18 大ちゃんの秘密

18 大ちゃんの秘密


「ごめんね、邦ちゃん、大和……。自分で頑張ろうとしたんだけど、
もう、日々の仕事で手一杯なのよ。帰ってきたら疲れて寝ちゃうし……」

「はいはい、アリスのそのセリフは何度も聞かされたよ。何、明日客でも来るの?」


依頼人は、3つ先の駅前にある店のホステスからだった。

確かに洋服やバッグなど高価なものがあちこちに見えるが、それに見とれていると、

足元のスカーフに滑って転びそうになる。

比菜はこんな中に、赤ちゃんと住んでいるという状況が、どこか信じられずに、

部屋の中を驚きの表情で見回した。


「明日さぁ……彼氏が来るの。いい感じなのよ、でもこの部屋じゃ呼べないでしょ。
だけど、今日は店もあるし、髪も切っておきたかったし……」

「男? ん? 今度はいくつだよ、30代か?」

「ううん……まだ26。よく食べに行く店の板前さんなの。いい人なのよ、だからさ……」


アリスと呼ばれた女性は、足で自分の脱ぎ捨てた洋服などを払いながら、

邦宏の問いかけに、楽しそうに答えを返す。

鏡台の前に座ると、大きなメイクボックスを開け、念入りに化粧をし始めた。

部屋の一番奥には、ベビーベッドがあり、つかまり立ちをしている赤ちゃんが、

その様子をつぶらな瞳で見る。


「あ……」


今にも身を乗り出しそうな赤ちゃんを、比菜は抱き上げ、軽くゆすりながらあやし始めた。

一度も会ったことのない比菜に対しても、警戒心はまるでなく、

嬉しそうに頬を寄せてくる。


「慣れてるでしょ、店のみんなに見てもらったり、ベビーランドにも通っているからさ。
抱っこしてくれたら、みんな大好きになるんだよね、大ちゃん」


ママであるはずのアリスは、ミルクの場所やおむつの場所を、

比菜に語りかけるように教え始めた。

比菜は大ちゃんと呼ばれる赤ちゃんを抱いたまま、わかりましたと返事をする。


「信恵さん、男を呼ぼうがどうでもいいけど、また泣くようなことになるなよ」

「エ……」


台所に積みあがった食器や容器を、手際よく片付け始めた大和は、

アリスという店の名前ではない本名を呼び、そう言った。

アリスこと嶋谷信恵は、また言われたと苦虫をつぶしたような顔を見せ、

それでも化粧を続ける。


「わかってるよぉ、でもさぁ……、そんないいムードの時に、
ああだのこうだの細かいこと言えないじゃない。男だって醒めちゃうでしょ」

「そんなんで醒めるような男だったら寝るなって。大の母親なんだからな」


比菜は早速哺乳瓶を取り出し、話を聞きながらもミルクの準備を始める。

大和が言いたいこともなんとなくわかるが、ここまでハッキリと言える関係が、

どこか信じられない。

比菜は飛び交う会話の生々しさに、聞こえない振りをしながら、仕事を進める。


「大和みたいにさ、レベルの高い男なんて、私のところには寄ってこないもの。
何よ、私がいくらいいよって言ったって、一度も相手にしてくれないくせに」


信恵は丁寧にルージュをひき、いろいろな角度から自分の顔を確認する。

その姿はプロのホステスになり、大きな目はさらに目立った。


「あ、そうそう。ねぇ、邦ちゃん。花梨が待っているって伝えてくれって。
近頃顔出してくれないじゃない」


信恵は同僚の花梨の名前を出し、さりげなくお店へ誘う。

指名客が多くないと、店でも肩身が狭くなるのだと、付け加えた。


「不景気だからさ、前のように花梨ちゃんとは遊べないの。
会いたかったら、邦ちゃんに仕事ちょうだいって言っておいて」

「もう、なんだかんだ言って商売上手なんだよね、邦ちゃんは」


窓ガラスを拭きながらそういった邦宏に、信恵は呆れた顔で言い返した。

邦宏も大和も、すでにこの部屋を知り尽くしていて、動きには少しの無駄もない。


「ねぇ、新入りさん、お名前は?」

「あ……長瀬比菜です」

「ふーん……比菜さんなんだ。なんだかひよこみたい。
今日は、大ちゃんをよろしくお願いしますね」


そう言った信恵は、楽しそうにケラケラと笑い出した。

比菜に抱かれている大ちゃんも、ママの嬉しそうな顔に、両手をばたつかせ喜び始める。


「あのね、その大ちゃんは、本当は名前を大和にしようとしたの、
でも、こっちにいる大和にダメ出しされたの。私はさ、大和は頭もいいし、
いい男だからあやかりたいと思っただけなのに、絶対にダメだって……ケチでしょ」


比菜が視線を動かすと、相変わらず大和は黙々と仕事を続け、

キッチンのまわりにあふれていたゴミは、袋の中に分類され納まっていく。


「一見、冷たいし、言うことは泣きたくなるくらいキツイ時もあるんだけど、
でも本当はすごく優しいんだよ。大ちゃんの父親は、私が妊娠したって言ったら
すぐにどこかへ逃げちゃって音信不通。でも、私はおろしたくなかったから、
泣いて泣いて……。お店の人にも反対されたし、友達にも反対された。
もちろん大和も最初は反対したんだけど、でも、最後にわかったって言って、
産婦人科に付き添ってくれた。ね! 大和」


