21 淋しい目

21 淋しい目


邦宏が『先崎みなみ』という依頼人の名前に顔色を変えたことを、

比菜は見逃さなかったが、同じように気づいた美帆が、その前に指摘する。


「何? 邦宏君知ってるの?」

「いや……、知っているわけじゃなくて、みなみと言ったらさ、
大恋愛して別れた昔の彼女と一緒の名前だな……と」

「うそ! 邦宏君が大恋愛なんて出来るはずないもん。
いい? 恋愛ってね、相手がいないと出来ないんだよ」

「ん? なんだよ美帆。女にもてるのは兄貴ばっかりだと思うなよ」

「別にそうは言ってないでしょ。そういう邦宏君の方が気にしてるんだって。
うわぁ、やだやだ、ひがみっぽい男はもてませんよ」


邦宏はそうごまかしたが、比菜にはそれはウソを言ったのだとすぐにわかった。

それでも自分や美帆に言いたくない理由なのだろうと、そのまま流す。


「ねぇ、完成したら見に来てね。お兄ちゃんの横顔もいれてもらってるの。
みなみ先輩、気をつかって、さらにいい男に描いてくれてる」

「やだね、大和の裸なんか見たくないわ!」

「裸じゃない! 筋肉! もう、邦宏のバカ!」


美帆はその後も邦宏と楽しそうにあれこれ語り、書類にいろいろと落書きをしたまま、

事務所を出て行った。

比菜は荷物を片付けながら、美帆の残した書類を手に取り、一応ファイルに入れる。


「女子高生なんですね、妹さん。結構、年齢が離れているんだな……」

「あぁ、うん。生意気だろ。でも、大和はかわいがるんだよ、美帆を。
あいつのうちも結構複雑でね」

「エ……」


邦宏は明日からの仕事の割り振りを、考えながらそう何気なくつぶやいた。

ふざけたことを言うことも多いが、仕事になると真剣な顔つきだった。

しばらく黙ったまま邦宏を見ていた比菜に、突然質問が降りかかる。


「長瀬さん、聞いてみる? 大和に」

「いえ、結構です。私、高杉さんのあの目が……」

「目?」


初めてこの部屋を訪れた時に重ねられた視線の冷たさを、比菜はふと思い出す。

心の奥に考えていることを、抜き取られそうな気持ちがした。


「冷たく見えて苦手なんです」


邦宏は信恵から渡された封筒の金額を、小さな金庫に入れ、扉を閉める。


「冷たく見えるか……。そうか、長瀬さんにはそう見えるんだな」

「どういうことですか?」


比菜はソファーに座り、邦宏の方へ向く。

椅子に座った邦宏は、大和が使っているパソコンの上に予定表の紙を置くと、

背もたれに身を任せ上を向く。


「あいつとはさ、大学の時に知り合ったんだ。最初の講義時間に俺が遅れそうになって、
ギリギリ飛び込んだ。講堂の真ん中に一人座っている大和がいて、
空いているからそこでいいやぐらいの気持ちで、隣に座ったんだけど、
まぁ、ずっと下を向いてノートを取っているからさ。
なんて真面目な学生なんだ……。それに比べて俺は最初から遅刻同然で……と
反省したわけ。ところが、よく見たらやたらに難しい公式を解いているだけで、
授業のノートなんて何も取らないんだよ。講師の方も向かない。
隣に俺が来ても顔を見ることもない」


比菜は邦宏の話を聞きながら、なんとなくその雰囲気を想像した。

周りの変化に動じることなくわが道を進む大和と、

その反応を横から気にする邦宏が浮かぶ。


「あまりの集中ぶりに、俺の方があいつから目を離せなくなって。
で、じっと見てたんだ。こいつの考えていることは、一体どういうことなんだろうかって。
そうしたらさ、なんの前触れもなく急にこっちを向いた。
見ていたことがまずいと思ったのか、俺、思わず、一緒に食事でも行かないか……って
誘っていて、で、あいつも、あぁ……って、返事をくれた。それが最初」


邦宏は椅子から立ち上がり、テーブルに置いてあるインスタントコーヒーに手を伸ばし、

比菜に視線を向ける。

比菜は右手を軽く振り、今はいらないと返事をした。


「さっきのアリスさん、んっと、嶋谷信恵さんがさ、こう言ってた。
大和って、最初はすごく冷たく感じるんだよね、でも、ある日突然、
あの目が無性に寂しく見えるんだって。あれ? なんでそんなに淋しい目をするの? と
思った瞬間、大和のキツイ言葉が許せるようになるんだって」

「寂しく?」

「あぁ、長瀬さんには冷たく見えるんだろ。今、そう言ったよね。
俺は初めてあいつの目を見た時、そう、なんて淋しそうな目をする男なんだろうかって
そう思ったんだ。だから、食事に行かないか? なんて、誘ってしまったのかも」


そう言われて、比菜は大和のいろいろな表情を思い浮かべてみたが、

その目を淋しいと感じることは一度もなかった。


「人ってさ、無意識のうちに相手に好かれようとするんだよ。
言葉を表に出す前にこれは言っていいのか、悪いのか、どう思われるのかって
自然に計算する。でも大和は人に好かれようと思ってないんだろうな、
だから本当のことを言ってしまう」


