33 仲間になる時

33 仲間になる時


長瀬比菜の朝は、必ず同じ行動からスタートした。

冷蔵庫を開け、『比菜』と書いた容器の中からヨーグルトを取りだし、必ず1つ食べる。

牛乳を飲むのは苦手だが、その他の乳製品は、むしろ得意な方だった。

大和が使う椅子ではなく、邦宏が使う椅子に必ず座り、スイッチを入れる。

三枝さんがくれたTVは、いつのまにか事務所の一番いい場所を奪い取った。

9時になると、邦宏か大和がここへ来ることが多く、

それまでには全ての用事を済ませておく、それがここを借りた条件だった。

身支度を済ませ時計を見ると、だいたい同じペースで進んでいる。


「……あ!」


比菜は慌てて『フリーワーク』の書類へと手を伸ばした。

今日は夜、『とんかつ吉田』へバイトに向かう日で、

先日、和子から靖史の勤務状況を調べてほしいと依頼されたからだ。

個人情報を盗み見るようで気が引けたが、お世話になっている和子からの

頼みを聞かないわけにはいかず、ファイルの中から靖史のものを抜き出し、

チェックを入れた。


しかし、ここ2週間ほど、『フリーワーク』での仕事は入っていないようだった。

店が休みの時に、靖史が何をしているのかまではわからなかったため、

そのままファイルを戻そうとすると、邦宏や大和、そして靖史のファイルが並ぶ中に、

『沖田康哉』と書かれたファイルを見つける。

比菜がそのまま康哉のファイルを開くと、比菜が東京へ出てくる前日まで、

仕事が入っていたデータが残っていて、見慣れた文字がサインとして残っていた。

康哉が本当にここで過ごしていたことが、あらためてわかる。


同じ想いを共有し、気持ちを寄せ合ったはずだったが、自分が見ていた康哉の姿は、

ほんの一部分であり、しかもそれは彼にとってどうでもいいようなものだったのかと、

比菜がファイルを手に持ったまま立っていると、ポケットに入れてあった携帯が鳴った。





郵便局へ寄った大和が、時間より少し遅れて事務所へ到着すると、

いつもいる邦宏の他に、いないと思っていた比菜が残っていた。

しかも思いがけない客人が、ニコニコと笑っている。


「ア……アッ! ア」

「ほら、大ちゃん。テーブルにぶつからないでね」


信恵の息子、大が楽しそうに比菜と遊んでいて、

机の上にはガラガラやぬいぐるみなど、所狭しと置かれている。


「なんだよ、これ」

「あ、おはようございます。今日はかわいいお客様がいるんです」


比菜は床で這っていた大を抱きかかえ、大和の方にペコリと挨拶させた。

大和はその鼻の頭を軽くペチンと叩き奥へ進む。

定位置に座っていた邦宏は、大和に気づくと、挨拶代わりに軽く手をあげた。


「なんだここは。いつから託児所になったんだよ」

「いや、今朝早く長瀬さんから電話をもらってさ。
その長瀬さんにも、アリスが朝早く連絡を寄こしたらしいんだけど」

「信恵さん?」

「今日、急遽人に会わないとならないから、大ちゃんを預かってくれないかって
相談されて。私、夕方から靖史さんのところでバイトですって言ったら、
それまでには戻ると約束されたんです。前に保育士の免許もっているんですよって、
話したことがあったので、覚えてくれていたようなんですけど。
ベビーランドは今日、頼んでいなかったみたいです」

「急遽って、あいつものんきだな」

「いや、大和。これはいけるかもしれないぞ。長瀬さん、保育士の免許あるんだろ。
未就園児を持っているお母さんたちでもさ、たまには羽を伸ばして
食事をしたいかもしれない。美容室だって行きたいかもしれない。
そんな時、ちょっと預かってくれる場所があったら……なぁ!」

