18 願い 【18-6】


【18-6】


そして木曜日、久しぶりの販売促進部の会議が朝から開始された。

昴から、上司に出した企画案に、いくつかの指摘をされたこと、

メンバーと話しあった結果、方向性に問題はないため、

もう少し細かい資料作りをしようと決まったことなどを聞かされる。


「季節と温度と……ですか」

「はい。扱うものが食料品のため、保存がどれくらい出来るのかや、
場所の指定なども出さないとダメだと」


伊吹はボールペンを出し、メモを取っていく。

昴たちの企画が通るためには、これからどういった資料が必要なのかを考える。


「でも、ブレないでやりましょう。ここまで来ましたし」


昴の声かけに、いつものメンバーから同意の声が届く。

そして、会議はスタートし、静かな時間の中で資料がめくられる音がし始めた。

風も隅の場所に座り、資料を読みながら、報告箇所にチェックを入れる。


「では、最終段階として、正反対ともとれるデータを並べて配置する形に、
仕上げていこうと思うけれど……どうかな」


昴はいつものように進行役にまわり、伊吹はその向こうでしっかりと頷き、

そしてタブレットの画面に触れていく。

風は、出来上がっていく企画案を見ながら、視線を伊吹に向けた。

冷静に仕事をする姿を見るのも、残りは数回のはずで、

それが過ぎてしまえば、ここに来ることもない。

伊吹の態度や言葉に、気持ちを乱されることもなくなると思う反面、

このままただ通り過ぎていく時間を、眺めていていいのかという思いが、

また心の中から顔を出そうとする。


「森嶋さん、いいですか」

「うん、何かある」


他の社員からも意見などが出てきたため、会議は少し長引いてしまったが、

それでも、チーム一丸でいいものを作ろうと言う気迫が感じられるため、

ストレスや疲れなどあまり感じられない会議になった。


「よし、それでは今日はこれで……」


時刻はもうすぐ昼休みというところまで来ていた。

メンバーは首を動かしたり、目薬を目にさしたりし始める。

今までも、伊吹は色々なところで同じような仕事をしてきたが、

今回のように、年齢が近い人達との時間は、難しさよりも楽しさの方が強かった。

一方通行にならず、向こうからも提案の答えが戻る状況に、

久しぶりに『いい仕事が出来ている』という思いも強くなる。

さらにその気持ちを前に進めるため、

伊吹は自分のバッグから用意してきたものを取り出した。

視線の先にいる風は、資料を片付けている。

伊吹は、風が出て行っては困ると思い、慌てて席を離れた。

テーブルの上に置いていた、伊吹のボールペンが床に落ちる。

伊吹はそれに気付かないまま、『すみません』と風に声をかけた。

自分に声がかかると思っていなかった風は、『エ……』と思わず声をあげるが、

まわりには昴たちがいるため、あえて冷静なふりをする。


「何か……」

「すみません、あの、先日まとめてもらった資料を作り直したのが……」



『風……』



「……風さんだと森嶋さんから伺って、カラーも、それを使った組み分けも、
見やすかったものですから」


伊吹は『風』と呼びそうになるところを、しっかり『さん』づけしていく。


「いえ……それは……」


風は、昴から伊吹が褒めてくれたことは聞いていたため、

『ありがとうございます』と、一応頭を下げる。


「それで……余計なことかもしれませんが、これからはこんなふうに資料を整えると、
もっと営業部でも流れが見えますし、販売促進部や広報などでも
資料を使いやすくなるかなという考えがあって。当然、システムの中身は、
僕にはわからないですが、少し参考にしてもらえたらいいなと思う資料が出来たので、
これ……」


伊吹は、アドレスを書いたメモを出す。


「『F.BOX』と言われるものです。よかったら、見てください。
あのデータのまとめ方をしたあなたなら……わかるはずです」


伊吹はそういうと、風を見る。


「今日の仕事の流れを見ていても、僕がここへ来るのは……
おそらくあと、2回か3回だと思うので。ファイルデータを一度開けてもらって、
すぐに聞かれる管理名を、『Breath』に変えてもらうと、
そこからは僕が書き込めなくなります。理解出来ないところがあったら、
答えられるうちにと思いまして……」


伊吹の言葉に、風は出されたメモを受け取らずに、ただ見てしまう。

昴は、片付けをしながら、二人の様子を見た。

伊吹の手は下がることなく、風の前にある。

それでも風は、伊吹から出されたメモをすぐに受け取ることが出来なかった。

仕事を褒めてくれたり、『あなたならわかる』など認めたような台詞をつけられたが、

どうしてそんなことを今言うのかと、多少苛立つところもあり、

思い切りここで『断ろう』かと考えてしまう。

しかし、目の前に昴たちがいるため、それをした後、別の問題が生まれそうで、

それも出来なかった。


「……どうしてこんなこと」


風は伊吹がどういう気持ちで出しているのかと思い、顔を見る。


「私、沼田さんに……」

「『何もない』と、前に言われていたので……」


悠真との突然の別れがあり、過去の伊吹の仕打ちに対しての悔しさなど、

複雑な感情が絡み合っていた日、風は八つ当たりのように、

伊吹を責めたことを思い出す。



『自分には何もない』



風は、確かにこんな台詞を吐き出したことも思い出した。


【18-7】



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