29 寄り添う相手

29 寄り添う相手


時に思いを吐き出しながら、そして、時には互いをなぐさめあいながら、

私達の日々は少しずつ重なり、季節はまた秋を迎えようとしていた。

9月も末になり、朝晩の冷え込みがきつくなり始めた頃、母からの連絡があった。


「うん……わかった」


声のトーンは低かったが、母は冷静に、祖母の死を教えてくれた。

私も姉も、心のどこかにそう遠くない日だと思っていたからか、落ち着いた返事をする。

次の日に、『松井水道』で有休をお願いし、私は祖母と母のいる実家へ戻った。


繭を抱えている姉に準備を手伝ってもらうことは出来ないので、

業者の方と一緒に、段取りを決めていく。看病をし終えた充実感なのか、

母は涙を見せずにしっかりと話を聞いていた。


「ごめんね敦子。仕事もあるでしょうに。母さん一人だとどうしても心配になるから」

「気にしなくていいよ。おばあちゃんのことだもの、有休だってあるし」

「涼子は体の事もあるから、無理しないようにって言ったんだけど、
でもね、明日繭を連れて来るって言うの」

「体? お姉ちゃん……」


私はそう言いかけて言葉を止めた。きっと、姉はお腹に子供がいるのだろう。

おととい電話した時には、何もそんな話をしていなかった。


「予定は来年の春だって」


母は3ヶ月に入ったくらいだろうと、部屋の片付けをしながら楽しそうに言った。

私は、姉がその事実を隠したことに、どこか寂しさを感じてしまう。

嬉しそうな母の顔を見ると、取り残された気がして、私はすぐにその場を離れた。





次の日、降り出しそうな雲行きを心配しながら、

祖母や母を、近所で支えてくれた方の手助けを借り、式は厳かに始まった。

東京から姉夫婦と繭も到着し、少し足を悪くした園田の祖父も、

おばさんが車に乗せてくれて、久しぶりに顔を出してくれる。


「お義父さん、ご無沙汰をしてしまって」

「いやいや……。愛子さんも大変だった。悲しいことだが、順序だからな」

「はい……」


親戚の叔父や叔母が、姉夫婦と語り合う声が聞こえてくる。

妊娠がわかってから、繭は微妙な変化を感じるのか、姉から離れないのだと義兄が笑った。

たまに会う親戚は、私の事情など全く知らないので、『敦子はまだなのか?』と、

挨拶代わりのように聞いてくる。もう、そんな話もすっかり慣れ、ごまかすのもうまくなる。


「敦子は慎重なんです」


姉は決まってこうフォローし、その話題に母は軽く笑うだけで、何も言葉を発しない。

それでも祖母のおかげで、悲しい中にも親戚の輪が生まれた。

昔、お兄ちゃんと呼んでいた人に、頭に白いものが見えるようになり、時の流れを感じる。


お経が静かに始まり、母や姉と訪問客に頭を下げていると、見慣れた人物に視線が止まった。

姉も同じように気づいたのか、私の膝を軽く叩く。

一般の弔問客に混じり、焼香をしているのは、間違いなく蓮だった。

式が終わる寸前に会場に入り、黙って列に並ぶ。


「蓮君、来てくれたんだね」

「うん……」


私たちの交際が素直に認められてさえいれば、蓮も義兄のようにこの場に座れたのだろうが、

今の状態ではそれをお願いすることも出来ず、大勢の中に紛れることしか出来ない。

しっかりと手を合わせ、頭を下げている姿を見ながら、私は目頭を押さえた。





式が終わった少しの間に、会場の隅に立っていた蓮に声をかけた。

仕事を始めてばかりで休みが取れたのかと聞くと、大手だからねと言って、軽く笑ってくれた。


「ありがとう、ここまで来てくれて」

「うん、敦子のおばあちゃんには、結局ご挨拶も出来ないままになってしまった。
残念だけど、ちゃんと手を合わせてお願いしてきたから」

「お願い?」

「うん……」


蓮が来たことに気づいた繭が、義兄と一緒に声をかけてきた。

こっちへおいでと蓮が言うと、繭は照れくさそうに笑い、いやだと義兄にしがみつく。


「涼子が2人目を妊娠して、繭がわがままになっちゃってね」

「あ……お姉さん、おめでたなんですか……」


蓮はそう言った後、すぐに私の方を見た。

そうみたいよと軽く返事をすると、蓮はどこか寂しそうな顔をする。


「仕事はどう? 『ふたば』はさすがに大手だね。以前の問題で風評被害も心配したけど、
それほどでもなかったって」

「そうですね。基本的に乳製品は強いようで、販売店さんの努力も大きいと思います」

「そう……」


