24 巡り合わせ 【24-3】


【24-3】


昴は自分の部屋に入り、扉を閉めると、大きく息を吐いた。

風は、伊吹が自分の悩みを覚えていたことに涙を流し、

『好きだった』と告白してくれた。

昴は、辛い思い出を、あえて明るく話し続けた風の気持ちを考える。

違和感を解消しようと覚悟を決めて話をしたが、昴はベッドに入った後も、

果たしてこれが必要なことだったのかと、ずっと眠れない時間を過ごし、

何度も寝返りをうつ。

二人が別れた理由が、どういうものなのか昴には当然わからないが、

自分が告白をした時、同じように断ろうとした道佳のことを考え、

もしかしたら伊吹もそうだったのではないかと思ってしまう。


『Breathの壁』


しかし、今の伊吹には『カリポリ』の畑で会った美緒という存在がいる。

昴は、泣き顔から笑顔になり、新しく出直そうとしている風のことも考え、

過去の感情に、これ以上触れるべきではない気がした。

昴はただ目を閉じ、眠れる時が来るのをじっと待った。





友成が倒れてから10日が経った。

カレンダーは11月に入っていて、日によってはマフラーが必要な時も出てくる。

紗菜は鮎子が編んだ毛糸の帽子を出し、嬉しそうに被ると仕事に向かう。



『仕事が終わってから、来て欲しい』



通勤途中に路葉からのLINEが入ったため、

伊吹は仕事をしている企業を出た後、書かれていた住所の場所に向かった。

フランスに戻ったのがいつなのか、また日本にいつ戻ってきたのかもいつなのか、

伊吹は何も聞いていない。

路葉の指示に出ていた場所は、街の中にある小さな画廊だった。

伊吹が扉を開け中に入ると縦長の空間が広がっていて、

壁につけられているいくつかの台の上に、数枚の絵が置かれていた。


「あぁ、伊吹」


その空間の中にいた路葉は、嬉しそうに伊吹を迎える。

紙に包まれた絵を持つと、その紙を丁寧に取り始めた。


「ねぇ、どう? これ見てよ、いいでしょう、あさってフランスに戻るから、
その前に伊吹に見せようと思って呼んだの」


路葉は手配していた船便が届いたと言いながら、伊吹を手招きした。

伊吹は黙って前に進み、包みをほどかれ、目の前に出てきた絵を見る。

少しだけ鼻に届く塗料の匂い。

今までの伊吹の生活には、あまり関わらない世界がそこにあった。


「これが、あなたの父親、傑さんの絵。
まぁ、別に見たくないと思うかもしれないけれど、彼の生きてきた記録?
それをあなたに知って欲しくて」


路葉は、黙ったままでいる伊吹を見る。

伊吹は何も言わず、目の前にある絵を手に取ることもしない。


「ねぇ、伊吹。あなたも仕事で愛想笑いくらいするのでしょう。
自分の思っている通りではないことが起きてもさ、相手があるのだから、
合わせることとか……」


路葉は伊吹の仏頂面と無言の状態に、話の途中でため息をついた。

出した絵を見ながら、両手を組む。


「私が子供を育てていたら、傑さんの周りにいた人達には、いずれわかってしまう。
だから彼にも言わなかったし、あなたにも何も言わずに過ごしてきた。
真実を知る人は、極力少なくしたかったから」


路葉は愛しそうに絵を見つめると、それをまだ何もない壁に立てかける。


「うん……いい。白い壁は絵が映える」


路葉は絵についている傑のサインを、懐かしそうに見つめた。

この作品が出来上がる少し前に、一緒に旅に出たことなど思い出が蘇る。

表情を崩しながら、嬉しそうに絵を見る路葉とは違い、

伊吹は目の前の壁に飾ってある絵を、ただ視線に入れている。

広がる農園の絵。

この絵を、誰がどこで何を考え書いたのかなど、

しばらく見続けても興味はまるで出てこない。

農園の前では子供が二人、楽しそうにかけているが、伊吹の視線はそれてしまう。


「もちろん、これだけの月日があって、何を私が言っても、
伊吹には言い訳に聞こえるだろうし、許してくれとか、認めてくれとか
そんなことを今更言うつもりはない」


路葉は、『私は……女として生きた自分の人生に、悔いはないから』と言い、

『ごめんね』と一言言った。


「ふぅ……」


路葉から出てきた『ごめんね』の一言に、

伊吹は、自分の中に湧き上がる負の感情を、息と一緒に吐き出した。

なんとか冷静さを保とうとするが、出てくるものは疑問符だらけになる。

小さい頃は、何度か母親の路葉に聞こうと思ったことがあった。

『本当のお父さんはどこにいるのか』と。

しかし、いつも自分のために頑張ってくれた友成と鮎子の姿を見続けてきた伊吹には、

その一言がどれほどの重みを持つのかわかっていた。

友成と鮎子の悲しい顔は、伊吹が一番見たくないものだったからこそ、

何も聞かないまま、勉強も運動も頑張ってきた。

いつも家族を思い、自分の境遇に遠慮してきた伊吹が、唯一、

心を解放出来たのが、風との時間だった。



『お父さんは、お兄ちゃんと『Breath』があればいいの』



風の愚痴や、嘆きに、自分だけではなく、色々な家族があることを知り、

思い通りにならない日々と戦う姿に、遠慮なしの気持ちがうまく重なり合った。

どんな事情を抱えていても、『大好きだと思える人』がいれば、

他のことなど何も気にならない。

その日々が、風と同じように伊吹も支えてきた。


「悔い……」

「エ? 何?」

「そう……あなたには何も悔いはないでしょうね」


伊吹は路葉を『あなた』と呼ぶと、傑の絵の前から離れていく。



『伊吹……』

『風……』



「言いたいことはそれ? わざわざ呼びつけたのは、それを言うため?
もっと他に言うことが、聞くことがあるだろう」


伊吹は、路葉を見ながら、声を荒げて強く言い返した。


【24-4】



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