28 時の砂

28 時の砂


ご両親が旅行から戻り、少しだけ居候状態だった蓮は、広橋家へ帰った。

お母さんの体調もよく、写真もたくさん撮ったらしいと報告をされたものの、

私達に対しての気持ちに、大きな変化はないようだった。


菊川先生が言っていた料理教室のアシスタントの件も、お母さんはなかなか首を縦に振らず、

冬に向かっていた季節は年を変え、蓮を学生から社会人へと成長させた。


『ふたば』の入社式を済ませ、研修だと机に座りっぱなし状態だった蓮も、

商品管理部への配属が決まり、くすぐったそうなスーツ姿も、少しだけさまになってくる。


「へぇ……蓮君、商品管理部なんだ」

「うん、売り上げの状態とかを管理して、工場の配分なんかも決めていくらしいの。
結構勘が必要だなんて笑っていたけど」

「あはは……勘で仕事しちゃダメよね」


私は久しぶりに姉の家を訪ねた。初めて蓮のことを話した時には、別れを進めてきた姉も、

義兄の助言で、気持ちを抑えながら私の味方に変わってくれた。

あの父の声を聴いた日以来、蓮と会おうとしない母に代わり、

姉夫婦が私達を食事に招き、家族として付き合いをしてくれるようになる。


「お姉ちゃん、おばあちゃんに会いに行った?」

「うん、お母さんから聞いて、今のうちに会いに行こうって、3月の終わりに……。
ずいぶん弱っちゃったよね」

「そうなの。お正月に戻った時も、こたつと布団を行ったり来たりしていたけど、
なんだかだんだん気持ちも弱くなるみたいで、思い出話ばっかりされちゃった」

「そう……」


私達の祖母は、昨年の暮れ頃から少しずつ具合が悪くなっていて、年が明けてからは、

入院を2回ほどしているのだと、一緒に住んでいる母から連絡を受けた。


「お母さんと話したの? 蓮君とのこと」

「話してみても、聞いているんだか、ないんだか。
一緒に食事でもしないかって誘っても、返事は寄こさないし、
広橋のお父さんが申し訳ないって言ってくれていることも話したけど……」


この半年、それぞれの親に自分たちのことを語り、

わからなくなっていた18年の日々も明らかになったが、

私と蓮の関係は、どこか足踏み状態になり、進展は見られない。


「おばあちゃんの具合が悪くして、お母さんも余裕がないのかも知れないけど、
敦子のことも考えてくれないとね。いつまでもこのままってわけにはいかないし」

「うん……」

「向こうのお母さんも、全然変わらないの?」

「この5月から、やっとアシスタントを引き受けてくれることになったんだけど、
2回教室で会っても、まだ、一度も話しをしてはいない。別グループの方を担当しているし、
でも、それでも、文句は言えないって思ってるの」


姉の娘、繭は2歳5ヶ月になった。右手の指5本で、クレヨンを握りしめ、

大きな紙に思うような線や点を描いている。まだ、絵と言えるようなものではないが、

伸び伸びした線に、自由さを感じてしまう。

何も状況が変わらない私達に比べ、繭はグングン成長した。


「繭、上手だね」

「ねぇ……」


嬉しそうに笑顔を見せた繭は、隣に置いてあった白いぬいぐるみを抱き締め、

何度もキスをする。これは『ふたば』のイメージキャラクターのぬいぐるみで、

新入社員の研修会でもらった蓮が、繭へプレゼントしたものだ。


「気に入ってくれてるんだね、これ」

「あ、そうそう、そうなのよ。スーパーへ行って牛乳買おうとするじゃない。
そうすると、『ふたば』のパッケージを指差して、れん、れんって言うんだから。
目から入るものって反応早いわよ」