「そう簡単にはいかないって」


大和はそう言いながら、PCを開く。それぞれのスケジュールを打ち込もうと

ファイルを取り出そうとしたが、靖史のファイルの異変に気づき、手を止めた。


「靖史、昨日でも来た?」

「いや……会ってないけど。あいつ近頃、忙しいとかいって仕事してないぞ」


大を抱きかかえながら、比菜は大和の表情を確認した。

元通りの場所に、ファイルを戻したはずだったが、何かし忘れたかと考える。


「長瀬さん、ファイル触った?」

「いえ、私は別に何も……」


比菜は出来るだけ冷静に否定したつもりだったが、大和の目を見ていることが出来ずに、

大を抱きかかえたまま、玄関の方へ向かう。

そんな比菜の行動に、大は逆方向を示し、下に降りたがったので、

床へおろすと嬉しそうに這い出した。


「なんだよ、何かなくなったのか?」

「いや。前に靖史がなんだか緑色の紙をここへ挟んであったんだ。
なんなのかはわからないけど、番号が書いてあって……
大事なものかもしれないと思っていたからファイルを抜くとき、気をつけてたんだけど。
それがない」


大和はファイルの間を見ながら、自分の勘違いだろうかと首をかしげた。

何枚か入っている紙の間を、1枚ずつ丁寧にめくる。

比菜が今朝の行動を思い出しながら頭を整理していると、

大和の足元に到着した大がちょこんと座り、何やら口を動かしているのが見えた。


「あ、大ちゃん」

「ん? あ! おい、お前……」


大和は大を抱き上げ、急いで口から紙を取ったが、

書かれていた数字は、よだれですっかり見えなくなっている。


「うわぁ……お前ヤギじゃないんだから」

「どうしよう。大事な番号なんでしょうか……私」


部屋の奥にいた邦宏が比菜の方を向き、比菜は申し訳ありませんという表情で、

邦宏に救いの目を向ける。


「何? 結局、長瀬さんがいじったの?」

「……はい。この紙が入っていたことには気づきませんでした。
どうしよう、靖史さん怒りますよね、きっと」

「何でファイルなんか見たんだよ」

「……っと」


比菜は責め立てそうな大和から視線を外し、また邦宏の助けを求めていく。


「もしかして、長瀬さん靖史が気になりだしたの? あれ? そうなの?」


助けを求めてきた比菜の表情に、邦宏は楽しそうに笑い出し、

それにつられるように、ファイルを手に持った大和まで笑い出す。

比菜は変な勘違いをされては困ると、個人的な目的じゃないと言い返した。


「ごめん、ごめん。わかってるよ。どうせ、和子さんに何かおかしいところはないか、
見てきて欲しいとでも言われたんでしょ」

「……どうしてわかるんですか?」


あまりにも呆気なく見透かされ、比菜は隠すことも忘れ認めることになる。

邦宏は携帯を取りだし、メールのチェックをした。


「わかるに決まってるでしょ。あの親子と何年付き合ってると思ってるの、なぁ大和」

「あぁ……和子さんは、あれだけ元気なくせに、靖史には強く言わないんだよ。
何かあるとすぐ、『フリーワーク』のデータを見て、
俺たちに理由を聞き出させようとする。まぁ、それをさせられたっていうのは、
お前が吉田家から信頼されたって証拠だな」


