Sweet Half

Sweet Half

                      Sweet Half




2001.10.1



「あれ? 雅紀、ここに入れておいたアイス知らない?」

「ん? アイス? えっと……」

「もしかして……」


私の鋭い視線に、雅紀はしどろもどろの、どうしたらいいのかわからない、目を向けた。

知らないとは言わせないんだから。

だとしたら、このアパートに、泥棒が入ったってことでしょ。


「ごめん……食べた」

「エ! それ本気で言ってるの?」

「ほ……本気って、そんなことウソで言えるかよ、沙織」


すぐ横に置いてあるスチール缶のゴミ箱をのぞくと、雅紀の言うとおり、

アイスの抜け殻がふにゃりと入っていた。『夏限定』だったのだ、今日は10月1日。

そう、衣替えになり、夏物は店からもどこからも、みんな排除された。


「同じ物を買ってきてよ、今すぐ」

「……無理言うなよ、出来ないよ!」

「出来ないならどうして食べたのよ。これ、限定品なんだよって、買った時言ったよね。
前に食べて美味しかったから、最後に買ってきたんじゃない。1つ雅紀にもあげたでしょ。
最後の1つだったのに……もう、バカ!」

「残ってるのかな……と……」

「残してたの!」


どうしようもないことはわかっていた。それでも悔しくて、雅紀の頭に向かって、

そのアイスの抜け殻を放り投げる。


「痛いだろうが」

「知らない!」


雅紀とは、大学のサークルで出会った。たまたま同じ先輩を知っていて、

共通の話題があったからなのか、会話にも困らず、時間を過ごすことも嫌ではなかった。

始めは仲間達で出かけていた趣味のサイクリングも、

3か月経った時には、二人だけで行くようになり、

出会ってから半年後には、私の居場所は彼の腕の中だった。








2009.10.1



「あ、貴之。ちょっと待って、それ、ママが先に骨を取るから」

「うん……」


出会ってから、ケンカをし、笑い、泣き、私達は結婚した。

5年前に生まれた息子の貴之は、幼稚園の年中になり、

日々楽しい話を私に聞かせてくれる。


「でね、ママ。のぶ君がね……」

「うん、のぶ君って、あの坂の上の団地にいる子だよね。……ねぇ、パパ。
ちょっとTVの音、小さくしてよ。貴之の話が聞こえないの」

「ん? あぁ……」


雅紀と沙織だった呼び名は、いつの間にかパパとママになり、

私の視線の先は、貴之になることが増えた。

食卓には子供の好きな献立が並び、貴之に美味しいと言われるのを待っている。


「じゃぁ、貴之がこっちを半分食べてね、ママがこっちを半分食べるから」

「うーん……お魚いらない」

「ダメよ、お魚ってすごく栄養があるんだから、ねぇ、パパ!」

「……あ……あぁ、そうだぞ」


私の『半分』相手は、雅紀から貴之になった。







2001.10.3



「何よ、これ……」


限定アイスを勝手に食べられてしまってから2日後、

雅紀は『食べてもいいでしょうか』とあらゆるものに紙を貼りだした。

チーズ、漬け物、そして……納豆にまで。


「勝手に食べたって怒られたくないからだよ。
沙織が食べていいって言ったものだけ食べれば、問題ないだろう」

「……すっごい嫌みっぽい! 雅紀ってこういう陰険なことする人なんだ、
うわぁ……反省するでもなく、こんな……」

「あぁ、もう、うるさいな、なんだって言うんだよ、じゃぁ!」


私は紙が貼られた納豆を取り出し、それぞれの目の前に、『半分』である、

1パックずつを置く。別に独り占めしようとしているわけじゃない。


「半分ずつにするの……仕事をするようになって、
給料だって半分ずつ出し合って生活しているじゃない。
だから、冷蔵庫の中も半分、そうすれば問題ないでしょ」

「半分?」

「そうよ、全部食べられたら腹も立つけど、半分なら、
許そうかなってそう思うじゃない。それを、こんな貼り紙されたら、
余計にイライラしちゃう」


雅紀が初めて契約を取れた日も、1本のワインを半分にして祝ったのだ。

