28 受話器の向こう

28 受話器の向こう


1995年1月17日、震度7を越える大きな地震が兵庫を中心とした場所で起き、

6000人以上の死者を出した。大和はニュースで見たあの光景を思い出しながら、

給湯室に集めたゴミ袋を開ける。


康哉を追いかけて来たという女性、長瀬比菜の祖父は、あの地震に遭い命を失った。

その形見がこの中に落ちているかも知れないと、比菜も大和も必死になる。


「ないな……腕時計って言ったよな」

「はい、文字盤の周りは金色なんです」


二人の懸命な作業にも関わらず、すべてのゴミ袋の中を開いてみても、

時計は見つからなかった。時刻はすでに9時を回り、10時の方へ近づいている。


「すみません、ここじゃなかったのかもしれません。これだけ開けてもないなんて」

「でも、ここに来るまであったんだろ」

「確か、作業を始める前に、一瞬見た記憶があるんです。
だけど……これだけ見てもないし、それに……」


比菜は携帯を開き、時間を確認した。

本来なら7時過ぎに終わらなければならない作業なのに、自分の責任で、

ここまで引っ張っている。しかも、このゴミはすべて下に運ばないとならないのだ。


「高杉さん。ありがとうございました。もう……いいです」


大和は開けてチェックしたはずのゴミ袋の底を手で押さえ、

何か当たるものはないかと確認する。いつも、自分に強気で言い返す比菜の表情が、

明らかに落胆し、無くした時計の存在の大きさが、見て分かるからだ。


「下に運びましょう。これ以上、ここに残っていると、守衛さんに怒られそうです」


比菜は座り込んでいた腰を上げ、一度軽く肩を動かした。

給湯室に入れてあったビニール袋は、二人が探した頑張りを物語るように、

廊下へ積み上がっている。


「ここにある袋は、全て見たんですから……」


大和は給湯室にあった最後の袋の底を、もう一度手で押した後、廊下の方へ放り投げた。

オフィス内は、紙1枚落ちていないはずで、確かに探しようがない。



『給湯室に入れていいんですか? これからのものは……』



「あ……」


比菜の言葉に、大和は作業を止めた時の学生の言葉を思い出した。

これからのもの……ということは、いくつかの袋は、

すでに下のゴミ置き場に運ばれているのかも知れないと考える。


「おい、下に行くぞ」

「あ……はい」


比菜はそばにあった袋を両手に持ち、立ち上がった大和の後ろをついていこうとする。


「そうじゃない。下のゴミ置き場に行く」

「エ……」


エレベーターを呼び、大和は状況がわかっていない比菜を引っ張ると、

そのまま下へ向かうボタンを押した。


「あの……」

「指示を出す前に、下にいくつか運んでいるかも知れない。一応確認しよう」


小さく頷く比菜と、ボタンを見続けている大和を乗せたエレベーターは、

地下の置き場へと降りた。





「長瀬さんの時計?」

「あぁ、震災で亡くなったおじいさんの形見なんだと。
もう少し探してからこっちは終了するから」


大和は事務所にいる邦宏に、業者との仕事は予定通り終了したが、

その後のトラブルで、事務所に戻る時間が遅れていることを報告した。

その電話を切った後、すぐに貴恵へと連絡を入れる。

しかし、何度も呼び出すが、貴恵は電話に出ることがなく、結局、受話器を閉じた。





その頃貴恵は、晃との食事を終え、タクシーの中にいた。

着信には気付いたし、相手が大和だと言うこともすぐにわかったが、

隣に晃がいる状態では出ることが出来なかった。


「いいんですか? 電話に出なくて」

「いいんです。後からかけます」

「そうか……そうですよね、僕が隣にいたんじゃ、話しにくいこともあるだろうし」

「いえ……」


食事を終えたら、駅へ歩こうと思っていたのに、

気付くと晃は走ってくるタクシーを止めていた。

手慣れたエスコートぶりに戸惑いながらも、断り切れずに乗り込んだ。


「今日はいい食事が出来ました。こうして車に乗りながら考えていても、
あなたの言うとおりだとそう思える」


貴恵は経理という立場から、わかる範囲で取引先との契約について、晃に語った。

父親である城所社長はいい人だが、あまり細かいことを気にするタイプではなく、

これでいいのだろうかと感じることも、少なくなかったからだ。


「別の場所で仕事をして、初めて自分の会社への気持ちが芽生えました。
父のあとを継いで、なんとか自分で業績を伸ばしていきたい。
でも、一人じゃとても無理です。同じような想いを共有できる人が、いてくれないと」


