29 時の秘密

29 時の秘密


大和と比菜は、上に残してあったゴミ袋を運ぶため、エレベーターで事務所前に戻った。

大和が窓から見える電光掲示板の時計を確かめると、

すでに時刻は10時を通り越している。


「先に帰れよ、もう遅いし……」

「エ……、高杉さん、それ本気で言ってます?」

「ん?」


比菜は、時計が見つかったからなのか、少し前までのおろおろした態度ではなく、

いつもの強気な顔がのぞく。


「こうなったのは私の責任です。遅いから先に帰りますなんて言えるはずないし、
それに『フリーワーク号』で来たんですよね。一緒に帰ってもらった方が、
お金も助かります。まぁ、今の言い方からすると、高杉さんは私がいると、
嫌だということかもしれないですけど」


比菜はそう言い切ると、楽しそうに笑顔を見せ、大和の方を向いた。

『フリーワーク号』で来たことをすっかり忘れていた大和の一言に、

しっかりと言い返し、どうだとばかりの態度を示す。

大和は下にあったゴミ袋を2つ手に取ると、横で笑っている比菜に放り投げた。


「キャー……」

「次はないからな。同じ失敗を繰り返すようなやつはフォローしない」

「はい……」


比菜は文字盤の壊れた時計に大事そうに触れ、ポーチの中に隠すようにしまう。

ファスナーを引っ張る音が、静かに響く。


「あの震災は康哉と同じように、私の大切なものも、たくさん奪っていきました」

「康哉? あいつもあの時神戸にいたの?」

「はい。小学生の頃だって……、聞いたことないですか?」

「いや……。邦宏は結構親しかったけど、俺はそんな話を聞くほど、親しくなかったから」


エレベーターの扉が開き、比菜がボタンを押したままで、

大和はゴミ袋をどんどん詰め込んでいく。

比菜は作業を続けながら、あの地震が起きたのは、

自分が小学校4年の時だったと話し始めた。


「友達も親を亡くしたり、お世話になった先生が怪我をしたり、町は大変でした。
別れるつもりもなかった仲間たちと、急に別れることになったり……」


大和は直接震災を知っているわけではなかったが、比菜の言葉は理解できた。

テレビで報道されていた状況から見ても、現地で被害にあった人たちの大変さは、

幼いながらに想像出来たからだ。


「あ、高杉さん、そう言えば指大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、うん」


町の時計が10時を半分くらい回った頃、その日の作業はなんとか終了した。

大和はビルの警備員に事情を話し、地下の駐車場への鍵を開けてもらう。

車に乗りエンジンをかけて外の道路へ出て行くと、

コンビニの袋をぶら下げた比菜が立っていた。


「駐車料金、たくさん取られましたよね、私、払います」

「いや、何度かここへも仕事に来たりしているから、最初の料金でいいって言ってくれた」

「本当ですか? じゃぁよかった……」


比菜はほっとしたのか、前のめりになっていた体を、やっと座席に落ち着かせた。

曜日のせいなのか、道路は思ったよりも混雑していて、なかなか進まない。

大和は助手席に放り投げた上着からガムを取り出し、口に入れる。


「眠たくなりましたか?」

「……多少はね」

「じゃぁ、私、歌でも歌いましょうか」

「いいよ……」


大和は、そう言いながらバックミラーを見たが、時折、街の光に姿を見せる

比菜の表情を見ていると、ふと邦宏の言葉が横切った。

康哉に裏切られながらも、東京を離れずとどまっている意味が、

康哉以外にあるのではないかという疑問だ。


「だったらどうして東京に残っているのか、それを話せよ。
まだ、康哉が戻ってくると信じているっていうのは、ちょっと説得力ないだろう」


聞かれたくなかったところなのだろう。ミラーに映る比菜は、明らかに嫌な顔をした。

大和は、比菜の思い通りの反応を確認し、ウインカーを出す。


「冗談だよ。嫌なんだろ、靖史や邦宏が聞いても答えないし、
俺にもほっといてくれってそう言ったんだから。歌も話も必要ない。
黙っていてください」


はじめからそんなことを、聞きたいわけではなかった。