2本あるよりも、どこか身近で、あたたかい気がするのは、私だけだろうか。


「そうか……半分だな」

「そうよ! 全部食べちゃダメなの。美味しいからきっと、
沙織も食べたいだろう……って、それが思いやりでしょ?」


それから私達は、半分にすることが当たり前になった。

雅紀が何かを買ってきて食べても、それは必ず半分残されていて……。






2001.10.7



「うわぁ……何これ」

「ん? あぁ、それ? 生春巻きだよ、総菜屋に寄ったら売っていて。
ほら、昨日は沙織、残業で遅いって言ってただろ。だから、自分で買ってきて……」

「いらない、この香草苦手なんだよね」

「何でも半分! じゃなかったっけ?」

「嫌いな物は、ない方がいい……」

「わがままですね……結構」


そう、最初はわからなかったから、何でも半分を残していたけれど、

これはいい、これは悪いが、だんだんわかるようになり、

『半分生活』は順調に進み、同棲生活も2年目を迎えた。







2009.10.1



「ごちそうさま」

「はい、よく食べました。それじゃ歯磨きしてね」

「うん……」


私は貴之の隣に座り、こぼさないように注意しながら、いつもの食事を終える。

目の前ではマイペースにビールを飲む雅紀が、TVのリモコンでチャンネルを変えた。

CMだと少し音が大きくなるようで、私の視線がTVに移ると、

今、売れっ子の女優が、しっとりとした和服姿で、日本酒の宣伝をしているのが見えた。


「お……、このCM、リメークだな」


雅紀の視線はTVから動かずに、私は自分と貴之のお皿を下げ、

片付けを始めようとしたが、全てのものが中途半端に残っている雅紀のものは、

どれを下げていいのかもわからない。


「ねぇ、パパ。どんどん食べちゃって。
片付けて、貴之お風呂に入れないといけないんだから」

「あ……あぁ」


子供には集中して食べなさいなんて言うけれど、

まさか目の前で父親を注意するわけにもいかず、

あれこれ残されたお皿に手をかけた時、その懐かしいフレーズに、私の動きが止まった。








2002.10.10



『好きなあなたと分け合えば、心が一緒に熱くなる』



「ねぇ、雅紀。この女優さんってさぁ、
この間、刑事物の映画で回し蹴りしていた人だよね。うわぁ……髪の毛伸ばすと色っぽい」

「ん? あ……そう言えば、そうだな」


このフレーズを初めて聞いた時、モデルだった女性は、普段、ジーンズを履き、

アクションなどをこなす女優だった。急に和服姿で登場し、

その変化ぶりに私は驚いたのだ。


「……はい、どうぞ」

「ん?」


雅紀は当たり前のように、小さな日本酒の瓶を冷蔵庫から取り出し、

小さなグラスに『半分』にした。私は日本酒が好きじゃないので、

左の人差し指で、そのグラスを雅紀の方へ押し戻す。


「なんだよ、それ。半分だろ」

「嫌いなものはいらないって、言ったでしょ」

「これ、美味いんだぞ。ほら、さっきのCMでも言ってたじゃないか。
『好きなあなたに飲ませたら、体があなたを欲しくなる』って……」

「そんなこと言ってない! それに、これはさっきのお酒とは違うじゃない」


スケベな冗談を呆れ顔で聞き流し、グラスをさらに雅紀に近づけた。

会社の飲み会などでも、私はもっぱらビールとサワーで、日本酒は頼んだことがない。


「これさぁ、会社の先輩がくれたんだよ。実家が新潟の蔵元なんだよね。
小さくて軽く飲めるから、いいぞって……」

「ふーん」


確かに雅紀が持っていた瓶を見ると、ちょっと洒落た作りになっていて、

女性の気持ちを、コソコソとくすぐるように見える。


「一口だけ……飲んでみろって」

「……うーん」


あんまり強く断るのもと思い、ものは試しとチャレンジした。

ほんの少しのつもりだったが、その口当たりのよさに、

気付くと私は半分くらい飲んでいる。


「やだ、美味しいんだけど」

「だろ」


そう言って雅紀は、自分のグラスに入った日本酒を、さらに私のグラスへ入れた。


「いいよ、雅紀。雅紀の分がなくなるよ」

