30 家族の灯

30 家族の灯


大和は思いがけない展開から、比菜の秘密を知ることになった。

今までは、ただ、好きになった男を追いかけてきただけだと思っていたが、

実際にはもっと大きな傷を持ち、岡山を出てきた女性だった。


大和は、以前、比菜が本来の仕事とは別に、洗車をサービスしてしまった三枝さんが、

若いのに苦労している子だと言ったことを思い出す。


「妹の佐波が好きになった先輩は、私の同級生で、ずっと思っていたのに、
うまくいかなかったみたいなんです。きっと、幼い頃からのいろいろなことが、
心に溜め込まれていて、ある日、お姉ちゃんのために、私はいろいろと我慢してきたって、
爆発してしまって」


母親が見せる、過剰なまでの比菜へのフォローに、妹はすっかりやきもちを焼いた。

幼い頃から、スイミング教室へ行きたいと言えば、

お姉ちゃんは行けないのだからと我慢させられ、バレエを習いたいと言えば、

肌を見せる習い事はダメだと言い聞かされた。

そんな会話が母と妹の間で交わされていたことは比菜の知らなかったことで、

姑でありながら、小さく暮らす祖母と、崩れてしまったバランスの中で、

比菜は自分の身をどこに置いたらいいのかが、わからなかった。


「地元の同窓会で先輩だった康哉に会って、もやもやした気持ちを酔った勢いで話した時、
同じ傷を負っていることを初めて教えてくれたんです。同じような年齢に神戸にいて、
家族のバランスが崩れたんだって……」


見慣れた道に車が入り始め、あと10分ほどで到着するのがわかった。

大和は、この辺で話を止めたい気もするし、最後まで聞いてみたいという気持ちも、

どこかにあった。アクセルの踏み込みが、ほんの少しだけ軽くなる。


「康哉も……被災者なのか」

「お兄さんが亡くなったって、私にはそう言いましたけど、でも……」


今まで順調に語っていた比菜の唇が、そこで急に閉じられた。

大和は、自分のことではない康哉の話に、躊躇する気持ちがあるのだろうかと、

ミラー越しに表情を確認する。


「ウソをつかれているし、逃げられちゃったし……もしかしたら、聞いていた話は、
全てウソなのかもしれないですね、高杉さんが言うとおり、裏切られたのかな。
私が震災の話をされて、気持ちを寄せていくのがおもしろかっただけなのかも……」


大和は、人は簡単に人を裏切るものだと、比菜に言い切ったことを思い出す。

辛い経験をした比菜が、同じような思いを抱えたと話した康哉に

気持ちを寄せていったことは理解できた。信恵の息子の大が、どこか不憫に感じ、

気にしている自分と同じところがあるはずだった。


「悪かったな、言いたくないことを話させて」

「いえ……。これで高杉さんに出て行け、出て行けって言われないかと思うと、
すっきりしているかも……」


話の最後は比菜らしく、少し強気に笑って見せた。

大和はその笑顔に安心し、事務所への最後の角を曲がる。





大和は仕事で使った道具を全てしまうと、書類を書くことなくすぐに靴を履いた。

この部屋は8時以降、比菜のプライベートルームになっているからだ。


「高杉さん、これ」

「ん?」


比菜が渡してきたのは、コンビニの袋だった。中にはおにぎりやお茶が入っている。


「私のせいで夕食も食べ損ねたでしょう。これ……」

「いいよ、そんなこと」


大和は家にさえ戻れば、用意されている食事があった。

たとえなくても、母親である礼子に事情を話せば、何か簡単に用意し、

食卓に温かい湯気がたつはずだ。


「でも……」


妹や家族から逃げてきた比菜は、ここでこれから一人の食事をすることになる。

別に家族といることを、喜ばしいと思ってきたわけではないが、

今日だけは、どこか申し訳ない気持ちになる。


「じゃ……もらうわ」


大和は比菜から袋を受け取ると、そのまま玄関を閉めた。

振り返った事務所には明かりがついていて、大和は右手で携帯を開ける。

何回かの呼び出し音の後、聞きなれた声がした。


「もしもし……貴恵? 今日はごめん。うん……ちょっとトラブルがあってさ」


大和は左手にコンビニの袋を持ち、そのまま駅まで歩き出した。





次の日、バイトに向かった比菜のいない部屋で、大和は昨日の出来事を邦宏に語った。

比菜があの震災に遭い、家族といろいろあったこともあわせて語る。


「そうだったんだ。妙に気を使う家族から、逃げたくなったってことか」

「みたいだな。なぁ、康哉が震災で兄貴を亡くしたって話、邦宏聞いたことあるか?」

「いや……。兄貴がいたことすら、聞いたことないけどな」


邦宏は比菜の仕事表を見ながら、30万円を肩代わりすると言った日のことを考えた。

あれから比菜に伝わる康哉の話は、悪い方向のものばかりだ。


「なんだか辛いな。もし、心の傷から康哉が彼女に近づいて、
そんな話をでっちあげたのなら、人として許せないことだ」


邦宏は椅子に座ったまま腕を組み、ファイルが並ぶ書類の棚の方へ目を向ける。


「……でっちあげたって言っていいのか」

「康哉は他にも、長瀬さんににウソをついていることがあったからさ」

「他にも?」

「あぁ……。あいつ、『フリーワーク』は、自分が出資して始めたようなことを、
言っていたらしい」


大和の視線の先に、部屋の隅に置かれたままの、比菜が持ってきたバッグが入る。

ここで生活してすでに1ヶ月半が経つのに、彼女の荷物はあのバッグひとつしかない。

大和が、そこから視線をはずし、両手でPCのふたを開けたとき、

邦宏の携帯が勢いよく鳴りだした。






30 家族の灯


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コメント

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混沌としてきた?


