17 身勝手な言葉

17 身勝手な言葉


休憩を取った比菜は、吉田家の事情など何もわからず、駅前の書店で求人情報誌を買い、

ベンチに座りパンをほうばりながら、次のバイト先を探す。

毎朝挨拶を交わす、奥さんの和子の腰はよくなっていて、

今日にでもバイト終了だと言われても、仕方がない状況だ。

なんとしても3ヶ月、ここにいるのだと言い切った以上、

『フリーワーク』に頼ることなく、仕事を見つけなければ、

邦宏から最初の日に言われたとおり、用意してきたお金は、全て使い果たしてしまう。


「夜かぁ……あそこは昼に寝られないしな」


素人でもホステスOKなんて店の広告が出ているが、

昼間事務所で寝ているわけにはいかず、高収入は魅力だったが、ため息だけを落とす。

賑やかな声が聞こえ始め、比菜が顔を上げると、

保育園の子供達が先生を先頭に列になり、目の前を通りすぎた。


夢だった保育士の仕事がなくならなければ、

比菜が東京へ出てくることはなかったかも知れない。

子供が大好きな比菜にとって『保育士』は天職とも言えるものだった。

しかし、東京にしっかりとした知り合いなどいない状況では、

いくら好きでも子供を扱うような場所で、雇ってもらうことなど無理に等しい。


ポケットに入れてあった携帯が鳴り、康哉ではないかという淡い期待のまま確認すると、

それは邦宏からで、比菜は慌てて受話器を開けた。


「はい、比菜ですけど」

「長瀬さん、あのさ、明日靖史のうちのバイト定休日だから休みだろ」

「あ……はい」


邦宏の電話は、明日、大和と二人で出かける仕事に、

同行してくれないかというものだった。依頼人の部屋を掃除するのが目的だが、

そこには赤ちゃんがいて、その世話を頼みたいのだと言う。


「ミルクだとか、おしめだとかさ、男にはちょっとってことが多いし、
長瀬さんがよければそれを込みにした値段で、引き受けようと思ってるんだけど、
どう?」

「あ……はい、やります!」


小さな子供を見ることは、嫌なことではなかった。

むしろ、少しでも収入を稼げる仕事が見つかったことに、比菜はほっとする。

大和と二人と言われたら、気分的に重いところだったが、邦宏が一緒なら、

その心配もないからだ。


詳しくは事務所で話すと言われ、比菜は電話を切った。

雑誌を手に持ち、パンの袋をカバンに入れ、ベンチから立ち上がると、

また携帯が鳴りだした。邦宏が何かを言い忘れたのかと画面を見ると、

かけてきたのは康哉で、毎日のようにメールをしても、

一切連絡のなかった男からの電話に、何か大変なことが起こったのかもしれないと、

比菜は恐る恐る受話器を開ける。


「……はい」

「……比菜?」

「康哉、康哉でしょ? ねぇ、今どこにいるの?」


思い切り、何をやっているんだと、怒鳴ってやろうと思っていた。

自分がどんな思いでこっちに来たのか、泣きながら話そうと思っていたのに、

いざとなると心配になり、強い言葉など何一つ出てこない。


「邦宏さんたち、どうしてる?」

「どうしてるって、みんな驚いて怒ったけど、でも、警察には何も届けていない。
ねぇ、今なら戻ってきて、すぐにきちんと謝って、それで……」


自分と一緒になって、とにかく謝りさえすれば、すぐに怒る大和でさえ、

許してくれそうなそんな気になった。届かないとわかっていても、

受話器を握る手には力が入り、気持ちを届けたくなる。

比菜は何も疑わず康哉にそう告げると、返事を待った。


「俺、今、帰れないから……。お前もう、わかってるだろ……。全部ウソだったってこと」

「エ……」

「何度もメールなんて寄こすなよ。惨めじゃないか」


ツーツーという、相手が電話を切った合図が聞こえても、

比菜はしばらく受話器を閉じることが出来なかった。

こっちの言葉を聞く間もなく、康哉は一方的に電話を切り、

何もかもわかっていながら、比菜の心を切り捨てた。


「……まだ……言いたいこと……あったのに……」


比菜は聞こえないとわかっていたが、心の奥にしまいきれずに、

搾り出したような小さな声を出した。

立ち上がった足の力は抜け、椅子にもたれかかるようになり、体は任務を放棄した。





「女性を助手席に乗せるのは久しぶりなので、とっても緊張しております」

「エ……ウソでしょ、坂本さん」

「いやいや」


次の日、邦宏の運転する助手席に比菜が並び、

その二人の会話に興味がなさそうな大和を後部座席に乗せ、

『フリーワーク』が持つ中古の軽自動車は、依頼人のマンションへと向かう。

トランクにはそれなりの掃除道具が入っていて、

これから始まる仕事に、準備万端になっていた。


いつもは混雑する道路も、雨の影響なのか車の数も少なく、予定より早い時間に到着する。


「『フリーワーク』です!」


邦宏のその言葉に扉を開けた女性は、目がパッチリとしたかわいらしい人だったが、

床を見た比菜は、散らかり放題の状況に言葉が出なかった。






18 大ちゃんの秘密


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コメント

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あらら…

わ~い、昨日が最後だと思ってたのに嬉しいUP^^

でもお話は…
康哉からやっと連絡が来たと思ったら
信じていた比菜にはなんとも辛い展開に
頑張っていたのにねぇ
もう康哉の事は忘れて次へつき進んだよ

比菜は保育士の資格を持ていたんだね
これは『フリーワーク』の中でも役に立つよ!
新たな顧客開拓に一役かいそうだぁ

さぁ、次のお話は来年だね
待ってま~す♪
さ、紅白見よっと♪

惜しい!と思わせよう

康哉!!!!!!v-217
比菜ちゃん、そんな奴こっちから切り捨てちゃえばいいよ。
そして住む場所、働くところを必死になって探して、自立しましょう。
保証人なら靖史の両親がなってくれるかも(とっても都合よく考えてます^^;)
そして「惜しかった」と思わせてやりましょう。

片付けの出来ない女?? 

