25 内なる声 【25-5】


【25-5】


「あ……こんばんは」

「こんばんは」


それから数日後、風は直輝と慶を招待し、

あえて『ナンカフェ』と彼らが呼ぶ店の前で待ち合わせをした。

慶は『どうしてここなの?』と風を見る。


「自分が失敗した場所なので」


風は『冗談ですよ』と笑い、『料理が好きなので』と理由を話す。


「あ、確かに……」


慶も料理が美味しいことを認め、隣に立つ直輝を見る。


「俺はいいよ、風さん。直輝と……」

「余計な気を回すな」


直輝は慶の背中を思い切り叩くと、『入るぞ』と声をかける。

ウエイトレスがすぐに気付き、3人は店の中心部分にあるテーブルに案内された。

風は自分がよく食べるものをいくつか注文し、直輝と慶もそれぞれ飲み物を頼む。

直輝から見て風は、今までで一番明るい顔をしているように見えた。


「前回、私の失敗をお二人にフォローしていただいて、迷惑をかけたのにも関わらず、
そのお礼もしないままで、本当にすみません……」

「いや、俺の方こそ、最初に決めた日に、急に予定が入ってしまって」

「いえ……」


風と直輝は互いに謝罪をし、頭を下げた。

慶はその様子を横で見ながら、何やらおかしくなってくる。


「なんか笑えるよ、向かい合って互いに頭を下げているのは」


慶の言葉に、風と直輝は顔を見合わせる。

風は『食べましょう』と言うと、真ん中にメニューを広げ始めた。

最初からお酒も飲むつもりで来ていたため、それに合うようなものを、

互いにいくつか注文する。

ウエイトレスが場所を離れ、風はメニューを端に置く。


「風さん、あの時の辛い状況は、打破できたみたいだね」


慶は『前にここで会った日のことだよ』と、人差し指でテーブルに触れる。


「エ……あ、はい」


風は『自分次第ですね』と、ここで深酔いした後のことを振り返りながらそう話す。


「あの時は、世界の終わりくらいに思っていたけれど、
今は違います。仕事が楽しいなと思うことが増えました。毎日充実しています」

「仕事……」

「はい。こんな気持ちは社会人になって初めてくらいです。
それなので、しばらく頑張ってみようかと」


風の前向きな言葉に、直輝は自分の首を軽く振りながら、『羨ましいな』と言葉を返す。


「仕事がおもしろい……なんて、俺は一度も思ったことがない。
まぁ、そもそもお金がないと生活出来ないし、それなら仕方がないかくらいにしか、
考えていないからなのかもしれないけれど……」


直輝はそういうと、視線を斜め前に向ける。

座っている男性の横に、エレキギターやベースが入っていると思えるケースが見えた。

何やら楽しそうに笑い、話している数人の姿に、直輝は過去の自分を重ねてしまう。

20代も前半の頃は、自分もあのように『夢』だけを見て毎日を過ごしていた。

そこからひとり抜け、またひとり、現実を受け入れて去って行き、

気付くと直輝の周りには、『夢』を追う友はいなくなっていた。

自分も音楽を『諦めた』とはいえ、嫌いになっているわけではない。

心のどこかに『無念さ』が漂っている。

その『無念さ』に飲み込まれたくなくて、日々、戦っている気分だった。


「わかります、私もそうでしたから」


風は大学を卒業するとき、就職活動などなく『Breath』に入ったことで、

自分から積極的に動いたことが一つもなかったと振り返る。


「大学は卒業してしまったから、いくところがないし、とりあえず会社にいくか……
そんな程度だった気がします。何かと言えば、父も母も、『将来嫁いだときに……』と、
花嫁修業のようなことばかり口にしていて」

「ダメなの? 専業主婦」


慶の発言に、風の発言が止まる。

慶はすぐに『すみません、余計なことを』と謝罪する。


「余計なことではないですよ。専業主婦も悪いと思ったことはありません。
ただ私の場合は、なんだろう、自分が一つでも頑張れたと思えることを、
認めてもらえたことを、作りたいのかもしれません。他人発信ではなくて、
自分発信……とでも言うのかな」


風は『森嶋社長のお嬢さんではないものが欲しくて』と話した。

直輝も、自分がいつも父の名前を出されていることを考え、『わかるな』と頷いていく。


「わかります?」


風は言葉が通じたと思い、嬉しそうに返してくる。


「うん、初めて会う人に、俺もいつも言われたからさ。
『あ、あなたのお父さん、もしかしたらキャスターの天羽さん?』って。
違いますと言っても、それが後でウソだとわかったら逆におかしいし、
おそらく、顔も似ているところがあるのだろうから。
まぁ、ウソではないので『はい』と答えると、
そうですか……と羨ましそうな顔をされる。俺が目の前にいたって、
その人の目は親を見ていて、聞かれたことを答えるのも面倒になって……」


風は直輝の言葉を聞きながら、自分もそうだったと頷いた。


「誰が親なのか、俺のバイト面接に関係あります? って、こっちもさ」

「バイトの面接で?」


風は『それはひどい』と声に出す。


「そう、高校生、大学生の頃は親父がテレビに出ていたからね。まず聞かれた。
『天羽』なんて名字、そうはいないし」

「あ、そうですね」


風は『確かに珍しい名字かも……』と納得する。


「慶の橋本が羨ましいよ。そこら辺に転がっていて……」

「直輝、言い方にトゲがある」


二人の掛け合いに、風は『二人は幼なじみですか?』とまたあらたな質問をぶつけ、

そのタイミングで、頼んだ料理が並び出した。


【25-6】



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