18 願い 【18-3】


【18-3】


「海老名さん、そういえば社長は……」

「今日は、前からお願いしていた『日帰りドック』の日だから。
今頃、あっちに行ってください。こっちに行ってくださいって言われているわよ」

「あぁ……」


社長の樋口は、日帰りの人間ドックを受けるため、病院に行ったことを聞き、

伊吹は自分の父親と、そういえば同じくらいの年齢だったことを思い出す。

伊吹の父、友成が倒れたのは8年前。

それからはなるべく無理のないよう仕事をしていると思っているが、

クリーニングの仕事は立ち仕事で、水も使うことも多い。

無理をしていないつもりでも、体には負担がかかっているのではないかと考える。

社内の電話が鳴り出したため、海老名は『はいはい』と言いながら電話に出た。

『Breathでございます』と挨拶をし、相手と明るく話し出す。

伊吹は、そんな海老名の声を聞きながら、あらためて画面を見ると、

チェック項目にまた一つ印をつけた。





「ただいま……あぁ、お腹空いた」

「お帰り。ねぇ、紗菜、上に伊吹がいるから、声をかけてきて」


紗菜は手を洗いながら、『何、お風呂に入れとか?』と鮎子を見る。


「違うのよ、1時間くらい前に仕事から帰ってきて、すぐに部屋に入ってしまって。
食事は後からでいいって言うから。そのままなのだけれど……」

「お兄ちゃん、食べていないんだ」

「うん。だからさ……」

「わかった」


紗菜はタオルで手を拭き、階段を上がっていく。

昨日の夜中と同じように、伊吹の部屋からはキーボードを叩く音が聞こえてきた。

紗菜は軽くふすまを叩く。


「お兄ちゃん、お母さんが夕飯食べてって」


紗菜は『入るよ』と言い、ふすまを開けていく。

伊吹は『わかった、すぐに降りる』と言いながらも、視線は画面を見たままになる。


「何、忙しいの? 昨日の夜中も仕事していたでしょう」


紗菜は『1時過ぎていたよ』と伊吹に言う。


「どうしてそんなこと知っているんだ。心配したのか」


伊吹の返しに、『トイレです』と紗菜はすぐに答えを戻す。


「信じられないな、食事を取らないままで仕事をしているなんて。
私なんて、エネルギー不足になったら絶対に動けないもの。ほら、食べようよ。
お母さんが困るから」

「わかったって……」


伊吹はそこで手を止め、画面を見る。

紗菜は何をしているのかと思い、伊吹の後ろから画面を見た。

数字や文字で埋め尽くされている画面と、表が出来ている画面があり、

紗菜は首を傾げる。


「何これ」

「ん? 売り上げのデータを管理するための表作りだよ。
今までもあるものを少し改良してもらうためのヒントと言うか。
色を工夫して、データの差をよりわかりやすくしようと思って」

「色?」

「そう。関連性のあるものや、より意見が近いものは、
同系色に揃えていくことで見やすくなるし、相手の反応の熱がわかる」

「……熱」

「逆に……」


紗菜は聞いていてもわからないと判断し、『もういいです』と伊吹の説明を遮断する。

『先に降りるから』と部屋を出た。

伊吹は『自分が聞いてきたくせに』と言うと、データが消えないように、一度保存をする。

紗菜を追うように部屋を出ると、『腹減ったな』と声を出しながら階段を降りた。



伊吹は紗菜と一緒に夕食を取ったものの、ろくに話すこともしないまま、

またすぐに部屋へ戻っていった。

お茶を飲みながら、紗菜は『忙しいみたいよ』と隣に座る鮎子に話す。


「仕事が?」

「うん、昨日も夜中までしていた。私がお手洗いに起きた時……何時頃だったかな。
お兄ちゃんの部屋の灯りがまだついていて、パチパチしていたし……」


紗菜は両手の指を動かし、キーボードを打つ真似をする。


「そう……締め切りでも近いのかしら」


鮎子は、そういうと持ってきた布巾で台を拭いていく。


「うーん、どうだろう。今もね、何をしているのか聞いてみたの。
なんだか楽しそうに説明してくれた。でも、私、全然わからないし、
面倒くさくなりそうだったから、途中でカットしたけどね」


紗菜はそういうと携帯を開き、

『ニャンゴ』を卒業していったネコたちが出てくる、ブログやインスタをチェックする。

『レモン』と名前をかえた『まりも』も、新しい飼い主にかわいがられ、

よく写真が更新されていた。

その後に譲渡が決まった『ぽんすけ』も名前はそのままで、かわいがられている。


「仕事が楽しいことは、いいことだ」


鮎子の隣でお茶を飲んだ友成は、『風呂に入るわ』と言いながら、

ゆっくりと立ち上がった。





そして水曜日。いつものように配達作業をこなした伊吹は、『カリポリ』に立ち寄った。

大根や、先に植えてあるじゃがいもなど、成長具合を確かめる。

じょうろに水を入れて、まんべんなくかけてやる。


「沼田君!」


伊吹を見つけた完太がすぐに声をかけてきた。

伊吹も完太が手を振っていることに気付き、すぐに頭を下げる。


「いい感じに育っているな、野菜たち」

「はい」


伊吹は『収穫が楽しみです』と言った後、

『それでは……』とすぐに『アスパラガス』を離れようとする。


「おいおい、慌ただしいな今日は」

「すみません、ちょっと抱えていることを片付けたくて」


伊吹は『道佳さんにもよろしくお伝えください』と言うと、道具を元の位置に戻す。

そして早足に車まで戻ると、すぐに駐車場を出た。


【18-4】



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