにも、神部からすぐに返信があり、二人で日付と時間を決める。

風は、『どんなことをしても理解してもらう覚悟』を持ち、携帯を閉じた。





『柴橋中央公園』の管理事務所に、その日、仕事のためやってきた美緒は、

先輩と一緒に、提出された書類通りの修繕箇所があるのかどうか、

一つずつチェックをしていった。3つ年上の女性は、デジタルカメラで、

看板の割れた箇所を写真に撮っている。


「あぁ……これはダメだね。確かに割れている箇所が悪い」

「そうですね、子供が通ると危ない気がします」


先日、この地域の盆踊りが行われ、そこで酔った人が看板を壊したのだと、

地域の男性から連絡があった。

美緒もチェック用紙に記入し、修理か作り直しか、上の判断を仰ぐことにする。

公園は地域利用も多く、その分、修繕箇所の指摘など、通報もあった。


「ねぇ、陣内さん、帰りに『ブレスガーデン』に寄ってもいい?」

「エ……」


先輩は、普段、なかなか外に出ることもないので、

パンを買って帰りたいと話し始める。


「美味しいのよ、あそこのパン。買ったことない?」

「ない……です」


美緒はそう答え、またペンを動かし始める。


「そうなんだ。コンビニとかにも『Breath』のパンは売っているけれど、
『ブレスガーデン』で売っているのはまた、ちょっと種類が違うのよね」


先輩は『香ばしさが違うの』とさらにプッシュする。


「わかりました、帰りに寄りましょう」


美緒は資料を手に持ったまま、視線を上に向けた。

『柴橋中央公園』の横断歩道の向こうに、『Breath』の本社が建っている。

美緒はいくつも見える窓の向こうに、今、伊吹がいるだろうかと考えた。

そして、あの時、辛そうに自分たちを見ていた風が同じ部屋にいて、

伊吹に話しかけるような様子を、想像してしまう。


「あ……こんなところにも……」


先輩は別の箇所を写真に撮ると、『ベンチの板が割れている』と言った。

しかし、美緒の視線は『Breath』に向かったままになる。


「陣内さん……」


先輩はカメラから美緒の方を向く。


「おーい……陣内!」

「あ……はい、すみません」


美緒は状況を思い出し、すぐにメモを取ろうとする。

先輩は、あらためてベンチの亀裂について、美緒に説明した。


【16-1】



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