リミット 11 【君の横顔】

11 【君の横顔】


どんなふうに1日を過ごそうが、泣いても笑っても、24時間は過ぎていく。

色々と問題はあったが、深見の仙台栄転が正式に決まり、

季節は2月の扉を開けた。


「えっと……」


いつものように朝のミーティングが行われ、

深見のメガネの奧にある鋭い視線が、メンバー達を捕らえている。


「これ、読んでるか?」


手に持ち、深見が振っているのは、本部からの業務通達などが書かれた広報誌で、

その中のページを開き、指で押さえる。


「オリジナル企画提出、全員に命令な!」

「エ……」


思わず声をあげた関口を、深見は軽く睨み返す。


「あのなぁ、調べてみたが、東京支部で最低だぞ、ここ。人の企画に
乗っかってないで、自分たちで何かやっていかないと。あまり堅く考えずに、
自分ならどんな旅行がしたいのか、それを形にしてみろ。いいな、
提出最終日2週間後。手直しするから、その前に1度提出!何か質問は?」


そう一気に言い切ると、深見は西支店全体を軽く見回す。


「深見主任、その企画全員提出には、主任の更なる出世がかかってますか?」

「ん?」


秋山のからかうような質問に、深見は書類で頭を叩く。


「そうだな。全員提出して、その中から優秀賞でも出れば、
東京支部本部長のイスも届くかもしれないぞ」


深見の冗談に、社内に笑い声が響き、

咲は昨日回ってきていた広報誌をあらためて手に持った。


深見と出来る、最後の仕事……。

どんなものでもいいから、咲はきちんと提出しようと考えていた。





仕事を終え、寄り道もせずに家路を急ぎ、こたつに電気を入れる。

筆記用具を取り出し、咲は書類を前に頭をひねる。

入社して4年、毎日なんとなく仕事をこなしてきた。

特に出世欲があるわけでもないため、昇進試験にも興味がなかった。


いつか、誰かと結婚するまで……そんな気持ちの4年間だった気がする。

自分の企画を作るなんて、はたして本当に出来るのだろうか。



『自分ならどんな旅行がしたいのか……それを形にしてみろ』



自分なら今、どんな旅行がしたいだろうかと、咲は考える。

有名な観光地を巡り歩きたいのか、それとも、

美味しい食べ物のあるところへ行きたいのか。


もし、深見と旅にでられるのなら……。


場所なんてどこでもいい……。

そう、たとえゲームセンターの屋根の下でも、何もない山の道でも、

通勤電車の中でも、書類があふれかえる仕事場でも……。


どこに行くかではなく、誰と過ごすかなのではないかと、咲は思いながら、

ペンを動かし始めた。



『主任と一緒なら、どこでも楽しいだろうな……』



咲は日付が変わったことにも気付かないくらい、集中した夜を送った。





「宮本、この間は悪かったな」

「……エ?」

「早瀬のところへ行かせて」

「あぁ……いいえ」


次の日、休憩を取っていた利香のところへ深見が現れた。

利香は深見の横顔を見ながら、表情を確認する。


「ん?」


その視線に気付いた深見が、利香に何かあるのか? と問いかけた。


「主任、仙台に遊びに行ってもいいですか? 咲と一緒に……」

「あぁ、くればいいよ。東京とは違った魅力のあるところだぞ、仙台は」

「その時は、素敵な場所の案内もしてくれます?」

「もちろん……」


利香は一度軽く咳をすると、話しをまた続ける。


「咲、秋くらいに彼氏と別れちゃったみたいで……なんだか元気ないんですよ。だから励ましたくて……」


そう言いながらも、利香は深見の顔色を横目でうかがう。


「そうか……」


深見はそれ以上、何も言わずにたばこに火をつけた。

自動販売機の影に立っている秋山は、利香にだけ見えるように、

手を動かしサインを送る。


「新しい恋でも始まればいいんですよね……そういう時って……」


販売機の裏から、秋山のOKマークが見える。


「……」


深見はそれ以上、何も言わなかった。


「秋山さん! あんなこと言ってよかったんですか?」

「いいんだよ。絶対に間違いない。主任は早瀬のことを
気にしていると思うんだ。ああやって急かせば、何か動くかも知れないだろ」

「……咲も実は、好きなんじゃないかと思うんですよね」

「そうなのか?」

「全くの想像ですけど」


自信満々に意見する利香の態度に、秋山はあっけにとられていた。





「はぁ……」


企画書を完成させるために、咲は会社に残ってPCを打ち込んでいた。


ゲームセンターで雨宿りをした時、たばこを吸っていた深見の横顔が

咲の頭から離れなくなっていた。男の人の横顔を色っぽいと思ったのは初めてで、

目を閉じると浮かんではくるが、あの時ほどハッキリとは出てこない。


旅の中のなにげないシーンを残せれば……。


咲の考える深見との思い出が、一つの企画を組み立てていた。





日にちは着実に過ぎ、企画書を作り始めて、二度目の月曜日がやってきた。


「関口と、横山以外はどうしたのかな?」


提出を約束した企画書は、なかなか深見の手元に戻ってこない。

咲は、机からクリアファイルを取り出し、もう一度しっかり確認した。