来年に持ち越し、楽しみが有って嬉しいyon。

なんてやっちゃ!

比菜ちゃん、辛かったねT_T

康哉!君はそんなやつだったのか?!
全部ウソだったって?!
ばかも~ん!

今から向かう仕事が比菜ちゃんを救ってくれるのかなあ。。

また新たな女登場なのかなあ。。

大和登場は嬉しいれいもんなのでありました。
(あくまで大和びいき♪)

おいおい!

やっと康哉から連絡があったと思ったら

「全部ウソだった」って
「何度もメールよこすな」だなんてどういうことよ!
そのくせ、邦宏達のこと訊ねたりして・・・

一緒に旅に出た女に夢中で
周りが見えなくなっちゃってるのか・・・

比菜ちゃんにとっては辛い展開だけど
もうこんな男の事は忘れた方が良さそうね

でも優しい比菜ちゃん、そう簡単には断ち切れないかな~

白が勝ったね

Arisa♪さん、こんばんは!
そして、おめでとうっございます!

>でもお話は…
 康哉からやっと連絡が来たと思ったら
 信じていた比菜にはなんとも辛い展開に

とんでもないヤツですよね。
でも、比菜にとっては新たなスタートへむかえるいい機会なんですけど。
康哉の言葉から、色々と気付くことも出てきます。

さぁ、紅白どうでしたか?
私も久しぶりに全て見ちゃいました(笑)

比菜の応援団

yonyonさん、こんばんは!

>比菜ちゃん、そんな奴こっちから切り捨てちゃえばいいよ。
 そして住む場所、働くところを必死になって探して、自立しましょう。
 保証人なら靖史の両親がなってくれるかも
 (とっても都合よく考えてます^^;)

いやいや、私もそう思います。
比菜のことを理解してくれる人は、これからも増えていくことでしょう。
しかし……
人の気持ちは、スパッと一気に切り替えるのが、難しいものでして……。

1月の連載は、それぞれの恋模様も少し見えてきますので、楽しみにしてもらえたら嬉しいな。

バカものの行方

れいもんさん、こんばんは!

>康哉!君はそんなやつだったのか?!
 全部ウソだったって?!
 ばかも~ん!

そう、これだけだと本当にバカものでしょ!
まぁ、比菜もショックでしょうけど。
次回に出てくる女性は、『相関図』にも出てくる人です。
重要……な方の一人ですので。

大和登場が嬉しいれいもんさんなんですね。
主人公だから、出番は多いはずなんですけど、なんせ、1話が短いもので(笑)

切り替え

パウワウちゃん、こんばんは!

>比菜ちゃんにとっては辛い展開だけど
 もうこんな男の事は忘れた方が良さそうね
 でも優しい比菜ちゃん、そう簡単には断ち切れないかな~

とんでもない電話をかけてきた康哉。
比菜のショックも半端じゃなかったはず。
しかし……気持ちって、そう急には動かない。

なぜ、康哉を好きになったのか……
そこら辺はまだまだ、これからなんですよ。

これから、これからって、いつ解決するのか、
気長に、お気楽に、よろしくお願いします。

保育士、比菜さん

yokanさん、こんばんは!

>保育士の仕事がなくなっちゃったのか~、
 これからの職探しが大変そうだわ。
 でも、前向きな比菜ちゃんならどうにかなるでしょう^^

せっかくの保育士だったのですが、園長さんがとんでもないことをしてしまい、
廃園になってしまった比菜です。

こちらこそ、レスをいただくようになり、とても励ましてもらいました。
来年も楽しんでいただけたら、私も楽しめます。
お気楽に、お付き合いくださいね。

たのしみっ♡

e-342明けましておめでとうございますe-342

今年もお話を楽しみにしていますので、よろしくお願い致します

さて・・・

康哉の事情は判らないけど
頼って来た恋人(?)にひどすぎる電話だわ

比奈ちゃんも康哉はすっぱり切り捨てて
前に進め!です
比奈はいい子だからいくらでもいい人に出会えるよ

比奈の事、保育士の資格と人柄でフリーワークの一員にスカウトしたら?
大和が厭がるかな?
フリーワークの仕事の数も増えるかもなのにね

ところで3人で行った先の依頼人は問題あり?

     では、また・・・e-463  

続くのよ

mamanさん、こんばんは!
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

>康哉の事情は判らないけど
 頼って来た恋人(?)にひどすぎる電話だわ

だよね、比菜にしてみたら、突然の電話なのですが、
まぁ、そこら辺も、まだまだ細かいところは出せてません。

さて、3人の行った先、どんな方の部屋なのか、
問題があるのか、ないのか……

続くのです。