32 土の匂い、恋の風

32 土の匂い、恋の風


その頃、和子の心配など、全く気付いていない靖史は、ある小さな店の前で、

1枚の皿に心を奪われていた。今にも土の匂いがしそうなその皿は、

赤身の刺身を乗せると、色が映えそうな気がする。

出前に出ると靖史は必ずこの陶芸店に足を運び、並べられた作品を見て、

幸せそうな顔になる。



「あの、バイクをそこに止めておくと、通行する方に文句を言われるんですけど」

「あ……すみません」


手に、はたきを持ったまま靖史に声をかけたのは、この店の娘、山倉亜紀だ。

靖史はバイクに置いてあったヘルメットをかぶり、エンジンをかけようとする。


「やだ、冗談ですよ、吉田さん」


亜紀はそう言うと、慌てた靖史の方を向きながら、楽しそうに微笑み返した。

靖史はヘルメットをかぶったまま、照れくさそうな顔をする。


「あの……先生は」

「父は窯の方へ。しばらく戻ってこないと思います」

「そうですか」


靖史がこの店を見つけたのは、1年前のことだった。

知り合いの方から、お付き合いをと紹介された女性が住んでいた場所に近く、

何度か前を通り過ぎた。ガラス越しに見えた大皿の素晴らしさに足を止め、

勇気を出し、初めて中へ入ったのは、今から半年ほど前のことで、

その時店にいたのは、職人である亜紀の父、武雄だった。


豆絞りのてぬぐいを頭に巻き、頑固そうなイメージだった武雄は、

意外にもとても気さくで、純粋に陶芸に興味を持った靖史に、

色々とおもしろさを語る。

そんな話を聞く時、靖史は自分が何をしていたのか忘れてしまうほど集中した。


「すみません……あの」

「申し訳ないですが、父は留守ですのでお帰り下さい」


スーツに身を包んだ男性が、亜紀の方へペコペコ頭を下げながら近づいた。

靖史は少し店の入り口から離れた場所で、皿を見ながらその会話を聞く。


「提案の件について、あれから何かおっしゃってますか?」

「いえ……、お帰り下さい」


亜紀の毅然とした態度に、男は外に展示された皿の上に名刺を残すと、

道路を渡り姿を消した。靖史がその名刺に目を向けると、

そこには『新藤不動産』と書いてある。


「この場所を売ってくれないかって、ここ何ヶ月か言ってくるんです。
ものすごく、繁盛していないように見えるんでしょうね。
まぁ、もちろんそうなんですけど。それにちょうど角地だし、
ここが手に入ると計画しやすいそうなんです」


