24 巡り合わせ 【24-7】


【24-7】


「ただいま」


路葉と別れた伊吹は、家に戻り、靴を脱いで居間に向かった。

いつもなら『おかえり』と言ってくれる母の声がないため、

まだ病院なのかと思っていたが、テレビがついた状態で鮎子はテーブルに両手をつき、

その上に頭を乗せてうたた寝をしていた。

居間のテーブルの上には、『沼田友成』名義の通帳が置いてある。

時計は夜の9時を過ぎたくらいで、まだ紗菜も戻っていないように見えた。

伊吹は鮎子のそばに近寄ると、『母さん……』と声をかける。


「ん……あ、あぁ、ごめん、おかえり、伊吹」


鮎子はそう言った後、すぐに通帳や何かを書いたメモをあつめまとめていく。

伊吹は『ただいま』と言うと、コートとスーツの上着を脱いだ。


「疲れているんだよ、こんなところに寝ていないで、布団に寝ないと風邪引くぞ」

「ごめん、ごめん、大丈夫よ。テレビがつまらなくて寝てしまったの。
あ、ほら、ご飯食べるでしょう」


鮎子は軽く首を動かすと、まとめたものを引き出しの中に全て押し込んだ。

立ち上がって台所に向かおうとする。


「食事の温めくらい自分でやるよ。母さんは風呂に入って寝ないと。
父さんのところに行ったりして疲れているんだ。そろそろ紗菜も戻ってくるし」

「平気だって、伊吹」


鮎子は髪どめを一度取ると、髪を軽くまとめて止め直した。

べっこう色の髪どめは、伊吹の中に母のものとして昔から記憶されている。

長い間使い続けているお気に入りと言えばそれまでだが、

オシャレをしているという言葉からは、あまりにも遠く見える。

路葉と違い、鮎子はいつも自分より子供達のことを優先した。

伊吹が大学生の頃に好んできていたトレーナーも、

今は鮎子が、お下がりで利用している。


「お父さんったらね、元気が出てきたのか、もう入院は飽きたとか言っているのよ。
まだデータがしっかりしないと、リハビリも本格的には出来ないのに」

「そう……」


カチカチと、コンロの火がつく音が聞こえてくる。

伊吹は、鮎子の背中をじっと見た。

贅沢という言葉とは、ほど遠い暮らし。

本来なら育てなくてもいい自分に、自分たちが出来る範囲で、

精一杯愛情を注いでくれた友成と鮎子。

母になることを拒み、『愛』という文字を大切にし、

『自分の生き方に悔いはない』と語った路葉。

伊吹は、何がどう転んでも、自分が『親』と思う人間はここにしかいないと考える。


「ほら、伊吹、すぐに出来るから着替えておいで」

「うん」

「紗菜も帰ってきてくれるとちょうどいいけれど……」


鮎子がそう言った時、玄関から『ただいま』の声が聞こえてくる。


「あ、通じた」


鮎子は嬉しそうに笑った顔を伊吹に見せると、『おかえり』と紗菜に声をかけた。





夜1時過ぎ、伊吹はふすまを静かに開けて、階段を降りていく。

居間に入り、引き出しを開けると、自分が家に戻った後、

母が押し込んだ通帳とメモを持った。

部屋の電気をつけると、隣の寝室にいる母が気付くかもしれないと思い、

キッチンの方に移動し、漏れてくる月明かりの下で中身を見る。

友成名義の通帳には、とりあえず入院費用になりそうな金額は入っていたが、

この先、主な収入がなくなることを考えると、それほど余裕があるとは思えなかった。

そして、母が走り書きをしたようなメモに『リハビリ 藤本病院』という文字を見る。

伊吹は居間に戻り、メモや通帳を入っていた状態に戻すように入れ、

引き出しをゆっくり閉めた。

そのまま階段を昇り、自分の部屋に戻ると、『リハビリ 藤本病院』という文字を入力し、

メモの意味を調べることにした。





そして日曜日、森嶋家と城所家が初めて顔を合わせる食事会が行われた。

いつも豪快に笑い、マイペースな完太がさすがに緊張していると思った昴は、

自分から積極的に話をして、場を和まそうと考える。


「道佳のお父さんは、
昔、『森嶋屋』として来たおじいちゃんに会ったことがあるそうだよ」

「父にですか」

「あ、はい。今はレンタル畑をしていますが、
昔、うちは叔父が工場をいくつかしていまして、
そこの食堂で利用するのが『森嶋屋』のパンでした」


完太は、社長さん自らが営業に来られるのかと、

叔父が話していたことを覚えていると語る。


「はい。父はそういう……生涯現場主義という人間でした。
まぁ、管理職と構えられる年齢になる前に、亡くなったと言うこともありますが」

「そうですか。でも、『Breath』の急成長を見たら、喜ばれるでしょう」


完太の言葉に、恭一は『そうだといいですが』と返事をする。


「私が若い頃は、ただ必死にやることで伸ばしてこれましたが、
これからは組織で戦わないとならなくなります。昴にもそう言い聞かせていますし、
社員達ともうまくコミュニケーションを取ってくれているようで……」

「昴は……あ、いや、昴君は……」

「いいですよ、いつもの通りで」


昴は『いつも昴でしょう』と完太を見て、笑顔になる。


「いや……それは、まぁ……」


完太が困ったような顔をしたため、真由子は『昴で……』と後押しし、

恭一もその通りと頷き返す。


「うちの畑に忙しい中来てくれて。野菜を育てて、
その素材がどうパンと組み合わさるといいのかどうか、新しいパンを作ることにも、
興味があるようです」

「いや、そういう意気込みで借りたことは事実ですが、実際なかなか行けずに」


完太の言葉に、昴は自分がそこまで出来ていないことを上乗せする。


「そうだろうな、お前の仕事量だと」


恭一は、昴の忙しさを知っているため、そう話す。


「その分、道佳が頑張ってくれてました。仕事で行き詰まりそうな時も、
『カリポリ』に行けば大きく息が吸えたし、いつも笑顔で迎えてくれて……」


昴は『道佳のおかげです』と完太と道佳の母に頭を下げる。


「いやいや……」


完太はそれでも嬉しそうに道佳を見る。

兄の前に座る女性を見た風は、昴が好きになる理由がわかる気がしていた。

楽しそうな話題が出た時には、とても嬉しそうに笑い、

聞くときはしっかり聞いているとわかるように、目を大きくしてみたり、頷いてみたり、

感情が素直に表に出ていた。

昴に対しても、同級生という間柄だからか、ハッキリと意見が出来、

その後押しがあって、初めて風は昴に本音を言えた。

互いに緊張の中ではあったが、両家の食事会は和やかに進み、そして終了した。


【25-1】



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