26 すれ違い 【26-2】


【26-2】


一度も顔を合わせたことがないはずの伊吹が、名前をわざと名乗ったのは、

自分が本物の『川端笙』だとわかった。

つまり、8年前の出来事を、全て知ったからだろうと考える。


「彼は……何をお前に言った」

「言った?」

「そうだろう、だから……」

「沼田さんではないよ。二人のことは風から聞いた」

「風から?」


笙は、伊吹がすでに風に『8年前のこと』を話したのかと考える。

しかし、そこで表情を変えるわけにはいかないと思い、

『そうか』と冷静に返事をした。


「笙さんは知っていたのでしょう、二人のこと」


昴の声は聞こえたが、笙は言葉をすぐに出すことが出来なかった。

風が今、どういう感情を持っているのか、それが気になっていく。


「沼田さんと別れることになって、百合子おばちゃんと笙君の前で泣き続けたと、
あいつこの間話してくれて……。一瞬、笙さんが否定したことを思い出したけれど、
そうか、過去のことだし風のプライベートだからって……。
つまり、この間は知らない振りをしてくれたのでしょう」

「ん? うん……」


笙は、昴が8年前の出来事の『真実』は知らないままで、

あえて『知らない振りをした』と思っていることがわかった。

そのため、昴の考えの通りだと、言葉を合わせていく。


「風は……」

「風?」

「あぁ、あいつは今、どんな状態だ」

「風も前に進もうと思っているよ。仕事が少し楽しいらしいし、
あ、そうだ、天羽議員の息子さんと話が合うのか、何度か食事をしているみたいだしね」


昴の言葉に、笙は『そうか』と言いながら、

まだ、昴にも風にも『8年前の事実』が知られていないのだと理解する。


「でも、知らないことだったとはいえ、こんなふうに仕事をすることになってしまって、
沼田さんにも風にも、辛い思いをさせたかもしれない」


昴の言葉を聞きながら、笙は『あえて自分に自己紹介』をした伊吹の表情を

思い返していた。





『ストロボ』に戻る電車の中で、伊吹は空いていた席に座った。

あの画廊に額縁を持ってきた男が言った通り、川端笙は『Breath』に勤めていた。

自分を騙したこと、風や昴にも真実を語っていないことなど、

全てを知って、言い返したい気持ちはあった。

しかし、今更、事実はこうだと話すことは、

風のためになるのかと考えたら、何もプラスには働かない。

それでも、『このまま泣き寝入りをしたくない』という気持ちが後押しし、

伊吹は笙に名前を名乗っていた。

伊吹は携帯を取り出し『宮田傑』の絵について調べたページを開く。

本人が亡くなったことから、生前よりもさらに絵の価値が上がっていると

ネット記事には書かれていた。

路葉が自分に見せようとした絵だけでも、数枚はあった気がする。

あの『画廊』は、母が昔、お世話になった人のものだと聞いた。

伊吹はカバンのポケット部分に押し込んだ、1枚の名刺を取り出す。



『川端商事 川端雄太』



伊吹にとって顔を思い出すだけでも、腹が立つ相手だったが、

本物の『川端笙』を知ったことで、少しだけ冷静になれた。

額縁などを仕入れている業者の男なら、『絵を欲しがる相手』を、

それなりに知っているだろうと思い、伊吹は住所を確認すると電車の案内図を見た。



『あぁ、先日はどうも……挨拶だけで……』



ホームに降り、携帯で連絡をすると、雄太はすぐに出て愛想のいい声を出した。

伊吹が『聞きたいことがある』と話すと、今日と明日は会社にいますと言われ、

そのまま住所の場所を目指す。

駅から10分ほど歩いただろうか、

塗装が古くなり、壁に亀裂がいくつもある古めの雑居ビルが伊吹の目の前に現れる。

伊吹は、エレベーターのボタン部分、そのプラスチックが少し割れていることに気付き、

触れても大丈夫なところを押した。

ガタガタと音がしてエレベーターが開き、伊吹は一人、乗り込んだ。



『川端商事』



伊吹は名刺をあらためて見た後、扉を軽くノックした。

中から『はい』と女性の声がしたが、数秒後に扉を開けたのは、雄太本人になる。


「どうぞ、どうぞ……」


雄太は『わざわざすみません』と何やらにやけて言うと、

ソファーがある場所に伊吹を案内した。

まるで伊吹を待ち望んでいたような雄太の態度に、軽い嫌悪感を抱いたが、

全ての感情を天秤にかけ、今必要なことのために、冷静に一歩を出していく。

伊吹は仕事をしていた女性に、軽く頭を下げる。

女性も視線を向け、同じように挨拶を返してくれた。


「えっと……電話で伺ったのは、
以前、お会いした『画廊』を持っている方が、誰なのかということでしたよね」

「はい」


伊吹は、雄太と向かい合ってソファーに座る。

雄太は両足の真ん中に両手を置き、伊吹を見た。


「私が教えるのは構いませんが、お母さんに聞けばいいのではないですか?」


雄太は、『そろそろ戻られますよね、こっちに』と話す。


「知っているのなら教えてください」


伊吹は路葉が戻ってくるという情報は、どうでもいいとばかりに、

言葉を上乗せしてしまう。雄太は、画廊でも二人が言い合っていた姿を見ていたため、

あまり深追いするようなことは言うべきではないと思い、すぐに頷いた。


【26-3】



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