信恵の言葉に、何か返事をすることなく、大和はゴミをまとめると、

掃除の道具を手に持ったまま、洗面所の方へ移動した。


「真剣に育てる気があるのなら、絶対に手放さないって約束するなら、
ついていってやるってそう言われたんだ。私、絶対に育てるからって泣いてさぁ……」


「アリスさん、帰りに雨が降ったからって大和が連絡寄こして、
『フリーワーク号』を出したのは、誰でしたっけ?」

「ん? あ、そうそう、それは邦ちゃん。そう、邦ちゃんも優しいよね」


信恵は比菜の抱いている大ちゃんを両手で受け取り、大事そうに頬にキスをした。

少し出ていた口元のよだれをそっとぬぐう。


「とってつけたような言い方するなって。全く……」

「あはは……ごめん邦ちゃん、怒らないでよ」

「怒ってはいませんよ」


邦宏の返事に、信恵は嬉しそうに頷き、抱っこした大ちゃんを比菜に渡す。


「大はさ、何があっても……私の支えなんだ。あんなに大変な思いをして産んだんだもの。
どんなに気に入らない客でも、大を育てるためだったら、ニコニコ接客してみせる。
ねぇ、大和、邦ちゃん、私偉くない?」


そう言って微笑んだ信恵の顔は、母親の情愛に満ちていた。

比菜は最初に部屋へ入ったとき、つい不信感を持ったことを反省する。

台所の隅に並べたゴミ袋を見ながら、今まで付き合いにくいと感じていた大和のことも、

ほんの少しだけ見方を変えた。






19 表と裏の顔


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コメント

非公開コメント

う、う、大和~T_T

お待ちしてました♪
今日も明日も休みを取っちゃってますから、
朝からだって読めます!
って、威張ることではありませんが。。(笑)

(゚ー゚)(。_。)ウンウン、タイトルは「大ちゃんの秘密」ですが、
大和が大和であることのエピソードですT_T
大和がアリスさんの決意のほどを念押しして
病院に付き添った気持ちがよく分かります。

アリスさん、かわいい人です。
この人も今度こそ幸せになれるといいです。

こうしてみると、みんないい人だわ。

フリーワークって、いろんな人のいろんなお手伝いをするだけじゃなくて、
心の支え的な役目も請け負ってるんですね。

大ちゃん、可愛い!

こんにちは!!

問題有?って思った彼女は意外といいお母さんでしたね

今度の彼はいい人だといいですね


      では、また・・・e-463

母は強し!

今回の依頼人
『フリーワーク』のご贔屓さんだったんだね。
ちょっと理由有りのようだけど
フリーワークのイケメン君たちはその辺承知なわけで…
比菜もこれからどんな関わりを持っていくのかな?
大和たちと比菜の関係も少しづつ良い関係になってる~♪(よねッ^^)

母はね子供のためなら何でもできる!
わかっていた事だけど、最近私も実感してます
信恵もきっとたくましい母になるんだろうね
頑張れ大ちゃんのママ!
26才の板さんと上手くいくといいね~♪

大ちゃん?誰?

大ちゃんなんて人、「フリーワーク」に居た?
と不思議に思ってしまった。
なんと依頼人の赤ちゃんの名前なんですね。
それが大和から来てるとは・・・

アリスさん、子供だけ残されて、それでも子供が居るから頑張れる貴方が、健気で好きです。

ちょっと男にルーズそうなのが困ったもんだ。ですが、でもきっと大ちゃんの為に良いお父さんをと思っているのでしょう。
その板前さんが良い人だといいな・・・

『フリーワーク』

れいもんさん、こんばんは!
待っていてくれただなんて、泣けちゃうくらい嬉しいんですけど。

>タイトルは「大ちゃんの秘密」ですが、
 大和が大和であることのエピソードですT_T

そう思ってもらえたのなら、よかったです。
大和の過去を、みなさんはすでに知っているので、そう感じてもらえるんですよね。
比菜はわかっていないので、『?』なんですけれど。

>フリーワークって、いろんな人の
 いろんなお手伝いをするだけじゃなくて、
 心の支え的な役目も請け負ってるんですね。

人と必ず接する職業なので、こういった面もあるのではないかと、
想像で書いているんですけれど、色々な人との出会いが、
『フリーワーク』のお兄ちゃん達も、変えていくことになるんだと思います。

アリスさん

mamanさん、こんばんは!

>問題有?って思った彼女は意外といいお母さんでしたね

はい、アリスこと信恵さん、優秀! と言える人ではないかもしれないですが、
心根のいい女性です。

『相関図』にも出てくるキャラなので、頭の片隅に入れておいてくださいね。

母というもの

Arisa♪さん、こんばんは!

>比菜もこれからどんな関わりを持っていくのかな?

うふふ……そこに気付いてくれて、ありがとう。
信恵さんは、『相関図』にも出てくるキャラです。
頭の片隅に、残しておいてくださいね。

>母はね子供のためなら何でもできる!

そうそう、そうじゃないといけないんだけどね。
その感覚とのズレで、大和は悩んでいるんですけれど。

大ちゃんと大和くん

yonyonさん、こんばんは!

>大ちゃんなんて人、「フリーワーク」に居た?
 と不思議に思ってしまった。
 なんと依頼人の赤ちゃんの名前なんですね。

紛らわしくてごめんなさい。
でも、今回は『大ちゃん』の名前の意味を知って欲しくて。
なぜ大和が反対したのか……
その辺も考えてもらえたら嬉しいです。

>アリスさん、子供だけ残されて、
 それでも子供が居るから頑張れる貴方が、健気で好きです。

ありがとう! 『相関図』にも出てくるキャラなので、
忘れないでおいてね。

大和って

yokanさん、こんばんは!

>信恵さんは大和君の良いところを知ってるんだ。

そうみたいですね。キツイ言葉の中に、実は優しい部分が入っている……なんてことは、
ちょっとつきあっただけではわからないでしょう。今の比菜にはそれは感じられないはず。

この信恵との出会いが、比菜にまた変化をもたらせることになります。頭の隅に残しておいてね。