繭が姉のそばに行きたいと言い出したので、

義兄はまた二人で遊びにおいでと言葉をつけたし、その場から離れた。

親戚が集まりだし、祖母がここを離れる時間が近づいてくる。


「敦子……」

「何?」

「お母さん、今は気を張っているだろうけど、寂しくなるはずだから、そばにいてやれよ」

「うん……」

「じゃぁ……」


蓮はそれだけを告げると、背を向け歩き出した。外の気温が低かったからか、

背中が寂しく、そして小さく感じ、私はその後姿が消えるまで、ただその場で見送った。





その夜、私は弔電をくれた雪岡教授に電話をした。

教授は結婚式で祖母に会ったきりだが、物腰の柔らかい素敵な女性だったと、

祖母や母の思い出話を聞かせてくれる。

軽くお酒を飲んだ後の教授はいつもこうで、どこかで晩酌をしてきたのかと言い返すと、

予想外の言葉を聞かされた。


「広橋が来たんだ。仕事が終わってから……。で、さっきまで飲んでいた」

「蓮がですか?」

「あぁ……」


18年前の事実がわかった後、蓮は整理のつかない気持ちを、雪岡教授にぶつけたことがあった。

会いに行ったと聞き、また何かあったのかと心配になる。


「涼子、2人目が出来たんだってな」

「あ……」

「お前に申し訳ないと、そう言っていた」


このまま私たちは、親に許されることがなく、

ずっと寄り添いきれないまま時を重ねるのだろうか。

私を気遣う蓮の想いに、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。





祖母を見送った後の母は、一見、何も変わらないように見えた。

仕事にもすぐに復帰し、何日か有休を取った私のほうが、居場所がない。

東京に比べて冷たい夕方の風を頬に受けながら、誰もいない家で一人お茶を飲む。


巣に向かって飛んでいく鳥たちは、つがいに見えた。

少し前を飛ぶ方が、コースを決めているようで、迷うことなくはばたき、そして遠くなる。


蓮のお母さんは、今まで出来なかった分だと、お父さんとの時間を大切にしているようだった。

何かを分かち合いともに歩める相手がいることは、心強いことだろう。

幼い頃に住んでいた家と違い、ここには母と祖母のものしか見えない。

父を事故で亡くし、娘である私達もここを旅立ち、そして……また、祖母もこの世を去った。


母は、これからたった一人で、歳を重ねていく。

静か過ぎるくらいの時を、重ねていく。





「ただいま……あら、いい匂いがする」

「うん、お世話になっているんだから、これくらいはしないとね。
料理教室に行ってるって言ったでしょ? こんな時くらい腕前を披露しないと」

「ふーん……」


仕事から帰ってきた母を、手作りの料理で出迎えた。

豪華な材料があるわけではないので、たいしたものは出来なかったが、

煮物や和え物を食卓に並べ、湯気の上がるご飯を茶碗によそる。

30にもなるのだから当たり前だと言いながら、美味しそうに食べる表情には、

またしわが増えているように見えた。


「明日、帰るね東京」

「うん……ありがとね、敦子。助かった」

「大丈夫? 一人で……寂しくない?」

「……寂しい? 何言ってるのよ、娘として当たり前のことが出来たんだもの。
お母さん、満足してる」


満足……。亡くなったことが悲しくないはずはないが、その母の言葉は理解できた。

多くを語った訳ではなかったが、少しとげとげしかった母との間が、

ほんの少しまた近づいた気がした。





結局、3日だけ片付けなどを手伝い、私は東京へ戻りまたいつもの生活をスタートさせた。


「明日から北海道に行くんだって」

「そうなんですか」


料理教室を手伝っている蓮のお母さんは、旅行へ行くことを楽しそうに語ったのだと、

菊川先生は近頃、教室終了後の恒例になっている、二人だけのお茶会で教えてくれた。


「二人で出かけられることは、いいことねって、そう言ってたわ。
私もね、いい夫婦になっているようなそんな気がするのよ。
幸や蓮が小さい頃は、稔さん会社人間で、家庭のことなんて置き去りに近かったもの。
でも、そんなふうに必死になっていたのに、いざ、経営が悪化すれば
すぐに会社なんてそっぽを向くでしょ。そんな中での幸の事故だった。
もっと自分が家族の方を向いていたら……って、そう思っているのかもしれない。
幸が園田先生を頼っていたのも、今思うと稔さんへの気持ちを、重ねていた気がする」

