25 内なる声 【25-2】


【25-2】


その頃、『沼田クリーニング』では、友成の病院に向かった鮎子の代わりに、

伊吹が店で出来上がった洋服を渡す仕事を受け持っていた。

ほとんどのお得意様は、状況を理解し、洋服をすぐに取りに来てくれたが、

なかなか電話が通じない人や、留守電に入れても反応がない客も数名いる。

友成が復活して、もう一度店をやることが出来る可能性はほぼない。

正式な発表はまだしていないものの、店内にお客様のものを残しておきたくないため、

伊吹は、印のつけられていない相手に、あらためて電話をかけていく。

数回の呼び出し音の後、『はい』と相手の反応が届く。


「お世話になっております。『沼田クリーニング』です。あ、はい……そうです」


相手の客は、状況はわかっていましたと逆に謝りだした。

伊吹は『こちらの都合で申しわけありません』とさらに謝罪する。


「はい。営業再開がいつになるのかはわからない状態でして。
お手数をかけますが、よろしくお願いします」


伊吹は電話口で、店を開けている時間をあらためて説明する。

店の受話器を置き、連絡のついたことがわかるように、名前の前に印をつけ、

伊吹は時計を見た。

昼間はすでに過ぎ、時計の針は午後3時を越した。

昼前から出かけていることを考えると、そろそろ鮎子が戻るのではないかと、

伊吹が店の扉を開けて駅の方を見た時、目の前に1台の車が停まる。

運転席から出てきたのは、見たこともない男性だった。

そのまままっすぐ自分の方へ向かってくるため、

伊吹は店が営業出来ないことを伝えようと、『すみません』と声をかけた。


「沼田伊吹さんですね」


スーツ姿の男は、ポケットからすぐに名刺ケースを取り出した。

伊吹は何をしに来たのかと構えながらも、『はい』と返事をする。

ケースから名刺を出した男は、すぐに『洲本』と名乗った。

伊吹はその名刺を見たが、受け取ることはしない。

名刺に書かれている情報で、宮田議員の秘書であることがわかったからだ。


「突然申しわけありません。今日、お店はお休みでは……」

「休みというか、引き取りに来るお客様のために、一応時間を決めて開けています」


伊吹はそういうと、『何か……』と洲本を見る。


「いえ、特に何かがということではなく、近くを通る予定があったものですから、
ご挨拶をと思いまして」


洲本は動かない伊吹に、一歩近づく。

それでも、伊吹が名刺を受け取るつもりがないのだと思い、

洲本は名刺をケースにしまった。


「伊吹さんは、お父さんの絵の個展を、お母さんが開くことになるというのは、
ご存じですよね」


洲本は伊吹に対して、当然のように『宮田傑』を『父』と表現した。


「僕の父は、沼田友成です」


伊吹はそういうと、話が望まない方に向かう気がして、

洲本に軽く頭を下げ、店の中に戻ろうとする。


「少し待ってください。沼田さんの事情は理解しておりますが、
私の言うことも間違っているわけではないですよね。
私たちからすると、そう表現するしかありませんし」


洲本の声に、伊吹の足が止まる。


「伊吹さんが宮田家と関係がないと突っぱねるのなら、それも一つでしょう。
しかし、個展を開きたいと、お母さんが言われている以上、
その後のことを考えたら、宮田の力も必要だと思いますし、
縁があるもの同士だと認め合うことが出来たら、助け合う……
そのような選択肢もあるかと」


洲本はそう言うと、『ここが柴橋中央公園ですか……』と一見、関係のない話をし、

伊吹から視線を外す。

伊吹は『すみませんが……』と言うと、あなたとの会話は必要ないという顔をする。


「お話を聞いても、何もお答えできませんので」


伊吹はそういうと、一応頭を下げた。

洲本は伊吹の態度を確認し、『突然、失礼いたしました』と挨拶をする。

そして、ゆっくりとした足取りで、車に戻っていく。

エンジン音が聞こえ、車の走り出す音が届く。

伊吹は車を見送ることなく店の扉を開け、気配を消すためにすぐに閉めた。



『縁があるもの同士だと認め合うことが出来たら、助け合う……』



宮田邦男


その男の力は、政治に疎い伊吹でも、それなりに感じることがあった。

『梶木原』の集合住宅に向かうと、お祭りの掲示板に協力の名前が貼り出されていたし、

地域に校舎を移した音大生たちの定期演奏会にも、宮田一族が関連するお店が絡んでいて、

会場となるホールでは、ご意見箱のようなものも置かれていた。


『助け合う……』


伊吹は、浮かんだ台詞を追い出すように軽く体を動かし、

カウンターに置いたペンを右手に持つと、また次の人に電話をかけ始めた。





「うわ……すごい」


風と道佳を乗せた昴の車は、『カリポリ』に到着した。

日曜日ではあるものの、すでに『3時』を回っているので、

作業をしている人はそれほど多くない。

『キャロット』が昴の場所だと知った風は、色々野菜が出来ていると驚く。

そして、視線は隣の『アスパラガス』に向かった。

『キャロット』ほどではないが、収穫を終えたようなところも、あるのがわかる。


「これ、かわいいですね」

「あ、本当? これ、原画は私が描いたの」

「そうですか」


道佳によって置かれた、野菜の絵が書かれた看板。

風は順番に歩きながら、その出来映えを見始める。


「なんだ、どうした、お前達」


先に戻った完太は、家に戻って着替えてきたのか、

30分くらい前にここに戻ってきていて、長靴を手に持ったまま歩いてきた。


【25-3】



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