「そう……」


クレヨンを持つ、右手に近い場所にあったコップを落とさないように

私はテーブルの中央へ動かした。繭は赤からピンクのクレヨンへ持ち変える。


「向こうのお父さんは? 何かしてくれないの?」

「エ? あぁ、お父さんとは何度か食事もしたのよ。
旅行へ行くようになって体力をつけたからか、体調の方もいいんだって、この間も……」

「じゃぁ、問題はやはりお母さんか……。手強いね」

「うん、でもね、この半年、蓮と二人でなんとか認めてもらおうと必死だったけど、
考えてみたら18年も蓄積してきたものなんだから、そう右から左へ解決するわけがないのよ。
お母さんだって、私のことを連れ戻すって言ったけど、結局そのままになっているし、
蓮のお母さんだって、反抗して入院したりしたから、
もっと色々と言ってくるのかと思ったら、何も言ってこない。
焦って勝手な行動をしたりすれば、余計にこじれると思うし、
両方の母親の気持ちが、少しずつ溶かされるのを待つしかないのかもしれないなって」


繭はクレヨンを紙の上に置き、人形を手に持ったままソファーにゴロンと寝転んだ。

姉は側に置いてあった繭の毛布を、そっとかけてやる。


「何、物わかりのいいこと言ってるの。広橋家はそれでいいかもしれない。
蓮君は男だから、歳を重ねてもいざとなったら若いお嫁さんをもらって、家族が作れる。
でも、敦子は女だからね、自由に子供を産める時間だって、
そんなに長くあるわけじゃないんだよ。一緒にいることを反対されないからいいだなんて、
謙遜しすぎだって。私から蓮君に強く聞こうか? どうするつもりって」

「お姉ちゃん……」

「わかってるわよ、彼がいい人だってことも。そりゃ最初はとんでもないと思ったけれど、
でも、近づいて話していくうちに、そういったことを抜きに考えられるようになった。
でもね、私はあなたの姉なの。敦子が放り出されているのは、たまらないわ」

「放り出すなんて、蓮はそんな人じゃない」

「わかってます。でも、心配なの、心配なのよ」


少し悲しい表情を浮かべ、そう言ってくれた姉の気持ちは、正直嬉しかった。

私にも全く不安がないわけではなく、それでも今出来ることは、

蓮といられることを感謝することしかない。


出張へ行っている義兄がいない姉の家で、私達姉妹は日付が変わるくらいまで語り合った。





「そうか、あのぬいぐるみ、繭が気に入ってるんだ」

「うん、寝るときも一緒なんだって」

「へぇ……」


外で待ち合わせをし、食事を済ませた後、蓮はマンションへ立ち寄った。

私は姉の家に行った帰りに寄った店で、お気に入りのブレンドを見つけ、それを入れる。


「繭ったらね、私が来る時には蓮が一緒だと思っているんだって。お姉ちゃんが笑っていた」

「敦子……お姉さん、何か言ってた?」

「何かって?」


部屋の中にコーヒーの香りがたち始め、私は自分と蓮のカップを取り出し準備をする。

このほんの少しの時間に、どう話していこうかと頭を巡らせた。


「また遊びにおいでって言っていたけど」

「そうじゃないよ」


そう言うと蓮は立ち上がり、父のピアノの蓋に手を置いた。

開けて弾くわけでもなく、視線だけをそこに向け、まるで語り合うような表情を見せる。


「蓮は何をやってるんだって、そう言ってなかった?」

「……そんなふうには……」

「敦子を頼みますって、食事に招待してもらった後、必ずそう言われるんだ。
はい……って、力強く返事をしてくるのに、この半年、何も動いていない。
あれほど練習していた『革命』も、就職して時間がなくなって、前みたいには弾けなくなった」


蓮なりの苛立ちがあるのだろう。私はコーヒーをいれたカップをテーブルに置き、

ソファーへ腰掛けた。


「高校の同級生から、結婚式の招待状が届いたんだ。仲がよかったヤツで、
すぐに出席するからって手紙を出したけど、奥さんになる人は2つ年上だった。
会社で知り合って、つきあって結婚するって聞かされて、敦子のことをすぐに思った。
いつになったらこの状況を抜け出せるんだろうか、
親たちの気持ちが整うまで待つことが、本当に正しいんだろうかって……」