正直、静かにしてくれていたほうが運転がしやすかった。

大和は、こう言えば比菜は黙ると思い、わざと振ってみた。

比菜と大和が黙ったまま、エンジン音だけさせた車は、少しずつ速度を上げていく。


「高杉さんの妹さんは、高校生なんですね。この間、事務所で会いました」

「あ……うん」


邦宏と比菜がいるところに、美帆が行った話は、みなみの部屋ですでに聞いていた。

たいしたことを話していないと笑っていたが、大和は何かあったのだろうかと、

ミラー越しに比菜の表情を確認する。


「妹さんをとってもかわいがっているんだって、坂本さんが言ってました。
美帆さん……でしたっけ? お兄ちゃんが大好きだって、
表情にも言葉にもあふれていて……」


大和は特に聞きたかったわけではなかったが、助手席との間に入れてあるCDケースを

左手で取った。自分の方へ話が流れてくるとは、思っても見なかったからだ。

ここで比菜とあれこれ語るくらいなら、音楽でも流していた方がましだと考える。


「……私にも3つ年下の妹がいます。大好きで、かわいくて……、
だから、岡山を出て来ました」


ミラー越しに見た比菜の表情は、今までにないくらい沈んだものだった。

大和は引き込まれないように前を向き、ハンドルを強く握る。


「私がいることで、妹はいろいろと我慢してきたので。なので……」

「我慢?」


大和の言葉が自然に飛び出した。今まで人のことなど、あまり興味を示すことはなかった。

人は知れば必ず相手のことも知ろうとする。

自分の過去をさらけ出すのは、好きなことではなかった。

聞かなければ聞かれることもない。

それでも、予想外の展開に、つい心から言葉が飛び出した。


「はい。実は私、右の肩から胸にかけて、大きなやけどがあるんです。
それは、あの震災で作ったものなんですけど……。病院に運ばれてしまったから、
祖父が亡くなったことも知りませんでした。祖母が私に事実を教えてくれて、
この時計を受け取った時、初めて起きた出来事の大きさを知りました。
それから町は少しずつ復興していきましたが、私の傷はなかなか治らなくて……」


比菜の言葉に、大和はCDケースから左手を外し、ハンドルへ向けた。

目の前の信号が黄色から赤に変わり、アクセルから外した足を、ブレーキに乗せる。


「結局、震災の後、母の実家があった岡山へ家族で移り住みました。
女の子だからと、母は水泳の授業もやけどの跡が見えないように、
水着の下にシャツを着せてくれと先生と交渉したり……。
でも、特別なことをすると、逆に注目を浴びるんです。
私は、その傷も私だからいいんだって、そう言ったんですけど」


大和は思わぬ方向で広がりだした話に、戸惑った。

比菜の隠そうとしていた秘密を、知りたかったわけではなかったからだ。

どこかで止めてやらないとと思いながらも、そのきっかけがつかめない。


「祖母は、あの時私に傷を負わせてしまったと、ずっと母に謝り続けて。
私のやけどから、家族のバランスが崩れてしまったんです」


大和はあの震災が比菜から奪ったものは、祖父だけではなかったのかと思いながらも、

これ以上話を聞くと、感情を挟みそうで嫌になる。


「もういいよ。言いたくない話を聞きだすようなことをして悪かった。
他の話でいいから……」

「途中で止めるって、どういう意味だかわかってますか? きっと高杉さん、
私のことをかわいそうな人だなって、今、思ったでしょ。
そんなふうに感じてほしくないですし、誤解されるのはいやなんです。
問いかけたんですから、最後まで聞いてください」


目の前の信号が青になり、大和はブレーキからアクセルへ足を戻す。

自分で問いかけてしまったことを後悔しつつ、比菜の言葉に確かな意味を感じ、

大和は黙ってハンドルを握り直した。






30 家族の灯


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コメント

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頭上に・・?・・林立!

