25 内なる声 【25-6】


【25-6】


食事を終えた伊吹が部屋にいると、先にお風呂に入った紗菜がふすまを叩いた。

お風呂が空いたという合図だと思い、伊吹は『わかった』と返事をする。

階段をゆっくり降りていくと、鮎子が求人情報誌を広げて見ていた。


「母さん……」


伊吹の声に、鮎子は少し姿勢を正すと、

『少しまたパートしようかなと思って』と、明るく話す。

すでに候補があるのか、誌面の端を少し折り込んでいる。


「お父さん、もう少し退院まで時間かかりそうだし、
お店も、取りに来る人達のためだけに、ずっと開けている必要もないから」


鮎子は明るくそう言うと、『お風呂に入りなさい』と伊吹に言う。

伊吹はこの前も、鮎子が通帳を見ながら、ここでうたた寝していたことを思い出す。


「生活費、家に入れる額は増やすよ。病院にも顔を出さないとならないのに、
それにまたパートだと、母さんが……」

「何言っているの大丈夫よ、無理はしないから。前もそうしたでしょう。
お店は閉じていて、開ける時間も決めているから、時間あるもの。
伊吹と紗菜がお給料から今も助けてくれている。これ以上の金額はダメダメ」


鮎子は『将来のために貯めていかないと』と伊吹を見る。


「伊吹だって、そろそろ結婚してもいい年でしょう」


鮎子は『大丈夫だから』といつもと同じように笑顔になった。

伊吹は、『結婚』の言葉を出され、

美緒が自分を紹介して欲しいと言っていたことを思い出す。

しかし、友成が倒れてしまい、気持ち的にそういった余裕が持てなくなっていた。


「母さん、『藤本病院』のこと、誰に聞いたの?」

「エ……」

「ごめん、この間ここにあったメモを見た。
調べてみたら、『藤本病院』が父さんのような人のリハビリに
特化した病院だと言うことがわかって、だから……」


伊吹は『先生?』と聞き返す。

鮎子は何か別のことを言おうとしたのか、一度口を動かしたが、

数秒黙った後、首を振る。


「聞いたのはね、嵯峨野さんなの。ほら、娘さんが薬剤師でしょう」

「うん」


『沼田クリーニング』の腕を評価し、長い間お得意様だったのが嵯峨野だった。

家は、『Breath』本社がある方向とは逆で、数軒のアパートも持っている。


「『柴橋第一病院』だと、リハビリに限度があるって」

「限度……」

「うん。元々、そこまで規模も大きくないし、建て替えのことがあるから。
今、さらにエリアが小さくなっているでしょう」


鮎子の言う通り、友成が運ばれた『柴橋第一病院』は築年数が古くなったため、

昨年度から立て直しを進めていた。入院患者もいるため、一気に取り壊すことはせず、

少しずつ機能を移動させている。


「ただね……退院して通うことを考えたら、少し遠いから」


鮎子は『よっこらしょ』と言いながら、立ち上がった。


「明日のお米だけ研がないとね……」


鮎子は水に濡れないよう、両手の服の裾をまくる。


「遠いのなら、今の病院から転院すればいいよ。
入院しながらリハビリした方が、よりいいと思うし……」

「まぁ……そうだろうけれど……」


鮎子の言葉が、歯切れの悪い状態になるのは、今の『柴橋第一病院』に比べ、

『藤本病院』の方が費用も高くなるためだと言うことは、

色々と調べた伊吹にもすぐにわかった。

父が退院をしたとしても、『沼田クリーニング』が再会される可能性はないため、

その後のことを考えたら、今あるお金を、自由に使いきるわけにはいかない。


「あの人の絵……結構な値段で売れると思うんだ」


伊吹の言葉に、鮎子が振り返った。


「あの人?」

「宮田傑。権利をもらって、個展を開くのだとか言っていたから、
それが終われば、僕が子供だと言うのだし、当然……」

「伊吹……」

「もらえるものをもらって、欲しい人に売ればいい」


伊吹はそういうと、鮎子を見る。


「何言っているの」

「おかしいだろう。ここで真面目に商売して、本当の息子でもない僕を、
大学まで出してくれた。その父さんと母さんが苦労して、
親としての責任も果たさずに、自分勝手に生きた人達が何を暢気に……」


鮎子は、伊吹の両肩をつかみ、何度も首を振った。


「伊吹……」


鮎子は、『そんなことは言ったらダメ』と伊吹に向かって繰り返す。


「どうしてそんなことを言うの。本当の息子ではないなんて、
あなたの口から出たと知ったら、お父さんがどんなに悲しむか。
自分が病気になって、家族が大変だと一番わかっているのはお父さんなの。
それでも……また頑張ろうとしたのは、いや、今も頑張っているのは、
伊吹と紗菜がいるからでしょう」


鮎子は『お母さんも悲しいから、そんなことは二度と言わないで……』と伊吹を見る。

伊吹は、鮎子の悲しそうな顔と、震えているような声に、『ごめん』と言うと、

居間を出て風呂場に向かった。

脱衣所の扉を閉め、一人の空間になる。

伊吹は大きく息を吐き、言ってしまった台詞を後悔した。

言ったことが間違っているとは思わないが、自分の我慢をぶつける相手は鮎子ではない。

伊吹はそう思いながら、鏡に映る自分を見る。

『沼田伊吹』がどうすればいいのか、どうすれば今を変えられるのか、

それをひたすら考えた。


【25-7】



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