目の前の信号が黄色から赤に変わり、運転手の急ブレーキに、

後部座席に座る二人の体が、一瞬前へ動く。

貴恵は右手を出し、傾きそうになった自分の体を止めようとしたが、

晃がその前に貴恵の左腕をグッとつかんだ。


「大丈夫?」

「はい……」

「ケガでもされたら大変だ。うちの大事な社員なんだから」


そういうと晃は貴恵をつかんだ腕を離した。

貴恵の腕に、強くつかまれた感覚がじんわりと残る。


「会社の財産は人です。だから、みなさんと一緒に頑張っていかないとならないし、
同じ目標を生涯持てる人を、出来たらその中から見つけられるのが理想です」


同じ目標を生涯持てる人……。


貴恵はそのセリフに晃の方を向く。

晃はしっかりと貴恵を見つめ、自分の言葉を理解して欲しいと訴えた。





「イテッ……」

「どうしました?」


下のゴミ置き場に残っている袋を出しながら、

さらに時計を探していた大和と比菜だったが、何気なく捨ててあったカッターの刃で、

大和は左の人差し指を負傷した。

指ににじむ血を軽く払うようにして、また作業を続けようとする。


「大丈夫だって」

「切ったんですね。ちょっと待っていてください。私、絆創膏持っているはずなんです」


比菜が自らのウエストポーチを開け、絆創膏を取り出そうとした時、

大和は袋の底にあった固いものに気付く。


「……あ、これじゃないのか?」

「エ……」


大和が袋から取り出したのは、少し年代ものの時計だった。

比菜が言ったように文字盤の周りは確かに金色で、明らかに男ものだ。


「あ、そうです、それです」


絆創膏を取り出すことも忘れ、比菜はほっとした表情で時計を受け取った。

両手でしっかりと握りしめ、耐えていたのか、目には涙が浮かび出す。


「誰かが踏んだのかも知れないな。文字盤が壊れてる」

「違います。最初からなんです」

「最初から?」

「あの時から……あの時から、これは止まったままなんです」



1995年、1月17日、午前5時46分。

それはあの地震が起きた、その時刻だった。






29 時の秘密


いつもありがとうございます。
続きがきになるぞ! の方は、よろしければポチしてください。

コメント

非公開コメント

GOOD?NOTt?タイミング

  こんにちは!!

 御曹司、『会社の財産は人だ』に「そうだよ!」と思う私

最近のなんでも“斬り捨て御免”みたいな
やり方には納得できない

いい育ち方したんだろうねって思いました
でも切るものはスパッと切る、デキル人なんでしょうね

しか~し貴恵さん!益々危険が・・アブナイ!

 大和、比菜の時計を諦めず、ケガしてまで探してあげていい人
比菜の大和への印象も変わる?

だけど貴恵さんとはどうなる?
貴恵さんも全部を見せてないって何?

またまた、なぜなにワールドです!

     では、また・・・e-463

哀しい記憶

哀しい記憶の物だけど、忘れてはいけない記憶。

良かった見つかって!一生懸命探した甲斐があった。
もしかしてこれ二人のきっかけ?

貴恵は御曹司と・・・何だか偉そうに言ってるけど本心?
だとしたらなかなかの跡継ぎかも。

いろいろなことが動きそうな予感。

あらら・・・

う~~~ん、だんだんだんだん、すれ違いの雰囲気が。

タイミングのすれ違いって、気分にも関ってくるよね。
さささ・・・御曹司と貴恵さんは。
電話の繋がらない大和は

それぞれの存在感が今回ぐぐっと出てきましたね。
側にいる女性はこのタイミングのずれにどう接近して行くのか???

結構このすれ違いは面白くなりそう。^^

受話器の向こうは心も見えない

どうなる?!貴恵ちゃん
これを機会に大和と正面から向き合う?!
それとも、御曹司にクラッと来ちゃう?!

大和もどうする?!
目の前の比菜ちゃんと一つつながりができたね。。

ますます目が離せません!

貴恵の迷い

mamanさん、こんばんは!

>御曹司、『会社の財産は人だ』に
 「そうだよ!」と思う私

 しか~し貴恵さん!益々危険が・・アブナイ!

この表現、好きだわ(笑)
大和の知らないところで、貴恵に近づく御曹司

>貴恵さんも全部を見せてないって何?

貴恵も、大和の心を知ろうとしてはいるけれど、
自分の不安感などを、ちゃんと見せては
いないんですよね。

なぜなにワールドになってます?
少しずつ、色々と見えてくるので、頑張って!

時計のきっかけ

yonyonさん、こんばんは!

>哀しい記憶の物だけど、忘れてはいけない記憶。

はい、時の流れとともに、変わっていくこともありますが、忘れてはいけないことですよね。

さて、これが大和と比菜に、
何かきっかけを生むのか……
それとも……

>いろいろなことが動きそうな予感。

はい、動いていきますよ。
のんびりだけど……

タイミング

tyatyaさん、こんばんは!

>タイミングのすれ違いって、気分にも関ってくるよね。
 さささ・・・御曹司と貴恵さんは。
 電話の繋がらない大和は

タイミングって絶対にあると思うんですよ。
もし、1本違う道を歩いていたら、
その人の運命って、変わる気もするし……

さて、このズレズレは、
大和、貴恵、比菜にどんな結果を
もたらすのか……

面白くなりそうと感じてもらえたら、嬉しいな。

きっかけ

れいもんさん、こんばんは!

>大和もどうする?!
 目の前の比菜ちゃんと一つつながりができたね。。

えっと、大和びいきのれいもんさんは、
どう感じているのかな……

この御曹司の登場が、大和と貴恵の関係に
どんな影響を及ぼすのか……は、
もう少し見続けてくださいね。

比菜との関係も、変化を見せるのかどうか
まだまだ、話はこれからなんです。

本当の相手

yokanさん、こんばんは!

>何だか、それぞれの本当の相手と巡り会っているような・・・そんな気がするわ。

うふふ……yokanさんは、そんな気がするんですね。
さて、大和にとってのお相手は、貴恵なのか、比菜なのか。

お互いが前を向いて進める関係、って、大事ですよね。
創作に関係なく、自分はどうだろうかとふと考えてしまいました(笑)