26 すれ違い 【26-6】


【26-6】


『沼田路葉』



伊吹の携帯には、画廊で別れてから、何度も路葉から着信が入っていたが、

あえて出ることをしないまま、日々の生活を送っていた。

フランスに戻っていることもわかっていたし、

今までも連絡など、自分都合にしか寄こさなかった母の都合で、

『自分が時間を作る』ことが嫌だった。

路葉が何度も連絡を寄こすのは、当然、『話したいこと』があるからだろうが、

伊吹は、相良に連絡を入れたことが伝わっているのだろうと思っていたため、

あえて避けている。

伊吹は『藤田病院』の入り口から中に入る。

そのまま受付まで進み、中にいた女性に『すみません』と声をかけた。





「楽しかったよ、映画見てさ……」

「そう、よかったね」


『ニャンゴ』が休みだった紗菜は、

同級生と待ち合わせをして映画を見てきたと、鮎子に楽しそうに語る。


「久しぶりなのに、夕飯は一緒に食べなかったのか」


伊吹は紗菜が買ってきた映画のパンフレットの表紙を見ながら、そう聞いた。


「エ……あぁ、うん。マチは看護師なの。ローテーションがあって、
私の休みと合わせると、ここしかなくて。だから今日もお茶をして、そのまま仕事に……」


互いに勤務時間が違うからさと、紗菜は鮎子が作った料理を食卓に運ぶ。


「看護師さんか……それは大変だ」

「うん。マチはお母さんも看護師。だから影響されたのかな」


紗菜は『いただきます』と言い、夕食を食べ始める。

伊吹も同じように手を合わせ、箸を持った。

少し遅れて鮎子も座り、沼田家の夕食が始まっていく。


「そういえば、今日は先生と話すって言っていたよね、母さん」

「あ、うん」


紗菜は『退院の時期、決まりそう?』と鮎子に聞く。


「状態はよくなっているけれど、まだ無理よ。
お父さん、まだベッドの上がほとんどだし、少しずつ手とか動かしているけれど、
状態がもう少しよくなって、それからリハビリをして、だんだんとね……」


紗菜は『そうだよね、まずリハビリだよね』と口にした。

伊吹は何も言わないまま箸を置き、立ち上がる。

食事の途中にも関わらず、階段を上がってしまった。


「お兄ちゃん……」


紗菜は『どうしたのかな、急に』と鮎子を見る。

鮎子も『そうね』と言いながら、階段を見た。

ふすまが開く音がして、伊吹が部屋に入ったのがわかる。

鮎子は、近頃の伊吹は難しいと思いながら、

『そのリハビリがね……』と紗菜に説明をしようとした。

すると、伊吹が何かを手に持ち、階段を降りてくる。


「お兄ちゃん、何よ食事の途中なのに、お母さん……」

「これ……」


伊吹がテーブルの上に出したのは、『藤本病院』のパンフレットだった。

紗菜は『何、これ』とパンフレットを手に取って見始める。


「お母さんはどうするつもりだった?
『柴橋第一病院』の中で、リハビリをしてもらうつもりだった?」


伊吹の言葉に、鮎子は黙って頷く。


「お父さんも、それでいいって……」


伊吹は、友成と鮎子は、やはりそういう判断をするだろうと思ったため、

特に何かを言うことなく、軽く頷く。

紗菜は『何? どういう意味?』と会話の意味がわからないため、鮎子と伊吹を見た。


「8年前とはお父さんの状態が違う。それは医者もわかっているはずだ。
リハビリは時間との闘いになる。あの小さな場所で、順番を待っていたら、
やってくれることだけを受け入れていたら、フルに診てもらうことなど出来ないだろう」

「ねぇ、何? どういうこと?」


紗菜は『ここに行くってこと?』と伊吹を見る。


「嵯峨野さんが教えてくれた通り、本当にお父さんのためにリハビリをするのなら、
転院すべきだと思う。『藤本病院』は、確かに評判通りの病院だった」

「……だった? エ……お兄ちゃん、見てきたの?」

「うん。仕事の時間をやりくりして、話を聞かせて欲しいとお願いしてきた。
事務所の方がきちんと説明してくれて、ここの先生やスタッフは研究も重ねているから、
実績も出ている」


伊吹は紗菜に『専門的な病院だ』と『藤本病院』のことを話した。

紗菜は、友成のことを考え、話を聞きながら積極的に質問をするが、

鮎子は二人が話す声を聞きながら、下を向いてしまう。


「専門?」

「あぁ……調べてみたら『柴橋第一病院』からも、
結構、リハビリ目的で転院している人がいる。
医者としたら、施設もあって、担当もいるわけだし、金額のこともあるから、
向こうにどうですかとは言わないけれど、本当はわかっているはずだ。
僕は、医師の許可が下りたら、そうするべきだと思う」


紗菜は、伊吹の言葉を聞いた後、黙って下を向く鮎子を見た。


【26-7】



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