リミット 12 【想いの形】

12 【想いの形】


一緒にいたいと思う人と旅行に出かけた時、記念撮影を色々な場所でするだろう。

なかなか知らない人には声をかけられず、どちらかが撮り、また反対になる。

例えば別の観光客に頼んだとしても、しっかりカメラ目線の写真しか撮れない。


「うーん……」


咲は、カメラマンとして写真業者を同行させ、カメラ目線ではない、

自然の姿を残してやりたいと考えた。


食事の時、笑う顔、何かを見て驚く顔……。


「深見主任、今、自分が一番行ってみたい旅行を計画しろと言われましたよね」

「あぁ、そう言った」

「私ならどうかなと考えて、もし、誰かと二人で旅行をするなら、観光地でなくても、
美味しいものがなくても、ただ、時間を一緒に過ごせればって。
そんな自然な表情、なにげない思い出を、色あせないように残せればいいのにって考えました」

「……」

「ダメでしょうか」

「いや……そんなことないよ」


深見の視線の隅には、クリアファイルの端をいじりながら

下を向いている咲がいる。


君がそんなふうに過ごしたいと思う人は、一体どんな人なのだろうと、

深見は思いながら書類を閉じた。


「よし、わかった。コンセプトはおもしろいと思うし、数字的にもよく出来てる。
後は……」

「はい……」


細かいアドバイスを聞いた咲は、もう一度手直しするように言われ、

深見から書類を受け取った。



『時間を一緒に過ごせればって……』



残された時間は、限られているのに、互いの想いを知らないまま、

その時は確実に近づいていた。





「はい、いえ……こちらこそお世話になってます」


秋山は得意先の部長から、連絡を受けながら話しをしていた。

そばにあった咲のカレンダーを手に取るが、3月がないことに気付き慌てる。


「3月10日って何曜日ですか?」

「木曜!」

「あ、すみません木曜日です。じゃぁそこで」


秋山は受話器を置くと、いきなり咲の頭を卓上カレンダーで軽く叩く。


「早瀬、なんだよこれ。2月までしか入ってないじゃないか!
お前、旅行代理店の人間が、先のカレンダー見なくてどうするんだよ」

「……」

「すみません……」


秋山の言うとおり、カレンダーを今月だけにしている咲の行動は、

深見から見ても不思議なことだった。


「3月のは?」

「なくしました」

「は?」


適当な理由をつけて、咲はその場を誤魔化していた。


あの時、老婆が許してくれた半年の時間。

咲はすぐにでも篤志にプロポーズされ、解放されると信じていた。

しかし、それが叶わなくなり、先が見えなくなった咲の心の中を

照らしてくれたのは深見だった。


「……よし!」


アドバイスを受けた箇所を、調べ直し、もう一度丁寧に清書する。

入社して4年、好きな人が出来て、結婚すれば辞めるものだと、

たいして気合いも入れずに勤めてきた。



『4年間、ただで給料もらってたんじゃないのか?』



来て早々、雷を落とされた咲だったが、今考えるとまんざらウソでもなかった。

一度でも、自分を奮い立たせ、仕事に没頭したことがあっただろうか。



『あんたねぇ、今、ここで死んでるんだよ。本当に、半年で幸せになれる自信があるんだね!』



運命の分かれ道で、老婆は確かにそう言った。

『幸せ』には、人それぞれに違った形があり、篤志と付き合っている時は、

彼から愛情を受けることが幸せなんだとそう思っていた。


いつも篤志の言葉を待ち、篤志と過ごしていた日々。


しかし、深見を好きになってから、咲は変わっていた。

彼の役に立ちたい。自分を認めてもらいたい。

私は今、あなたに何をしてあげられる?