大和はそういうと、少し口元を緩め笑顔を見せた。

いつもどこか冷めているような大和の、柔らかい表情に、

ここで過ごしてきた日々の積み重ねを感じ、比菜はほっとする。

しかし、自分がからかわれた現実がわかり、少しずつ腹立たしくなった。


「趣味、悪いですよ、二人とも。そうやって、ねぇ、大……」


比菜の前で遊んでいた大は、横にいた大和に抱き上げられ、窓のそばへ向かう。

外を通っていく車を見せてもらい、嬉しそうに声をあげた。

足をばたつかせながら、時折、大和にしがみつく。


「どうせ俺たちに言わないでくれとかなんとか、和子さんが言ったんだろ」

「エ……あ……はい」

「和子め、靖史をしばりつけるな! って言ってやるか」


邦宏は大和の抱いている大に、目の前のガラガラを振ってみせた。

大は音のする方向へ視線を動かしたが、すぐに右手でそれをパシンと叩き、

下に落としてしまう。


「あ、コラ! 大! お前なんてことを……」


邦宏と大和が大と遊ぶ姿が妙におかしくて、比菜はからかわれたことも忘れ、

ちらばったおもちゃを片付けようと床へ腰を下ろした。


「大、お前は人を見る目がないぞ。こんな男に抱っこされて喜んでいるなんて……」

「俺じゃなくて、車を見ていたいんだろ」


比菜は、落ちていた大のおもちゃを片付けながら、

事務所に響く二人の笑い声を聞いていることが、なぜか少し楽しくなった。






34 仲間になる時


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コメント

非公開コメント

勝手に爆走(>_<)

    こんにちは!!

 比菜はもう「フリーワーク」の一員って感じですね
少しずつ分かりあえてきたからでしょうか

大ちゃん可愛い!
その大ちゃんのせいで、比菜の密命もあさっりバレちゃったけどね

 大ちゃんと言えば信恵さんの用事って何だろう
子供を連れていけないってことは、オ・ト・コ?
それとも大ちゃんのお父さん側から何か言って来た?(それはないか)
「フリーワーク」を巻き込んでなんか起るのかなぁ

 それと靖史の両親が焼き物のこと知ったら
それを靖史が知ったら、どういう反応するかしら
 やっぱり、揉めるんでしょうね

  お店の一角で休憩中、椅子に座りお茶を飲み新聞を読む父
  少し離れた場所に座り、考え込んでる靖史
  厨房で洗い物をする母
父 「店は気にするな、やりたいことがあればやればいい」(強がり)
靖史「おれは長男だから後を継ぐよ」
父 「何を恩着せがましいこと言ってやがる!」(怒って立ち上がる)
靖史「おれは、そんなつもりじゃ・・・」(語気を荒げ、父の方へ)
 掴み合いにないそうになる
オロオロしながらも2人を宥めようとする母
・・・とかなんとか、妄想が爆走です


 今朝の和やかさは、嵐の前の静けさ・・かな?


     では、また・・・e-463

大ちゃんお手柄?

比菜の保育士免許、使わない手は無い。
きっと良いほうに向く気がする。
大和も口ではああ言っても、きっと考えてくれる。

靖史は時間の問題、直ぐにばれて・・・
恋の行方の方が母としては気がかりなのでは?

maman作、シナリオ

mamanさん、こんばんは!

なかなか、鋭いご指摘のmamanさん。
どこが? の質問にはお答えできませんが。

いやぁ……すっかり『2時間ワイドドラマ』の脚本じゃないですか。

>父 「何を恩着せがましいこと言ってやがる!」
 (怒って立ち上がる)

この(  )内の設定をつけているところが好き!
こんなふうに想像、空想してもらえるのは、とっても楽しいです。

……いひひ、裏切るのも楽しいのさ(笑)

先を読む楽しさ

yonyonさん、こんばんは!

>大和も口ではああ言っても、きっと考えてくれる。

yonyonさんの頭の中でも、何かストーリーが動いているような気がします。
どんどん、先の展開を考えて見て!

さて、『フリーワーク』の面々は、どこへ向かうのか、もう少し先まで見てみてね!

大和も少し変わったよ

yokanさん、こんばんは!

>大和君が爆発しないかと心配したわ~。

あはは……。ご心配おかけしました。
大和も、少しずつ比菜を理解し始めてますからね。以前ほど、ドカン! と
怒ることはないような……どこかであるような(笑)

比菜の存在は、これからますますパワーアップするはずですよ。
なんたって、唯一の女性ですからね。