「美味かったんだろ。もう少し……」

「ちょっと、なんか変なことしようとしてるんじゃないでしょうね!」

「バカ! 酒飲ませてなんて、犯罪者みたいなことするかよ。
沙織が美味そうに飲んでいるのが、嬉しいだけだ」


そう言って雅紀は、私より何倍も嬉しそうに微笑んだ。







2009.10.1



「ママ! お風呂に入ろうよぉ」

「あ…うん」


そんな昔のワンシーンを思い浮かべていると、貴之がパジャマを手に持ち、

右手で私を呼んだ。現実に戻された私は、食器を流しに下げておいてねと雅紀に告げ、

お風呂へ向かう。水鉄砲のおもちゃを持ち込み、貴之は楽しそうに遊びだした。


湯船につかりながら、そう、私は『Sweet Half』を思い出す。







2002.10.12



「あれ? 沙織、俺の方が多くない?」

「いいの、いいの。この間お酒をくれたお礼。驚いた、日本酒って美味しかったんだね。
今まで避けていたのが、もったいないくらい」

「だろ……」


日本酒を初めて美味しいと思った日。

雅紀は『半分』から、少しだけ相手を思いやる半分、『Sweet Half』を教えてくれた。


お刺身なら、ほんの1切れか2切れ、お酒なら人差し指の幅1本分、

あまりにも多くすると相手が負担になるので、ちょっとだけ自分より多くする。

それが私達の『Sweet Half』だった。







2009.10.1



「ママ……どうして笑ってるの?」

「あ……ごめん、なんでもないよ。貴之、ほら、頭洗おうよ」

「うん!」


お風呂に入っていると、雅紀がいきなり扉を開けて、一緒に入るから、

ちょっとだけ多く場所を空けといて……と、『Sweet Half』を要求したことがあった。

私は驚き、慌てて風呂桶でお湯をくみ、そのいやらしい顔に向かってかけたこともある。


「貴之、かゆいところはありますか?」

「ない……」


それでもそんなことをしているのが、とにかく楽しくて、

ちょっと機嫌を悪くして怒っても、雅紀の『Sweet Half』に何度も笑わされ、

泣かされてきた。


「貴之、お耳ふさいでね」

「うん」


それがいつの間にか、私の『半分』相手は雅紀から貴之になった。

遊園地に行けば二人で乗り物に乗り、道を歩けば私の隣を歩く。

それは母として当たり前なのかもしれないが……。





それだけで、いいのだろうか……。





「寝たの?」

「うん、今日は幼稚園でサッカーがあったのよ、だから疲れていたみたい。
本を読んでなんて言ってたのに、すぐ寝ちゃった」

「そう……」


テーブルの上には、雅紀のグラスと、つまみにしている枝豆が置いてあった。

私は雅紀の向かい合った席ではなく、いつも空いている隣に腰かける。

ちょっとだけ視線を横に向けると、何が起こるのかと不思議そうな目を向ける雅紀がいた。


何よ、昔は当たり前のように、隣に座っていたでしょ。

そんなに驚いた顔をしたくても、いいんじゃないの?


「ねぇ……私も飲んでいい?」


返事を待たずに、私はグラスを出すと、雅紀のグラスの横へそっと寄せた。

先に飲んでいた雅紀と、同じ形の同じグラス。


「ねぇ、昨日いただいた明太子を出すから、少しつまみにして食べよう」

「うん……」


私は雅紀に背を向けたまま、お裾分けしてもらった明太子を取り出すと、

『半分』より少しだけ包丁を右に寄せ、二つにわけた。

そのお皿を手に持ち、席へ戻ると、私のグラスには、雅紀のグラスより……



そう、人差し指1本分の幅多く、日本酒が入っていた。



「覚えてたんだ」

「何を?」


そう言ってとぼけた雅紀は、笑顔を見せたまま、

『ありがとう』と少しだけ多い明太子を、自分の方へ置いた。





『Sweet Half』



ほんの少しだけ……自分より相手を愛してあげよう。

ずっと、ずっと、あなたの『半身』であるために……






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