34 恋のスイッチ

34 恋のスイッチ


その日の昼少し前、邦宏の携帯に仕事の依頼が舞い込んだ。

大和は自転車に乗って、依頼人の家へ出かけていく。

小さな店なのだが、自分たちの活動を知って欲しいと、

ホームページを立ち上げる仕事を引き受けた。

信号を待って角を曲がると、どこかで見たことのあるバイクが目に留まる。


近づきそっと店を覗き込むと、そこには、店番の女性と楽しそうに話し込む

靖史の姿があった。バイクには出前を届けてきたあとなのか、何も乗っていない。


大和は和子に頼まれて比菜がファイルをいじったことを思い出し、軽く咳払いすると、

店の扉を開けた。誰よりも驚いたのは靖史で、

すぐに手に持っていたヘルメットをかぶり、店を出ようとする。


「おい、靖史待てよ!」

「いや……俺、仕事が。じゃぁ、亜紀さん」

「あ、吉田さん。もういいんですか?」


靖史は二人の間を抜け、バイクにまたがるとエンジンをかけ店をあとにした。

まさか大和が店に姿を見せるなど、考えたこともなく、

勢いで飛び出してきたわりには、逆にどうして来たのかが不安になる。

邦宏とは幼ななじみということもあって、気心は知れているが、

大和とはそこまで腹を割って話せているわけではない。

ある会社のOLと、付き合いを続けていることは知っているが、

亜紀の店が、大和には縁のない場所に思えるだけに、逆に気になった。

信号が赤から青に変わっても、靖史のバイクはエンジン音をふかすだけで、

店のほうには進むことなく、その場でしばらく立ち止まったままになる。



「焼物というと、とても高価なイメージがあるようなんです。
父はもっと身近に感じて欲しくて、ここには名前などない若い人の作品が
たくさん置いてあります。値段も見ていただけたらリーズナブルなことも、
伝わるんですが。まず、中へ入っていただくことが難しくて」


大和は亜紀の説明を聞きながら、何枚かの皿を手にとって見た。

焼物に詳しいわけではないが、デザインは古めかしいものではなく、

色使いもなかなか現代的なものだ。確かにつけられている値段も、

高価だと避けるほどのものは数点しかない。


「だからといって、大量生産するようなお皿を店頭に置いてしまうと、
手作りなのに、機械で作ったのかと思われるような気がして。
どう方向性をつけていったらいいのか、父も私も悩んでいたんです。
だから、ホームページを通じて、こういった若手の活動にも興味を持ってもらえたらと」