そう思いながら深見を見つめ続けてきた日々。


他の人から見たら、このまま命を終える自分は不幸せに見えるかも知れない。

それでも、この半年、咲は自分なりの幸せを味わっていた。



『神様、私、結構今、幸せなんですけど……これじゃ、ダメなのかな』



クリアファイルに企画書を戻し、咲は愛しそうに何度も何度も手で触れる。

自分がこの世から消えてしまっても、この企画だけは採用されてほしい。


深見との思い出は、消えないでほしい。


咲は、そう思いながら立ち上がり、一度大きく背伸びをした。





「どうですか?」

「うーん……」


その頃深見は、小さなアクセサリーショップにいた。

後輩の成田に言われた通り、ここで何も告げずに消えていくのは、

後悔が残ると思ったのだ。咲の気持ちは全くわからないが、

それでも、きちんと向き合ってみたかった。


「じゃぁ、これを」

「はい」


店員はケースから小さな紙を取り出し、箱に一緒に入れる。


「あの、その紙はなんですか?」

「これは、花言葉なんですよ。いつもメッセージとしてお入れするんですけど
入れない方がよろしいですか?」


店員がその小さな紙を、深見の前に差し出した。

薄みどり色の二つ折りの紙には、かわいらしい文字で花言葉が書かれている。

少し照れくさい内容に、思わず表情が変わる。


「どうされます?」

「……じゃぁ、入れておいてください」

「はい……」


咲のために選んだのは、四つ葉のクローバーをあしらったペンダントだった。





それから2日後。


小さなイタリアンレストランは、ちょっと照明が暗かった。

咲は、篤志と何度も待ち合わせをし、笑ったり、時々怒ったりした、

この店が大好きだった。


「ごめん、遅くなった」

「忙しいところ、こっちこそごめんね」


呼び出したのは咲で、カバンから小さな箱を一つだけ取り出すと、

篤志の前に置いた。その中には誕生日に篤志が買ってくれた指輪が入っている。


「これ、返す」


篤志はテーブルに置かれた箱をただ見つめた。どうしても元には戻れない……。

これは咲の返事なのだ。


「持っていることが辛くなるの。だから篤志に返したくて」

「……あの人と付き合ってるのか?」

「あの人?」

「ゲームセンターで会った人だよ。会社の人?」


それが深見のことであることは、咲にもすぐに理解できた。首を横に何度も振る。


「あの人は上司だよ。そんなんじゃない」

「じゃぁ、他に好きな人でも出来たのか?」


咲は、その言葉に大きく息を吸い込んだ。思わず勢いのまま『深見を好きだ……』

そう言ってしまいそうになる。

残りは少ないけど、彼の側にいられる時間を失いたくはない。


「そういうことって、篤志に話さないといけないことなのかな……」

「……」

「私たち、もう別の方向を見てるんだよ。そう切り出したのは篤志だし……」

「わかってるよ」


篤志は咲が返してきた箱を、カバンにしまい大きくため息をついた。


「最後に忠告! 今度好きな人が出来たら、さっさと結婚しなさいね」

「エ……」

「旅行じゃないんだから、キャンセルも行き先変更も、
自由には出来ないんだから」


咲は、目の前のアイスティーをストローで飲み干した。

ちょっと葉の苦みが残る味。昔から全然変わっていない。


「ごめんな……」

「もう、いいよ……」


二人はそれ以上、会話を交わすことはなかった。





「よし、OK!」

「はい」


咲が提出した企画が、深見の手直しを経て完成した。

他のメンバー達も次々に提出し、最終日を前に、全員が課題をクリアする。


「責任を持って、提出するからな!」


深見は満足そうに笑っていた。





東京での仕事が1週間を切り、本社に呼ばれることが増えた深見の席は、

近頃空いたままのことが多くなっている。


「咲、帰らないの?」

「うん、ちょっとだけやりたいことがあるんだ」

「そう……じゃあお先!」


利香は手を振り退社していった。

外回りの秋山や横山もおそらくここへは戻ってこないだろう。

咲は一人っきりになった会社で、少しずつ荷物の整理をする。

こっそり読んでいたファッション雑誌などは家に持って帰ろうと思い、

手提げ袋にそれを詰め込んでいく。



『早瀬!』



どこからか、深見の声がしたような気がして、斜め後ろの深見の席を見た。


咲は自分の席を立ち、引き寄せられるように深見の席へ向かう。

机の上にはいくつかの書類があり、いつも使っているノートパソコンが

置かれていた。こっそりとふたを開け、キーボードの上に手を置く。

こんなふうに、指を動かしながら、彼は書類を作っていたのだろうかと、

深見のイスに座り、机の上に顔を乗せた。


自分にもっと時間があったなら、色々なことを教えてほしかった。


自分にもっと時間があったなら、また、一緒にツアーに参加してみたかった……。

自分にもっと時間があったなら……

振られてもいいから、想いを告げてみたかった……。


咲が目を閉じそう思っていた時、カチャンと扉を開ける音がした。

その音の方向に急いで目を動かすと、そこに深見が立っていた。

咲は驚き席を勢いよく立つと、深見のイスはそのまま壁にぶつかり

大きな音を立てた。


「すみません、あの……私」

「……残ってたのか?」

「えっと、はい。でもすぐに帰ります」


勝手に席にすわったことを見られ、咲はずかしそうに席へ戻る。

自分の荷物を急いで取り、慌てて出ていこうとした。


「そうか、早瀬は主任を狙うんだな。そこに座って決意でもあらたにしたのか?」


深見は自分の横をすり抜けようとした咲を、優しい目で見た。

視線があうだけで、咲の鼓動は一気に速まってしまう。


「お先に失礼します」


咲は、その目から逃れるように慌てて部屋から出て行った。


咲が階段を降りていく音が響いてくる。深見は自分の席へカバンを置くと、

イスを戻しそこへ座った。



『そうか……早瀬は主任を狙うんだな。
そこに座って決意でもあらたにしたのか?』



そんな言葉は本音ではない。カバンを開け、ペンダントの入っている箱を

手に取った。



『あの……その紙はなんですか?』

『これは、花言葉なんですよ。いつもメッセージとしてお入れするんですけど
入れない方がよろしいですか?』



深見は、今日、店員と交わした言葉を思い出す。


四つ葉のクローバーの花言葉。『Be Mine』


        ……私のものになって、私を想ってください……


咲の想いの相手が、もしかすると自分なのかもしれない。

深見は目を閉じ、呼吸を整える。



『最後の日に……君と向き合おう』



その日は目の前に迫っていた。
                                    神のタイムリミットまで、あと4日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

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