「蓮……」

「一日を終えて、ベッドに寝転んだ時、急に考えることがある。
君をこのまま連れ出して、18年前のことも放り出して、
二人だけで思うように生きていくことが出来ないんだろうかって……。
天井を見ながら、何度も携帯を握りしめて、そう考えた」


不思議な気持ちがした。

姉と語った時には自分の将来に不安を感じなくもなかったが、

心配させまいと、大丈夫だとつい意地を張った。

でも、こうして蓮に弱気の部分を見せられると、逆に気持ちが落ち着いてくる。


「蓮……。どうしたの? 友達の結婚式でセンチメンタルになるのは、
女の人だけだと思っていた」

「……ごめん」


そう言いながら、少し尖っていた肩と気持ちを、蓮は下ろしたように見えた。

何かを我慢しているよりも、こうして解き放った方が、心が安まる気がする。


「料理教室でね、まだ、お母さんと話したことは一度もないの。
でも……ちゃんと私を見てくれている……。いつもそう思ってる」


なかなか誘いに応じなかった蓮のお母さんが、私と同じ場所に立つことを受け入れてくれた。

話し合った日に、触れることを拒絶されたことから比べたら、進歩したと言えるはずだ。

回り道をしているように思えるが、私達が迷ったように、親たちも迷いながら、

それでも何かをつかもうと、必死になっている。

私は蓮の横に並び立ち、ピアノに置かれた手のひらの上に、そっとぬくもりを重ねた。





29 寄り添う相手 へ……




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コメント

非公開コメント

焦りは禁物だけど…

こんにちは!!

一足飛びに…とはいかないよね
でも、お姉ちゃんの、蓮君の焦る気持ちも判る
このまま、どうにもならないんじゃないかって…

意外に冷静な敦子さん
却って肝が据わったのかもね

まだまだ道は遠い・・・かな、18年だもんね

でも意外とWマザーズきっかけが掴めないとか
・・・は、考えがお気楽過ぎかな?

     では、また・・・e-463

子供を

18年前のことが明らかになったことと、両方の親が理解することは違うんですよね。

お姉ちゃんの苛立ちもわかる。女の立場から言えば、ずるずる引きずられるのは時間の無駄の様に思えるし、やはり子供を抱かしてあげたいと望んでしまう。
(次回を読んで仕舞ったので余計そう感じます)

プチ駆け落ちでもして驚かしてみる???

心の傷

mamanさん、こんばんは!

>一足飛びに…とはいかないよね
 でも、お姉ちゃんの、蓮君の焦る気持ちも判る

このお話は、読み手の方がどの立場で見ているかによって、感想が違うようです。
私はまだ、どちらかというと本人の気持ちの方が強いようですけど。

でも、そうそう、一気に! はなかなかね。
心の傷を癒すのは、時間がかかります。

この先は来年になります。それでもあと数話ですから、ぜひ、おつきあいください。

それぞれの気持ち

yonyonさん、こんばんは!

>18年前のことが明らかになったことと、
 両方の親が理解することは違うんですよね。

そう、違うんですよね。
あ、そうなんだ、じゃ……みたいにはいかないんですよ。
読んでいる方はじれったくて大変だと思いますが、
長い間お付き合いしてもらえて、とっても感謝です。

姉の気持ち、蓮の気持ち、そして敦子や親の気持ち、
それぞれが間違ってないだけに、切ないよね……

きっかけ

yokanさん、こんばんは!

>しかし母親二人があの状態ではね、
 無理に進めるのもどうかと思うし・・
 難しいところだね。
 何かキッカケがあれが良いんだろうけど、
 そろそろ何かが動きだすかな^^

はい、そろそろ動かないとね。
しかし、その動かすきっかけが必要になるわけで。

この続きは来年になりますが、
また、よろしくお願いします。