子供のような企画だと怒られても構わないから、

自分の想いを深見に見てほしいと考え、咲は席を立ち前へ出る。


「主任、お願いします」


咲の提出したクリアファイルを、深見は少し驚いたような顔で受け取った。

中から企画書を取り出し、パラパラとめくる。


「よし、後から見ておく。明日戻すからな」

「はい……」


咲が安堵の表情で頭を下げ、席へと戻ると、隣の利香がイスをくっつけてきた。


「いつやったのよ、咲。すごいじゃない……」

「中身はわからないわよ。きっと子供みたいだって怒られると思うけど……」

「でも、私なんて……」

「これで3名。後のメンバーも必ず提出だからな! よし、朝礼終了!」


一日が今日も幕を開けた。





咲達が一般客の対応に追われている頃、深見は提出された企画書に

目を通した。初めて自分がここへ来た日、たまたま咲の提出した報告書が

目に入り、呼びつけて怒ったことを思い出す。



『4年間、ただで給料もらってたんじゃないのか? 出し直せ!』



いきなり浴びせたキツイ言葉を、咲は、目を丸くして受けとめていた。

そしてバスのトラブルの時には、おにぎりを握って差し入れたこともあった。



『こんなふうに、男を簡単に部屋へ入れるなんて、襲うぞ……』



具合の悪くなった自分を、部屋へ入れ朝まで寝かしてくれた日。

ゲームセンターから駅までの道。

あの時も、その時もなぜか彼女の手を握っていた。


「深見主任、成田さんと言う方からお電話ですが……」

「成田? あ、わかった……」


深見が名古屋にいた頃、慕ってくれた後輩からの電話だった。





「乾杯!」


成田が新幹線で名古屋へ戻るため、二人は東京駅近くの店で待ち合わせをした。


「東京にいる間にお会いしたかったんです。よかった……つかまって」

「そんなに忙しくないから大丈夫だよ。お前こそ、どうだ?」

「順調です、とはまだ言えませんが。でも、充実はしてます」

「そうか……」

「深見さんが背中を押してくれたからです。本当に感謝してるんですよ、俺」


成田は、深見のグラスにお酒を注ぎながら、話しを続ける。


「やりたいこともやらずに後悔するより、やって失敗して泣いた方がいい!
後悔しながら生きる人生は、楽しみも半減するぞ!」

「……そんなこと言ったか?」

「言いましたよ。人のことだと、ズバリ言えるんですよね」

「そうかもな」


成田は深見と同じようなエリートコースを歩んでいたが、ある日、

違うことがやりたいと、辞表を提出しようか迷っていた。

その時、先輩としてアドバイスしたのが深見だった。


「秋に、結婚します……名古屋へ来て下さいね」

「……は?」

「お祝いしてくれますよね。嫁さんのことも、先輩知ってるんですから」

「……もしかして、田部井?」

「はい、そうです!」

「そうか……」


当時、入社1年目で、失敗ばかりしていた受付の女子社員が田部井だった。


「深見さんは、まだ結婚しないんですか? 支えてくれる人がいるって、
いいですよ」


成田は得意げに笑うと、深見の薬指を差しそう言った。


「うーん……」


深見はポケットからたばこを取り出し、テーブルをトントンと叩く。


「全く、仕事ばっかり夢中になって、好きな人もいないんでしょ」

「……いや、いるよ」


ふっと言葉が口から飛び出していた。その人が自分のことをどう見ているかは

わからないが、想っている人は確かにいる。


「もう先輩じゃないから、いいですよね……。おい、深見!
お前告白しないで後悔するより、告白して振られて泣いた方がいい!
後悔しながら生きる人生は、楽しみも半減するぞ! と、お返ししますよ」


自分に忠告する成田のことを、深見は見ながら苦笑いした。





成田と別れた後、ある場所へ向かって歩いていく。

少し、ビルの間を抜け、細い路地の横には、あの時、

雨宿りをしたゲームセンターがあった。


少し前までたぬきのぬいぐるみが入っていたUFOキャッチャーには、

もう別のおもちゃが入っている。100円で賭けをして、見事獲ったぬいぐるみ。

彼女はまだ、持っていてくれているのだろうかと、深見は思う。


別のUFOキャッチャーにある、ネコやうさぎのぬいぐるみを狙ってみるが、

500円をつぎ込んでも、全く取ることが出来ない。



『女の子に似ているぞっていうなら、うさぎとかネコとかじゃないですか?』



たぬきに似ていると言われ、少しふくれた顔で、

ぬいぐるみを見つめていた咲の横顔を思い出す。

深見は機械に背を向け、たばこを取り出した。



『仕事ばっかり夢中になって、好きな人もいないんでしょ』



後悔するより、泣いた方がいいのかもしれない……。

深見はそんなことを考えながら、その場所に立っていた。

                                    神のタイムリミットまで、あと20日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

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