25 内なる声 【25-3】


【25-3】


「道佳、お前、そのままここに来たのか」


完太は、昴たちが着替えもしないまま来たことに驚いてしまう。


「風さんがね、『カリポリ』を見たいって言ってくれたから。
最初は私を送り届けてからって言っていたけれど、せっかくなら私が説明しようと」

「あぁ、妹さんか」

「すみません、急に」


昴が完太にそう言うと、『いやいや』と完太は嬉しそうに笑った。


「こんなところに興味を持ってもらえて嬉しいよ、いくらでも見てもらえばいい。
で、妹さんは?」


完太は風がどこにいるのかと、首を左右に動かした。

昴は『あっちです』と、風が歩いている方を指さしていく。

風は野菜の絵の看板を見ながら、さらに奧へと進んでいる。


「おぉ……」


完太は風の方へ数歩歩いたが、すぐに振り返り、

『事務所でコーヒーを飲むだろう』と昴を見る。


「いや、あの後、3人で話しながら紅茶を飲んできたので、もういいですよ今日は。
この後、道佳を送って帰ります」

「紅茶は紅茶、コーヒーはコーヒー。ほら……風さん!」


完太は昴の横を通り、見学中の風を捕まえる。


「あぁ……もう、お父さん、強引に」

「いいよ、風が来るって言ったのだから」


完太は風のそばに立ち、何やら質問に答えているようだった。

風は頷き、完太は両手を広げて何やら説明している。


「『カリポリ』にいるときのお父さんは、生き生きしているし、無敵だな」


昴はそういうと、風と完太を見る。

道佳は『いつも無敵よ』と笑うと、同じように視線の先にいる二人を見た。





『少し出かけてくる』


病院から鮎子が戻ったので、伊吹は配達用の車に乗り店を出た。

家にいれば鮎子や紗菜がいるため、これからのことに対して不安そうな顔も出来ない。

かといって、仕事中にあれこれ考えることも無理なため、

伊吹は一人になれる自然な空間を求め、『カリポリ』に向かった。

日曜日のため、駐車場を見つけるのも大変かと思ったが、時間が遅いからなのか、

すぐに空いている場所があり、そこに止まる。

いつものように受付で名前を記入し、『アスパラガス』に向かうと、

他の利用客から『こんにちは』と声をかけられた。


「あ……」


そこに立っていたのは、以前、乳母車を押しながら昴に声をかけてくれた瀬尾さんで、

『お父さんの具合は……』と友成の様子を聞かれてしまう。

伊吹は、正直に入院していることを話す。


「そうですか……」

「父の状態を見てとは思っていますが……」


伊吹は『閉店』という言葉はあえて出さないままにしたが、

瀬尾さんは何かを察したのか、『いえ、気にしないでください』と答えを戻す。


「近藤さんに偶然、団地の公園でお会いして、話を聞いたもので。そうですか……」


瀬尾さんは『お大事に』と頭を下げ、ご夫婦と赤ちゃんでその場を離れていく。

伊吹も頭を下げて、瀬尾さんの家族を見送った。

新しく出来た縁も、店がなくなれば、当然、継続とはいかなくなる。


「おぉ、沼田君」


伊吹に気付いた完太が、すぐに声をかけた。

伊吹は『こんにちは』と完太に挨拶をする。


「今日はのんびりだな。もう少し早くくれば、ここに昴たちがいたのに。
今日は、森嶋家と食事会で……」


完太は両手に軍手をはめながら、そう話す。


「食事会」

「あぁ、昴と道佳が結婚することになって、で、初めて向こうのご家族にお会いした」


ご家族と聞いて、伊吹はすぐに風のことを考える。


「お父さんは『Breath』という一流企業の社長さんだろ、私らしくなく緊張したよ。
まぁ、終わって解放された」


完太は『ここの空気はうまい』……と笑う。

伊吹は、完太らしいと思いながら、『そうですか』と返事をした。


「昴の妹さんが、ここに興味を持ってくれたのか、寄りたいと言ったようで。
道佳がデザインした看板を一つ一つ、熱心に見てくれた」


伊吹は、ここに風が来たことを知り、視線はすぐに『アスパラガス』に向かった。

そして、隣になる『キャロット』も見る。


「風さんと言ったかな。これはどうしてこうなのか、どんなふうにするのか……と、
色々興味を持って、質問してくれて……。私が話すことを、
頷きながら聞いてくれるだろう、まぁ、話した、話した……で、道佳に怒られてな」



『伊吹……ねぇ、これ何?』

『これは?』



「そうですか」


伊吹は風がここで、完太と過ごしていたのかと思い、自然と笑顔になる。

風の『好奇心』が動き出し、完太が質問攻めになっていることが想像出来た。


「そうだ、また、何か植えるか。
事務所に苗がいくつかあったような気がするから、後で寄りなさい」

「……はい」


完太は伊吹の肩に軽く触れると、鼻歌を歌いながら事務所に戻っていく。

伊吹は『アスパラガス』の前で腰を下ろすと、左手で土に触れた。

乾いた土の表面を、少しだけ手で掘っていくと、湿った黒い土が現れた。

伊吹は手で触れてでこぼこになった場所を、軽くならす。



『Breath』という企業の社長を務めている風の父。

そして、『カリポリ』というレンタル畑を経営している道佳の父。



『あなたの父親』



自分という存在が日本にいることを知りながらも、一度も会いたいと言わなかった父。

子供を育てることよりも、その父を支えることが、

自分の人生だったと満足そうに振り返った母。



愛情はあふれるくらいあるのに、体がついていかなくなっている父。

辛いことは全て自分で受け入れ、子供達には笑顔だけを見せ、

懸命に前へ進もうとしている母。



沼田伊吹という名前がありながら……

『沼田』のために、何もならない自分。



『私には何もない』



幼い頃から、大きな存在の父。

その父に愛され、眩しいくらいに成長している兄。

その二人を見ていると辛くなると、悔しそうに叫んだ風の台詞が、

今、伊吹の前に戻ってくる。



『君には何もない』



『川端笙』として自分の前に現れた男からぶつけられた言葉が、

今、自分の心にまた、あの時とは違う傷を作ろうとする。

伊吹はしばらく土に触れていたが、頭に浮かぶ色々な思いはなかなか整理出来ず、

完太の誘いに従い、事務所に寄ることはしないまま、

黙って『カリポリ』を出ていった。


【25-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (*´∇`)ノ ヨロシクネ~♪

コメント

非公開コメント