「……そうですね」


私たちのことを知ったお母さんが、倒れて入院した時、

お父さんは何か考えたあるのだとそう言っていた。

それは言葉でお母さんを解きほぐすのではなく、

こうして、二人でいる時間を増やしていくことだったのだろう。


あの時、もっと父親として生きていたなら……。

幸さんが父に頼ることなく、自分に気持ちを向けてくれたかもしれないと、

お父さんは思っているのだと、菊川先生の話を聞きながらそう考える。


「ねぇ、このエプロン使わない?」

「私ですか?」

「そうなの、それがね……」


菊川先生は笑いながら、1枚のエプロンを取り出した。

深緑色の少しチェックが入ったもので、素材もよく色もいい。


「出かけた時に、あ、これだ! って買ったんだけど、家に戻ってつけようとしたら、
自分には派手だと思ったんだって。だから私にくれるって言うんだけど、
どう考えたって、私たちくらいの年齢がつけるものじゃないでしょ。
節子らしいというか、全く、素直じゃないって言うか……」


手触りのいいエプロンの生地を、確かめながら聞いていると、

菊川先生は入っていた袋を私の方に差し出した。


「私だって派手でしょうって言ったらね、
じゃぁ、登美子が似合うと思った人にあげていいわよって言うのよ。
似合う人にって……と思った時、すぐに垣内さんの顔が浮かんだの。
このエプロンはきっと、あなたのことを考えて節子が買ったんだってそう思った」

「私ですか?」

「そうよ、5月から言葉は交わさないにしても、半年近くあなたを見ているんだもの。
節子にも少しずつ何かが芽生えている……そう思わない?」

「……私が……いただいてもいいんでしょうか」

「あなたにあげたかったのよ、きっと。私はそう思ってる」


ずうずうしいのかもしれないが、私はそのエプロンをありがたく受け取った。

菊川先生の推理が当たっているのかはわからなかったが、そう信じたい気持ちは一緒だった。

私はエプロンを握り締め、その柔らかい生地の感触をもう一度確かめた。





30 親の役目 へ……




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コメント

非公開コメント

忍耐の時はいつまで・・・

こんにちは!!

敦子さんと蓮君の事、停滞してるようでいて
実はいろいろ動いていたのかなぁ

お姉さんの妊娠の件は
敦子さんに、蓮君に、同情した

敦子さんの母親に少し怒りも湧いた
だってお姉さんの妊娠は喜んで
敦子さんにはそのチャンスを与えないなんて

過去にあったことで、2人を認められないのもわかるけど
このままただ時間だけが過ぎていき
いつまでこの2人に辛い思いさせるのか・・・ってさ

お母さんも考えてはいるんだろうけど
過去に囚われすぎて、今を逃してたら意味ないんじゃない

お葬式で一緒に過ごした何日間で
お母さんと敦子さんのなにかが変わった様な気もするけど・・・

そうだったらいいな

蓮君のお母さんも軟化してきてるようだし
(お父さんの過去の懺悔のような献身と、敦子さんの人柄の良さか)
事態が好転するのも、もうじき?

敦子さんと蓮君の満面の笑顔を見れる日も近い?

      では、また・・・e-463

二人のこと

mamanさん、こんばんは!

>敦子さんと蓮君の事、停滞してるようでいて
 実はいろいろ動いていたのかなぁ

語り手は敦子なので、敦子がいない場所での人々の動きは、なかなか読みにくいと思います。
停滞しているようで……そう、ちょっとずつ、動いているんです。

>お母さんも考えてはいるんだろうけど
 過去に囚われすぎて、
 今を逃してたら意味ないんじゃない

はい、お父さんの残したテープから、敦子もそう考え、母に聴かせたんですけどね。

一つずつの積み重ねが、大きな変化を産み出します。

もうちょっと、お付き合いしてくださいね。

分かち合う

yokanさん、こんばんは!

>蓮くんのお母さんにはお父さんが居るから、
 敦子さんのお母さんは一人だから支えあう人が居ない・・

悲しみも、喜びも、分かちあってくれる人がいるのと
いないのとでは、違いますよね。
『母は一人』だということを、敦子も強く感じたと思います。

次回、お話が大きく動きますので、
もう少しお付き合いお願いします。