  こんにちは!!

 結構、ヘビーなお話ですね。比菜の過去・・・
細かいことは違うけど、大和と比菜の家庭での立場(状況?)は似てる?

問われたからといえ、なぜ比菜は大和に話したんだろう
やさしく、よくしてくれてる邦宏や靖史にではなくて

時計を一緒に探してくれたから?
妹が可愛くて、好きというのが同じだから?
ほんとは誰かに話したかった?
人との深い関わりを避けている大和だから?

 この先比菜の話はどうなる?
二人の関係、というか大和の気持ち?感情?の変化はどうなるのでしょう

今回も???をいっぱい抱えて
               では、また・・・e-463 
 

失ったもの

比菜は大和に何かを感じた?だから話してしまった。
聞いた大和は居たたまれない?
でも此処まできたら最後まで付き合うしかないね。

帰れなくなっていたのね、一杯一杯のところで踏ん張っていたのかな?
故郷はやさしくない?

沢山のものを失ったのね。

比菜の過去

mamanさん、こんばんは!

>結構、ヘビーなお話ですね。比菜の過去・・・

今年、あれから15年なんですよね。
時は移っていくものですが、流しきれないところもあるんじゃないかと……。
創作の中で、初めて現実に起きた出来事を取り入れたものになりました。

>問われたからといえ、なぜ比菜は大和に話したんだろう

……と、ここで語ってしまいたいところですが、
この後、邦宏と比菜が語るシーンに、この意味らしき部分が出てきます。
そこまで待ってくれると、嬉しいな。

>今回も???をいっぱい抱えて

抱えたまま、倒れないでね(笑)

比菜の告白

yokanさん、こんばんは!

>比菜ちゃんがすべてを大和君に話そうと思ったのは
 何故なのか?比菜ちゃんが抱いていた大和君の
 イメージは完全に変わったみたいですね

比菜がなぜ、大和に話したのか。
ここはこの後、邦宏と比菜が語るシーンに、答えが出てくることになるので、
あえて、ここでは書かないようにしますね。

比菜の大和へのイメージ、そのままいい方向へ向くかどうなのか……は、次なる出来事で。

比菜の想い

yonyonさん、こんばんは!

>比菜は大和に何かを感じた?だから話してしまった。
 聞いた大和は居たたまれない?

比菜が大和に何かを感じる……としたら、どんなものだったのか。それは後ほどわかると思います。
聞くつもりはなかったけど、聞くことになった大和。
何かが変わるのでしょうか。

創作で、初めて現実の出来事を取り入れました。それにはちょっといきさつがあるんですけど。
それはまた……

私は大和

みなさんのコメントを読んで、ちょっとビックリ!

比菜ちゃんがなんで大和に話したのかなんて考えもしなかったわ@@

私は読みながら、大和のいたたまれない気持ちがすご~くよくわかって
大和になってました(笑)

前回、ももんたさんに聞かれたことですが、
私、このお話の場合、貴恵ちゃん、比菜ちゃんのどちらにも思い入れがなく。。
ただただ大和が気になって気になって仕方がないのです。

それは、きっと私が大和だから(笑)
実は、ホテリアーに関しても
ジニョンさんになりたいと思ったことはなく、
ドンヒョクになりたいと思ったことはいくたびも。。なのです。

れいもんさんは大和……

れいもんさん、こんばんは!

>私、このお話の場合、貴恵ちゃん、比菜ちゃんのどちらにも思い入れがなく。。
ただただ大和が気になって気になって仕方がないのです。

あはは……れいもんさん、大和になれるっていうのは、おもしろいかも。
私は書く方なので、大和にも邦宏にもなりきってますが。
れいもんさんも創作書いてません? もしかしたら……。

誰になってくれても構いません。このお話は、本当に誰が強い主人公という流れではなく、
色々な人がいるので、そこで自分と共感できる人を、探してもらえたら嬉しいです。