18 願い 【18-4】


【18-4】


「ただいま、これ……」


伊吹は店に戻ると、配達をした伝票をケースから取り出した。


「あ、ありがとう。台の上に置いといて」

「了解」


お風呂を洗っていた鮎子の声が聞こえ、伊吹は言われた通りに伝票を台の上に置く。


「それじゃ、父さん。上にいるから、何かあったら言って」

「何もない。大丈夫だ」

「うん」


伊吹は友成に許可をもらい、今日もまた部屋でPCと向き合い始めた。

ほとんど完成までこぎつけたが、渡してからトラブルが起きたら大変だと、

形にいびつなところがないか、データ処理に無理がないか、丁寧に確認し続ける。

営業部のシステムは担当者がいるので、伊吹が入り込むところでない。

しかし、せっかく出されたアイデアを、うまく取り入れてもらうことが出来るように、

説明箇所もわかりやすく、あまり専門的な用語は使わないようにした。

やりたいこと、目指していることが、ストレートに伝わるよう、

伊吹は細部までしっかりと目を通す。

昼食の休憩を挟み、太陽は沈む方向へ着実に動いていく。


「よし……これでいい」


伊吹は『完成』という安堵感から、思い切り背伸びをした。

凝り固まったような両肩を動かしていく。

そして、部屋の壁にかかっているカレンダーを見た。


来週はまた『Breath』での仕事がある。

今週、昴たちが上司への提案をしっかりこなし、問題がなければ、

それ以降は以前のように何度も通うことはなく、残りは数回になるはずだった。

資料が渡しっぱなしにならず、疑問があるところはきちんと答えられるよう、

伊吹は自分が去る時間を逆算し、余裕を持って完成させたかった。



過去を変えられないことはわかっているが、

何も出来ないことを嘆くだけでは、状況はよくならない。

そして、小さなことでも『変わるきっかけ』は必要な気がして、

自分の出来ることの中からこの方法を選んだ。

伊吹は窓を開けて、外の空気を部屋に取り入れる。


ただ『届いて欲しい』

この思いを胸に抱きながら、伊吹は窓を閉めた。





『先日は失礼しました。お時間がある時にでも、お会いできたらと思いまして……』


週末の金曜日。直輝は風からのメールを受け取り、予定表を確認した。

『未来を作る会』で風と会うことを知っていた父からは、

『意気投合したらしいな』と、声をかけられた。

父の思い通りではないが、違った意味で意気投合していたことは間違いないので、

直輝も『そうですね』と無難な返事をした。

事務所にいられる日なら、ある程度、仕事の時間終了が読めてくるのだが、

父の代理で仕事に行く場合、相手の状況もあるため終わりが読めない。

直輝が携帯の画面をスクロールしていた時、秘書の生島と一緒に、笙が入ってきた。

直輝と目があった笙は、『こんにちは』と挨拶をする。


「すみません、先日は風がご迷惑をおかけしたそうで」


笙は恭一からの連絡で、直輝と風が『未来を作る会』の後も会っていたことを聞いたため、

そう挨拶を付け加えてきた。直輝は『泥酔状態の日』を思い出し、

『いいえ……』と、返事をする。


「どうぞ、川端さん、今、調べますので」


秘書の生島は、笙にソファーへ座るように指示をする。


「すみません、ありがとうございます」


笙は礼を言いながら、ソファーに座る。

直輝は何か飲み物を出した方がいいと思い、席を立った。


「許可証の話だけを伺ったら、すぐに行きますので、お気遣い無く」


笙の言葉に、直輝は反応するものの、

だからといって何もしないわけにはいかないため、軽く会釈をすると、

冷蔵庫から『アイスコーヒー』を取り出した。



『今日、川端さんが来て、この間のことを謝られたよ』



その日の夕方、風の携帯に、直輝から空いている日付の話と、

事務所に笙が来た話が一緒にLINEで送られてきた。

風は『酔った日の話』を笙がすでに知っているのは、両親からの情報だろうと考える。

百合子がまだ生きていた頃には、笙は風にとって、

『同じように理解してくれているお兄さん』だったが、

今は、社長である父のそばで仕事をすることが増えているため、

その構図が変わってきているのかもしれないと思い出す。


「お先に失礼します」


風は片付けを終えると、すぐに営業部を出てそのまま会社の玄関を出る。

『柴橋中央公園』の中を歩いていたが、途中で歩行を変え、商店街の方に向かっていく。

『沼田クリーニング』は今日も営業中で、店の前には1台の自転車が止まっていた。

風は反対側の通りを駅に向かって進み、駅前の横断歩道を渡る。

改札に定期券をかざし中に入ると、いつもの3両目に乗れるような場所に立った。



『三国川』


3駅しか離れていないため、悩み事など考えている時間もないくらいあっという間に、

風は駅に到着した。改札を出て一度『北口』方面に進もうとしたが、

その足は『南口』に向かう。

そして目指した『ニャンゴ』に入ると、紗菜と晋平がいつものように

『いらっしゃいませ』と声をかけてくれた。


【18-5】



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