18 願い 【18-5】


【18-5】


「アイスティーをお願いします」

「はい」


オーダーを取りに来た晋平は、すぐにテーブルを離れていった。

風はいつものように、マイペースな流れで行動するネコたちを見る。

お気に入りの場所から動かないネコ、他のネコと遊びたいのか、ちょっかいを出し、

威嚇の声を出されて驚いているネコ、

そして、風たち『人間』を観察するように見ているネコがいる。

顔も性格も、それぞれ違うのだと言うことが、ここにいると風にもよくわかった。


「お客様……」


風が紗菜の声を聞き、その方向を見ると、

何やらカメラを持った男性が、テーブルで不満そうな顔をしていた。


「あぁ、わかったよ、もういいよ」


男性はそういうと、バタバタとわざとらしく音をさせながらカメラを片付け、

そして『会計』と大きな声を出す。


「申しわけありません」


冷静な紗菜が会計の場所に立ち、

その男性は『なんだよ、この店』と文句を言ったまま、店を出て行った。

紗菜は『失礼しました』と風や他の客に謝罪する。


「どうぞ……アイスティーです」

「あ、はい」


晋平の声に風が顔を上げると、

『フラッシュをやめてくださいってお願いしたので』と、状況を説明された。


「フラッシュって、写真の」

「はい。写真を撮るのはいいけれど、ネコが驚くし、
嫌がるからフラッシュはたかないでくださいって、書いてあるのですが。
今のお客様、2回注意してもまだ繰り返していて」


晋平はそういうと困った人ですという顔をした。





「自分の?」

「そう。インスタだかブログだか知らないけれど、うちのネコたちの写真を載せる……
いや、載せてやるのだから、フラッシュくらいうるさいんだよって。
しかもね、時々、わざと足でテーブルを動かしたりするの」

紗菜は『大きな音をさせて、驚かせているのよ』と不満そうな顔をする。


「ネコがビックリしたりする様子を撮ったりして……ほら、いるでしょう。
電車の写真を撮ろうと、人の敷地に無断で入るような人。あの人も絶対に、
そのタイプだと思う」


仕事を終えた紗菜は、マナー違反の客の話を家族に披露した。

商売なので、ケンカは出来ないので、

思ってもいないけれど『申しわけありません』って態度を取り続けたことを話す。


「うちのネコたちはモデルではないの。実際に本当の目で見てもらいたいのよ。
性格もわかるし、もう一つの目的は、新しい飼い主を探すことでしょう。
それを、俺のインスタのフォロワーがどうのこうのって、後で見てみたら、
全然なの。何が載せてやっているよって……」


紗菜の怒りの言葉に、友成は笑い出す。


「お父さん笑ったでしょう」

「いやいや、紗菜も頑張っているなと思っているだけだよ」


友成は、商売には思い通りにならないことがたくさんあると話す。

自分のそばで回っていた扇風機の動きを、右手で止める。


「まぁね、でも、別のお客様に癒やされたからいい」

「別の客?」


伊吹はそのタイミングで風呂場からキッチンに入り、冷蔵庫から麦茶を出す。


「そう、ほら、『AREA』のグッズをくれたお客様がいるって言ったでしょう」

「あぁ……紗菜が喜んでいた」

「そう。そのお客様に、『店長さんが正しい』って言ってもらったの。
冗談だろうけれど、その身勝手なお客様が来なくなる分、
自分がもっと通って来ますって、そう言ってもらって」


紗菜は『気持ちが嬉しかった』と言うと、鮭の身をほぐし嬉しそうに口に入れる。


「そう、よかったね」

「うん」


鮎子の言葉に、紗菜が答える様子を見ていた伊吹は、飲み終えたコップを流しに置く。


「明日は休みだし、マチと久しぶりに出かけてくるよ」


紗菜は高校時代からの友人と、明日は映画を見に行くと言い、

伊吹は『風呂空いたぞ』と声をかけ、ゆっくりと階段をあがった。





さらに週が変わった月曜日、風はいつもより遅い時間に家を出た。

数ヶ月に一度入れている歯科の予約。

特に虫歯が痛むとかではなく、そうならないための予防の日だった。

そのため午前中は『有給』扱いにしてもらい、午後から出社する。

『Breath』では半日ごとの有給が認められているため、それを利用した。

通勤ラッシュの時刻ではない電車に乗ると、空いている席に座った。

心地よい揺れに、このまま『柴橋』を通り過ぎたくなる。

『柴橋』という車掌の声が聞こえ、風は立ち上がると開いた扉からホームに出た。

階段を降りて改札を出る。

横断歩道を渡り、商店街を進み、途中から『柴橋中央公園』の中に入った。

カレンダーは9月を示しているが、まだまだ太陽は夏の強さがある。

強い日差しを避けるには、この中を通るのが一番よかった。

いつもなら止まっていない『工事車両』があり、風はそれを避けるようにして、

『Breath』に向かっていく。


「すみません」


工事の現場に管理する立場で立っていたのは、役所から仕事に来ている美緒だった。

思わず見かけた風に気付き、その姿を見続けてしまう。


「すみません、担当者さん」

「あ……はい」


工事の終了確認をして欲しいと言われ、美緒は慌てて書類を取り出した。

担当する男性は、ボールペンを出し、何やら書き始める。

美緒の視線はまた、風の後ろ姿に向けられた。

『カリポリ』で風の兄、昴と会った時、伊吹が風と再会したことも聞いていた。

普通に挨拶をしているだけだと言われたが、『先に教えてくれなかった』ことと、

『自分の複雑な思いを理解していない』という美緒の感情から、

この2週間くらい、伊吹と週末に会うことを自ら避けていた。


『映画でも見に行こうか』


その後、送られてきた伊吹のLINE。

『カリポリ』ではない場所を出してくれたことに、美緒は『思いが通じた』気がして、

少し気分よく仕事をしていたのだが、今、風の姿を見てしまったことで、

また、美緒の心の中に、『もしも……』の言葉が浮かびあがる。


「陣内さん、これ」


美緒は記入した書類を受け取り、『ご苦労様でした』と工事担当者に挨拶をする。


「この広さの公園は、これから貴重だよね」

「はい」


美緒は『ありがとうございました』と挨拶をすると、

『Breath』方向を向くことなく、そのまま駅に向かうことにした。


【18-6】



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