17 羨望 【17-7】


【17-7】


「風さん、あの店……よく使うの?」


慶は風を見ながら、そう話す。


「よく……ではないですけれど、何度か利用したことがあります」

「だとすると、あの店の裏事情もご存じで?」


慶はおそるおそるそう尋ねた。

直輝も風を見る。


「裏事情……ってどういうことですか?」


風は、友達と待ち合わせをして互いの会社の場所を考えると、

そこが都合がよかったからと、利用する理由を話す。


「今は本社が『柴橋』になりましたけど、昔は違っていたので……」


風は『裏事情って』と繰り返し慶を見た。

慶は、『ナンカフェ』って言われているのだと笑いながら語る。


「『ナンカフェ』?」

「そう。あの店は『ナンパ』をしたい人、されたい人が来る店だと、一応評判なの。
女性が一人で座っていたら、声をかけてくださいって言っているようなものだから。
しかも今日の風さんはお酒も入っていたし……」


慶は『なぁ、直輝』と直輝を見る。

直輝は『とりあえず、酔って一人で入る店ではないよ』と、慶の言葉に付け足していく。


「『ナンカフェ』ですか。そんなこと全然知らなかったです。
いや、でも、一度も声をかけられたりしたことはないですよ」

「本当に?」

「はい」

「友達の中に男性はいた?」

「あ……」


風は、そういえばいつも悠真も一緒だったことを思い出す。


「そうだ……いました。男性」

「そうか、それならされないよ。そこまで無謀な男もいない。
まぁ、結構便利な場所にあるからね、知らずに利用している人もいるのだろうけれど」


慶は『なぁ、直輝』と再び直輝を見る。


「『ナンカフェ』か。覚えておこう」


風は自分の危うかったことなど、

すっかり忘れているのかそういうと、部屋の隅から二人が座るソファー近くに来る。

直輝と慶の顔を交互に見ながら、自然と笑みが浮かぶ。


「ん?」


慶は近づいてきた風が、何を言うのかと身構えた。

直輝はそろそろ送るべきだろうと思い、机の上にある車のキーを取る。


「橋本さんと天羽さんは、あの店の裏事情をご存じだと言うことですよね。
ということは……」


風は、『そういう噂を立てさせる当事者ですね』とさらに楽しそうに笑い出す。


「いやいや、違う……と言いたいけれど、えっと……」

「行くぞ、ほら、遅くなる」


直輝はそういうと、風に『行きましょう』と声をかけた。

慶は『これ以上、突っ込まないで』と風を見る。

風は『すみません』とあらためて謝ると、『お願いします』と少し笑いながら、

二人に頭を下げた。





夜、紗菜は外で騒がしく泣いたネコの声に目が覚め、お手洗いに行こうと部屋を出た。

階段を挟んで向かい側になる伊吹の部屋は、まだ灯りがあり、

キーボードを叩くような音も聞こえてくる。

紗菜は1階まで降りた後、居間の壁についている時計を見た。

日付は変わり、時間は1時を過ぎている。

こんな時間まで、伊吹は仕事をしているのだと思いながら紗菜が廊下を歩くと、

勝手口の向こうにあるダストボックスの上あたりで、鳴くネコの声がした。

そこに別のネコが来たのか、バタバタと追いかけあう音が聞こえ、

部屋にいる伊吹の手も止まる。


「ふぅ……」


伊吹は一度大きく息を吐き、首を軽く回した。

視線はPC画面を追いかけ、落とした部分がないかをチェックする。

目指しているものの形はおおよそ完成したが、

よりわかりやすくするためには、もう少し細工が必要になる気がした。

携帯の時計で、時間が思っているよりも過ぎていることがわかり、

伊吹は今日はここまでにしようと、一度伸びをした後、作業を保存した。





「おはよう……」

「おはよう」


風は母に挨拶をすると、そのまま顔を洗うために洗面所へ向かった。

直輝と慶に送り届けてもらった時、すぐに家から出てきたのは母の真由子で、

『迷惑をかけて申し訳ありません』と二人に挨拶をしてくれた。

直輝は『楽しい時間でしたので、つい……』と風と一緒だった芝居を続け、

全てを知っている慶も、それに合わせて頭を下げてくれた。


『風さん……また』


直輝にそう言われ、風は『助かりました』という意味も込め、深めに頭を下げた。



風は、タオルを棚から取り出し、自分のすぐ横に置く。

冷たい水に手を入れて、一度顔を洗った。そして、タオルを顔に当てる。

自分の顔が映る鏡をしっかり見ながら、軽く首を動かした。

お酒を飲んで酔っぱらったとはいえ、腫れぼったい目でもないし、頭も痛くはない。

思っていたよりもお酒は抜けてくれたようで、風はその後、洗顔フォームを手に取ると、

手のひらで泡を作り出す。


「また……か」


風は、車に乗り帰って行った直輝と慶を思い出し、

迷惑をかけてしまったお礼をする意味でも、

一度、しっかりした状態で再会すべきだと考える。

手のひらにある泡を両方の頬に置くようにつけ、あらためて自分の顔が映る鏡を見た。


【18-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (*´∇`)ノ ヨロシクネ~♪

コメント

非公開コメント