  こんにちは!!

 比菜の話で大和は比菜はお互いの印象が変わったかな

 その話の中の康哉のこと、被災者だ、お兄さんを亡くした
これも嘘なのかな?今までの成り行きを考えるとそう思っちゃうけど
そうであって欲しくないと願う気持ちもある

そうだったら比菜もフリーワークのみんなも
最初から裏切られてたってことで、辛くて悲しいしすぎる

 邦弘にかかってきた電話は渦中の人物?
そんなに都合よくいかないか・・・誰だろう?

続きをまた読みたくなるように引っ張るとは
「ももんた殿も悪よのう、ふぉっふぉふぉ・・」


     では、また・・・e-463

ついてはいけない嘘

もし康哉が嘘をついて比菜の同情をかったとしたら、
絶対に許せない。
それは大和も邦宏も同じだと思う。

バッグ一つしかない生活。何とか部屋を借りてあげられないかしら?女の子だもの・・・

貴恵はボンボンとの事話すかな?話さないだろうな~

かかってきた電話、思い当たる人物が多すぎて・・・

私は読者専門です(笑)

こうやってかかわるうちに、
少しずつお互いのことを知って理解していくんですね。

大和くん、ちゃんと貴恵ちゃんに電話して謝りましたね。
電話止まりだったのかな。。
こちらも気になる。。

またいいところで話し切られちゃって
この電話も大いに気になる。。

康哉はどこで何してる。。
ああ、気になることばっかだ~

で、ももんたさん、私には創作はできませんT_T
書いたことはもちろんありません。
楽しませてもらうものだと決めております。。
だって、事実しか書けない子なんです~

先へ、先へ!

mamanさん、こんばんは

>比菜の話で大和は比菜はお互いの印象が変わったかな

そうですよね。互いに見えていたもので、判断しているでしょうから。
しかし、大和の複雑さは、これでは終わらないのでございます(笑)

>邦弘にかかってきた電話は渦中の人物?
 そんなに都合よくいかないか・・・誰だろう?

それは次回へ続きます(って、当たり前か)
続きを読みたくなるように引っ張ってますか?
それは嬉しいな。

居候、比菜ちゃん

yonyonさん、こんばんは!

>バッグ一つしかない生活。
 何とか部屋を借りてあげられないかしら?女の子だもの・・・

ねぇ……。
そこら辺は、もう少しお待ちを!
1話が短いもんで、1日のことでも4、5話になっているんですよね。

貴恵ちゃんのこと、もちろん比菜のこと、
大和や邦宏や、そして靖史達も……
まだまだ、これから動き出しますよ。

新入りです

yokanさん、こんばんは

>大和君と比菜ちゃん、少し近付いたのかな、

あはは……。みなさん気にしてくれているところは同じなんですね。
比菜と大和は、近寄ったり、離れたり……です。

>今日「ももんた家の金魚さん」に気が付きました^^;金魚が泳いでる~とビックリしちゃったわ(笑)

お! そうなんです。昨日から泳いでいます。
ブログパーツなので、yokanさんちでも、泳がせることが出来ると思うんですけど……。飼ってみます?

話の切り場

れいもんさん、こんばんは

>こうやってかかわるうちに、
 少しずつお互いのことを知って理解していくんですね。

ねぇ……。しかし、比菜と大和は、このまま
わかりあうというわけにはいかないのです。
それはまた、この少し先に出てきますが。

>またいいところで話し切られちゃって
この電話も大いに気になる。。

ありがとうございます。
気にしてもらえること、そこが『続く』の全てだと
思うので、どこで話を切るかには、これからもこだわります。

>で、ももんたさん、私には創作はできませんT_T

そうなんですか……。
でも、私も自分で書くことになるとは、最初は思っていなかったので。変わるかもしれないですよ。

でも、楽しんでくれる人がいてこその創作なので、読者専門も、もちろん大歓迎です。

ももんたさんの書くスピードに追いつけず今頃です。

大和と比菜のちょっといい関係が見えてきた。^^

震災で家族のバランスが崩れて、自分のせいで中のよかった家族が遠慮するのって比菜ちゃんにはたえられなかったんだね。

大和は比菜の思いもかけない過去を知るようになったけど、

比菜のつらい思いをしったら、大和も態度が変わってしまうのかな。
貴恵ちゃんにもちょっと間を置くようになってるみたいだけど、これからどうなるか?^^

でもまだ見ない康哉ってどういう人なんだろう。
比菜ちゃんも皆もだましてばっかりの人だったら許せない!

気になる二人

tyatyaさん、こんばんは!
もう! 亀だなんて気にしなくていいんです。
内容は短いけど、回数は多い創作なので、
いつ読んでくれても、全然、全く、問題なしです。

>大和と比菜のちょっといい関係が見えてきた。^^

あはは……。しかし、この二人、そう一気に前へは
進まないようです。

>でもまだ見ない康哉ってどういう人なんだろう。
 比菜ちゃんも皆もだましてばっかりの人だったら許せない!

康哉君、今のところ最低な人間だよね。
このまま消えてしまうのか、登場してくるのか、
今はまだ、言えないのです。