16 穴埋め 【16-7】


【16-7】


路葉も読んだことがある文面のため、内容はわかっていたが、

『待たされている』という思いがあるからなのか、宮田の読む時間が、

思ったよりもかかっている気がしてしまう。

宮田は手紙を読み終わった後、それを隣にいる晴子に渡す。

晴子は手紙を受け取ると、同じように読み始めた。

宮田は一度大きく息を吐き出し、あらためて路葉を見る。


「確かに……これは傑の字ですね」

「いいですよ、納得がいかないのなら、鑑定にでも出してください。
一応、フランスには、彼がこの手紙を書いたことを証明してくれる友人もいますが……」


路葉は自分の立場をきちんと認めさせたいと思い、あえて強く前に出る。


「いえ、手紙の中を読めば、あいつしか書けないことがあることは、私にもわかります」


宮田はその必要はないと首を振り、写真を手に取った。

路葉の腕に抱かれている赤ちゃんを見る。

晴子も手紙を読み終えたため、テーブルの上に手紙が戻された。


「これが……傑の息子ですか」


晴子の状態を確認した宮田が、そう話を切り出した。


「はい、息子の伊吹です」


路葉はそういうと、あらためてきちんと頭を下げる。

晴子は『伊吹……』と初めて聞く名前を言いながら、宮田の持つ写真を見た。

路葉は『今年30になります』と宮田に話す。


「30……」

「はい。伊吹が出来たことがわかったのは、傑さんと距離をおいた時期でした。
なので、子供が出来たことも彼には伝えませんでした。
彼の頭の中には『自由に生きて、絵を描くこと』しかないことも、
私が一番わかっていたつもりです。世間的に普通にあるような家族など、
作れないこともわかっていましたから。ただ、私は彼の子供を産みたかった。
それだけです」


路葉はそういうと、自分が伊吹を抱く写真をあらためて見る。

誰からもおめでたいなどと言われなかった日のことを、思い出す。


「産まれてからも子供を認めろとか、そんな話しも傑さんには言わないままでした。
でも、12年前、彼が日本を離れ、絵を描くことだけを求めて
海外に向かうことを知って……。一度離れたことで、
あらためて存在の大切さに気づけたのも事実です。
自分がフランスへ旅立つことを、私に手紙で知らせてくれた彼も、
同じ気持ちを持ってくれていたのだとわかり、
仕事の都合をつけて会いに行った時に、そこで初めて伊吹のことを話しました」


路葉は当時、高校生だった伊吹に、『頑張れ』と声をかけたことを思い出す。


「傑さんは、自分に血のつながる存在があるとは思っていなかったと、
驚きながらも、本当に喜んでくれました。
しかし、『宮田家とは関わらない』という、私と傑さんの共通の思いもあって、
息子にも、父親が誰なのかは何も話していません。
傑さんも、私の兄夫婦の養子として、すでに人生を歩み始めていた伊吹を思い、
このままでいいと言って。伊吹が今更、混乱することは望まないと……」

「でも……あなた今、こうして来ているでしょう。それは宮田家の財産をと……」

「晴子」


宮田は晴子の発言を止め、路葉は小さく頷く。


「はい……その通りです。無関係だとは言いません。
でも、私が欲しいと願っているのは、宮田家の財産ではありません。
それが欲しいと言うのであれば、ご両親が亡くなった時にこの話をしたでしょう」


路葉はそういうと、亡くなる前の傑の姿を思い出す。


「私が欲しいのは、彼の描きためてきた20点の絵に対する全ての権利と、
その絵を『個展』として形にする、その費用だけです。
私たちは籍も入れていませんから、夫婦ではありませんし、
相続の権利があるのかと、疑問に思われることもわかっています。でも……」


路葉は『どうか、お願いします』と宮田に頭を下げる。


「個展と権利? 何よ、結局、お金じゃないの」


晴子の言葉に、路葉は顔をあげると、睨むように晴子を見る。

晴子はその迫力に、自ら視線をそらした。


「息子の名前は、伊吹と言ったね」

「はい」

「お兄さんの養子だと言っていたが、どういうことですか」


宮田は、伊吹がどう経緯でそうなっているのかと、路葉に尋ねた。


「最初は、自分で仕事をしながら、伊吹は育てていくつもりでした。
でも、当時は商売もあまりうまくいってなくて。
資金繰りのこと、店で働く人のことなど、考えることが多すぎて。
私自身も気持ちがすさんでいたこともありますが、
伊吹が1歳を過ぎた頃、まだ当時、子供がいなかった私の兄夫婦が声をかけてくれて、
養子に入れて、育ててくれることになりました。今は社会人として働き、
兄の商売になるクリーニング店の手伝いもしています」

「場所は?」

「『柴橋』です。商店街の中に……」


路葉は、傑の手紙を封筒に戻していく。宮田はあらためて路葉が出した写真を見た。

1枚が伊吹の赤ちゃんの写真で、もう1枚は、フランスで病気になり、

入院していた傑の写真。そして、もう1枚が、伊吹が大学を卒業した時に、

路葉と一緒に撮った写真だった。

宮田は社会人として写真に収まる伊吹を見る。

伊吹はスーツ姿だったため、宮田は、突然亡くなってしまった息子に、

どこか似ている気がしてしまう。

路葉は『こちらの提案を受け入れてください』とあらためて宮田を見る。


「路葉さん。あなたの要求はわかりました。まぁ、本来、うちの両親が亡くなった時にも、
本来権利があるものを傑が辞退した事実もありますから。
あいつの遺したものを形にするのなら……いう気持ちも私にはあります。
しかし、少し、時間をいただきたい」

「時間……ですか」

「はい。傑が亡くなって4ヶ月。あなたは近くにいたから、
こうなっていくこともわかって、あいつと過ごしてきたのでしょうが、
私たちは亡くなったという情報を得てからしか、あいつとのことに向き合えていません」


宮田の言葉に、隣にいた晴子が頷き、『日本に連絡をくれていたら……』と、

悔しそうな顔をする。


「手紙にも書いてあっただろう。宮田家には連絡をするなというのが、
あいつの遺言だ」

「でも……」


晴子は『治療だってもっと出来たかもしれないのに』と話す。


「あいつの望むようにした結果がこれだ。あれこれ言うな」


宮田の言葉に、晴子は小さく『はい』と返事をする。


「なるべく前向きに、そして決断も早めにするつもりです」

「はい……お待ちしています」


晴子は兄である宮田の言葉に不満そうな顔をしながらも、それ以上は何も言えなくなる。

路葉は2人に向かって頭を下げると、残りのアイスティーを飲み始めた。


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