不動産屋がちょっとした情報から、土地の交渉に来ることは、

以前、『とんかつ吉田』でもあった。今の店をつぶしビルにして、

上をワンルームマンションにしないかと夢のような話を語られた。

母の和子はそれもいいのではないかと、少し舞い上がったが、

人様が上で眠っていると、押しつぶされそうだと言ったのは父、清太郎だ。


「マンションでも建てたいってことですか?」

「そうみたいです」

「でも、陶芸教室、生徒さん来てますよね、僕、時々のぞくと結構人がいるって……」

「吉田さん……陶芸教室も見ているんですか?」

「あ……あぁ……はい」


靖史が申し訳なさそうに下を向いたのを見て、亜紀ははたきを手に持ったまま、

我慢しきれずに笑い出す。


「父の言っていた通りです。吉田さん、本当に焼物がお好きなんですね」

「好きです……」


靖史は、楽しそうに微笑む亜紀の顔を見ながら、すぐにそう答えた。

靖史の心の中にあった、芯の抜けた場所に、小さな光をともしてくれたのは、

きらびやかな塗り物ではなく、手の温度を感じられるような焼物だった。

店主、武雄のいない小さな店の前で、亜紀と靖史の会話は、それから数十分続けられた。





街を歩く人の流れが、変わり始めた頃、貴恵は待ち合わせの場所で携帯を開けた。

昼間、連絡をくれた大和は、先日の埋め合わせだと言い、待ち合わせ場所を決めたものの、

予定より少し遅れているようで、また、NGの連絡が入るのではないかと、落ち着かない。


「貴恵……」

「あ……」


確かに見えた姿に胸をなで下ろし、貴恵は携帯をバッグにしまう。


「ごめん、また遅れた……」

「ううん、大丈夫」


大和の右手が貴恵の左手に触れ、確かにつながれた。

自分を引っ張る大和の手が嬉しくて、貴恵は少し体を寄せながら並ぶように歩く。

同じように手をつなぐカップルと、すれ違った時、相手の女性と軽く目があった。


「この間、誰かと食事にでも行った?」

「エ……、どうして?」


大和の突然の質問に、貴恵の聞き返した声は、少しうわずったものになった。

成り行きとは言え、晃と二人だけで食事に行くことになったからだ。


「仕事の途中で何度か携帯鳴らした時、出なかったし」

「うん、会社の人達と……ごめんなさい。大和もトラブルがあったって言ってたから、
だったらって……、そっちこそ何があったの?」

「ん?」


貴恵はどこか自分のことを聞かれるのが嫌で、

最初にキャンセルをしてきた原因を、聞き出そうとした。

説明しようとした大和の脳裏に、車の後部座席で神妙に自分の過去を語った

比菜の顔が浮かび、少し開きかけた唇は、声を出すことなく閉じられる。


「こっちはよくあるトラブルで、たいしたことないよ……」

「そう……」


少し遅れた返事に、貴恵は違和感を感じながらも、

それ以上問い詰めることが出来なかった。この空気から逃れる場所を探そうと、

視線を動かすと、旅行会社のパンフレットが並んでいる棚を見つける。


「ねぇ、大和……」


貴恵が大和の方を振り向いたその時、大和は貴恵とつないでいた右手を離した。

覆っていたぬくもりが一瞬で消え、指に街の風が触れる。


「もしもし……」


大和は、ポケットの中で揺れていた携帯を手に取ると受話器を開け、

その時の視線は、貴恵から外れた街の中にあった。






33 仲間になる時


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コメント

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が~んT_T

何だか変なところ押しちゃって
書いたことが消えちゃいましたT_T

でも、気を取り直して書こうっと。。

<タイトル>
今日の私は貴恵ちゃんです

<コメント>
時計のついたタイトルがずいぶんと増えましたね~
この空の下でそれぞれの人生が繰り広げられてるんだわ~と妙に感心してしまいました。

靖史と亜紀ちゃん、いい感じですね~♪

大和と貴恵ちゃん
この二人のつながりはどうなるのかなあ~
つながれた手のぬくもりも束の間
最後の6行、ももんたさん、上手いです
上手いですけど、ちょっと淋しい。。
今日は、貴恵ちゃん気分になりきりれいもんです。

よかった。。今度は成功です(笑)

見せたくない心


   こんにちは!!

 靖史って焼き物が好きだったんだ
焼き物やりたいって
お父さんが頑張って大事にしているとんかつ屋のことを考えると
やさしいから言いだせないんでしょうね

お嬢さんともいい感じでしたが、不動産屋がこのお店に暗雲をもたらす?

 大和だけじゃなく貴恵さんも心を開いてなかったのかぁ
自分のことを探られるのが嫌なのにはわけがあるんだろうけど
それじゃぁ、相手も心開かないような気がするんですけど・・・

手から消えた温もりは、この先の二人の関係を暗示?

 どうなってくのかなぁ・・・


    では、また・・・e-463

隙間風

靖史は焼き物に興味があったんだ。でもとんかつ屋の2代目(?)
言い出せないでいるのね。亜紀さんと良い雰囲気で、期待しちゃうぞ。
不動産屋も絡んでこれから一騒動かな?

大和と貴恵。お互い言えない秘密を抱えてしまった。
考えるより先に口に出してしまえば済んだのに。

二人の間に吹いた隙間風・・・ひゅ~~~さむ!

見せられる人

れいもんさん、こんばんは!

時計のついたタイトル、確かに増えました。
内容は短いので、タイトルだらけです(笑)
もう少ししたら、まとめちゃいますね。
(入りきれなくなりそうなので)

>大和と貴恵ちゃん
この二人のつながりはどうなるのかなあ~

心を見せるというのは、出来る人と出来ない人がいる気がします。
見せられない人はじゃぁ、どうすればいいのか……。
この二人はどうなるのか、もう少し待っててね。

靖史の心、大和の心

mamanさん、こんばんは!

>靖史って焼き物が好きだったんだ

はい! 少しかけてしまったお皿をじっと見ていた靖史には、こんな想いが隠されていたのです。

>大和だけじゃなく貴恵さんも心を開いてなかったのかぁ

心を素直に見せられる人と、見せられない人がいると思うんですよ。
見せられない人は、ではどうするのか……。
それがこの二人の行方を、左右するのではと思っています。

>手から消えた温もりは、この先の二人の関係を暗示?

さて……どうなのでしょうか。

親とのズレ

yonyonさん、こんばんは!

>靖史は焼き物に興味があったんだ。でもとんかつ屋の2代目(?)

はい、靖史は焼物に興味を持っていたんです。
でも、親は家を継ぐのが当たり前だと思っているし、靖史もそれを断ち切ることが出来ていない。

大和と貴恵も、実は互いの心の奥を、探り切れていない。
見せられない人って、いると思うんですよね。だとすると……どうするか、それは続きで。

芯にともる光

yokanさん、こんばんは!

>「芯の抜けた場所に小さな光」か~・・・靖史くんはやりたいことが見つかったようですね^^
 そして、亜紀さんとの関わりも気になるところだわ^m^

当たり前のように店を手伝っていた靖史にとって、初めて別のものが見えたのが、この『焼物』でした。
それに亜紀もくっついていますしね(笑)

さて、大和、靖史、邦宏……。
それぞれの想いは、どうつながるのでしょうか。