大和のことを語りながら、邦宏のは小さなやかんを火にかけた。

比菜は初めてここに訪れた時の、大和の言葉を思い出す。


「腹が立つだろ。何であなたにそんなことを言われないとならないんだ! って。
でもさ、アイツが本当にどうでもいいと思っていたら、何も言わないよ。
長瀬さんが康哉の知り合いで、少なからず『フリーワーク』に関わってくれた人だから、
大和もキツイことを言ったんだと思う。
俺からしたら、ずいぶん優しいじゃないかと思えるんだよね」


邦宏はそう言いながら笑ったが、比菜にはあの口調を優しいと思う余裕はない。

心の中にトゲを残されたような、そんな気分だった。


「言っていることは間違っていないと思う。
康哉のことはもう諦めたほうがいいんじゃないかな。
もしかして、長瀬さんがお金のことが事件になることを気にしているのなら、
それはしないことを俺が約束する。それでどう?」

「ここを出て行けってことですか?」

「いや、出て行けって言うわけじゃないけど、ここにいる理由がない気がするからさ」


比菜はその言葉を聞いて、すぐに反論出来なかった。

確かに康哉を追いかけてきただけなら、もう、ここにいる理由はなくなるからだ。


「そうですよね、そう思いますよね。でも最初に決めた期間だけ、
それだけはここにいさせてください。康哉は戻らないかもしれないけど、
でも……全てがウソだったと思いたくないんです」

「……全て?」

「今ここで、自分が騙されていたのだと認めたら、私にかけてくれた言葉も、
全てウソになる気がして……」


比菜はいつも使っているウエストポーチを膝の上に乗せ、そこについている時計に触れた。

よく見るとその時計は文字盤の部分が割れていて、動いていない。


「もう……向こうには帰りたくないんです」


その言葉を聞いた邦宏には、動かない時計をじっと見つめる比菜の目が、

遠い記憶を探しているように見えた。






22 選べないもの


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コメント

非公開コメント

こんにちは!!

大和、妹を大事で可愛いって思ってるけど
美帆もお兄ちゃん大好きって感じですね

邦弘はうまくごまかしてくれたけど
大和とみなみ先輩のこと知ったらどうなるんだろうね

比菜はどう考えても大和のこと淋しくて優しい人とは
思えないようですね
先入観、第一印象を覆すのって難しいから
比菜の心にそれを許容できない何かがあるから
余計難しいのかな

比菜の秘密も時期判る?
壊れた時計にはどんな意味があるんだろう?
  

    では、また・・・e-463

淋しい目をしている大和。。
冷たく見られがちのようだけど、
邦宏やアリスさんのような理解者がいてくれるから救われます。

時計は比菜ちゃんでしたか。
比菜ちゃんの事情は何かしら?!

いろんなことが少しずつ見えてきてわくわくします~♪

進まない時間

寂しい目・・・初めての人にはきつく見えてしまう。
でも邦宏は初めから大和の寂しさが分かったということで、邦宏も何か寂しさを抱えてるのかな?

比菜ちゃんはまだ諦められないでいるのかな?
全てが嘘では無いと思いたいのは・・・
壊れてしまった時計のように、進まない自分の時間。早く動かして前に踏む出さなければ。

大和と美帆

mamanさん、こんばんは!

>大和、妹を大事で可愛いって思ってるけど
 美帆もお兄ちゃん大好きって感じですね

なんの疑いもなく、自分を追いかけてくる妹という存在に、
幼い頃の大和は癒されたまま、大きくなったのでしょう。
大和とみなみの関係を知ったら……?
そ、それは恐ろしいことです。

>比菜の秘密も時期判る?
 壊れた時計にはどんな意味があるんだろう?

壊れた時計が示すもの。
それはもう少しお待ち下さい。
比菜の秘密が、しっかりと隠れてるんです。

理解者

れいもんさん、こんばんは!

>邦宏やアリスさんのような理解者がいてくれるから
 救われます。

はい。人は理解してくれる人がいるかいないかで、
気持ちも違ってきますよね。
特に、邦宏の場合は、大和の全てを知っていると言っても
過言ではなく……。
まぁ、それは後々ですが。

時計と比菜の事情。
それも後々わかります。
わくわく待っていてくださいね!

比菜と壊れた時計

yokanさん、こんばんは!

>比菜ちゃんが大和君の目が寂しい目だと
 感じる時はいつくるんだろうね。

いつ来るんですかね。
それとも来ないままで終わりますかね(笑)

比菜のつぶやきの意味、壊れた時計、
ここら辺はつながってきますので、
もう少し辛抱してお待ち下さいませ。

坂本家

yonyonさん、こんばんは!

>でも邦宏は初めから大和の寂しさが分かったということで
 邦宏も何か寂しさを抱えてるのかな?

邦宏の『家族』は、まだ登場してません。
そこら辺の状況も、関わってきます。

比菜の言葉も意味も、状況がわからないと『?』だよね。
徐々に見えてくると思うんだけど……。
なかなか全体像は、見せられないのですよ(笑)