亜紀は焼物の紹介と、店の商品の紹介をホームページに載せたいと

注文を出してきた。大和は話から出てくるイメージを、メモに取っていく。


「あの……高杉さん」

「はい」

「吉田さんをご存知なんですか? さっき、そんな雰囲気で」

「あぁ、はい。同じ会社の仲間なんです。彼もこの『フリーワーク』の
メンバーなんで」

「エ……吉田さんは、『とんかつ吉田』の息子さんじゃないのですか?」

「店を手伝う仕事の空いた時に、うちでも活動しているんです。
あいつ、よく来るんですか?」

「はい。お皿を見ていると、気持ちが落ち着くって……」

「お皿をねぇ……」

「何か」

「いえ……」


亜紀は大和が靖史と知り合いなのだと知り、表情を崩すと、

そこからは少しだけ気楽に語り始めた。ところどころに靖史の名前が登場し、

亜紀との関わりぶりが、大和にはなんとなく伝わってくる。


飛び出した靖史は結局、気になったまま店に戻ることが出来ず、

バイクを店から離れた場所に停め、店の前に戻ると二人の様子を窓の隅から覗き込んだ。


初めは、焼物の魅力でこの店に立ち寄った。職人であり店主である武雄の考え方に

共感し話もあった。しかし、今、この店へ立ち寄る一番大きな理由は、

目の前で楽しそうに笑う亜紀にある。


店をしっかりと守りながら、父、武雄の教室で、焼物の修行も重ねていた。

窓の外から見た真剣なまなざしは、亜紀の焼物への強い思いがみてとれ、

ただ親の後を追っているだけではない、彼女の気持ちの強さに惹かれた。


しかし、大和が持ち込んだPC画面を覗き込み、嬉しそうに笑っている表情は、

靖史にはどこか手の届かないものに見える。

もっと自分に自信があったなら、自分の生き方に自信を持てるのなら、

今までのどの縁でも、積極的に出られたのかもしれない。

『とんかつ吉田』を自分が引っ張るのだという、強い気持ちのない靖史は、

自分は何もない人間に思えて仕方がなかった。

邦宏も大和も優秀な大学を出て、さらに自分たちの道を切り開いている。

そんな二人の姿は、靖史にはとても大きな存在に見えた。



『俺……高杉さんは好きじゃない……見ていると……』



以前、飲みに出かけたとき、康哉は酔った勢いで大和のことをそう言った。

その時の康哉の苦々しい表情を、靖史はふっと思い出す。

見ていると……の続きをと聞き返したが、康哉は苦笑いのまま、

細かくは語ってくれなかった。


康哉ほど、口に出して言えるような歯がゆい想いを、大和に持ったことはないが、

今、目の前で笑っている亜紀を見ていると、悔しさが込みあがってくる。


靖史は、扉に手をかけ開こうとしたものの、結局そこから入ることが出来ずに、

またヘルメットをかぶり店への道を走り始めた。





靖史が恋に気づき、ため息をつきながらバイクを走らせていた頃、

邦宏は銀行の手続きを終え、事務所へ戻る途中だった。

空を見ると少し曇りがかっていて、この後降り出すのではないかと考える。

立ち止まった場所はバス停の前で、ちょうど到着したバスから、

スーツに身を包んだ女性が、目の前に下りた。


「穂乃さん」

「……あ、坂本さん」


穂乃は右手に小さなバッグを持ち、今日は就職の面接に出かけてきたと語った。

手に持っていたパンフレットの袋を見ながら、特技と聞かれても何も答えられず、

面接官の顔が曇ったのだと言う。


「大学を出て、社会人経験のないまま結婚してしまったので、本当に何もなくて。
あらためてそう言われて、自分で情けなくなりました。
重ねた年齢は、いったい、なんのためにあったんだろうかと……」


穂乃の気持ちは落ち込み、足取りはゆっくりだった。

邦宏はその歩幅に合わせるように、一歩ずつ前へ進む。


「今は就職には難しい時代です。また、チャンスがありますよ、きっと。
穂乃さんは人の話を聞くのも上手だし、雰囲気も優しいから、
介護の世界はあっていると思います。きっと、巡り合わせです」


邦宏の言葉に、穂乃は小さく頷く。


「ありがとうございます。この間、主人にあって、自分で遥香を育てていきたいって
宣言したんです。そう言った以上、母親として自立しなければならないのに、
実際には口だけで、母の助けをあてにしている状況なのは……お恥ずかしいです」


兄である久之に、強く言われている穂乃の姿が思い出され、邦宏はつい、

言葉を挟みたくなる。しかし、これ以上踏み込むことは、仕事の域を越えることになると、

開きそうになる唇に、力を入れた。


「それじゃ、ここで」

「……あ……はい」


穂乃は邦宏にしっかりと頭を下げ、笹本家へ向かう坂道を、ゆっくり下り始めた。

邦宏はその後姿を見つめ、穂乃が見えなくなるまで、

その場を離れることが出来なかった。






35 大ちゃんの事情


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コメント

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スイッチ、押しまくらないと倒されるよ

    こんにちは!!

 靖司やっと見つけた心のよりどころと恋(?)
なんでもうまくスマートにこなせる大和を見ていると
それも露と儚く消えそうで・・・

とんかつ屋さんにもそんな思い入れもないようだし
武雄さんに弟子入りしちゃえばいいのに・・・って
亜紀さんのそばにもいられるし(動機が不純かな)
それは考えが甘すぎ?
自分を追い込みすぎのような気もするんだけど

 邦宏も仕事とプライベートな感情の間で
悶々と揺れて苦しんでるような・・・
こっちもガッと一歩踏み出すほど確かなものにはまだなってない?

いろいろ動き出してるけど
チラッと名前が出てきた康哉はどうしてるんでしょう
あいつの消息はいまだ不明?


    では、また・・・e-463

プチお久です^^;

ももちゃん、こんばんは!
ちょっと忙しくしていて
随分レスがあいてしまいました。ゴメンね~^^;

暫く来ていない間に
いろいろと動き出してきたね

靖史の心を捉えたのは焼物だったのね・・
(今は亜紀さんの存在もかなり大きくなってるみたい^^)

トンカツ屋の跡取り息子って言う立場からすると、
そう簡単に焼き物の世界に飛び込むって訳にはいかないだろうけど

やっと見つけた、心惹かれる場所
大和に気後れすることなく、一歩を踏み出して欲しいなぁ


そして邦宏の心も・・かなり揺れてる!?

母親として自立していこうと頑張る穂乃に思わず言葉を挟みたくなる邦宏
仕事の領域を超えるのは・・・いつかな?

スイッチオン!

靖史も邦宏も恋のスイッチオン!なのでしょうか♪

どちらも複雑な思いを抱えつつなので、
少しずつ進展があるのかなあ。。

それにしても、大和はみんなから敬遠されてしまう存在なんですねT_T
比菜ちゃんのようにこちらも少しずつ理解してもらえるようになるのかな。。
ま、私が理解してあげているから、いいか(笑)
ていう私もまだ知らない大和がいるかもしれないけれど。。

みんな、がんばれ~

ももんたさんも大丈夫よお~♪
ネットの世界は、どうしても浮き沈みがありますよね。。
出たとこ勝負のレポブログだって同じような悩みをもつことあります。。
それでも、開き直ってまた書くのさ!(笑)

それぞれの恋

mamanさん、こんばんは!

>靖司やっと見つけた心のよりどころと恋(?)

はい、存在が危うかった靖史くん、やっと出てきましたよ。
彼には彼の悩みがあり、明るい両親ですが、言えない部分もあるんです。

>自分を追い込みすぎのような気もするんだけど

そうなんですよね。だから、今まで前に出て行けなかった。

>邦宏も仕事とプライベートな感情の間で
 悶々と揺れて苦しんでるような・・・

こちらもそうですね。実は、靖史も邦宏も、ある事件? 出来事? が起こります。
ここからこの『恋のスイッチ』が本物なのか、
イミテーションだったのか、わかると思うんですけどね。

>チラッと名前が出てきた康哉はどうしてるんでしょう

姿なき康哉ですが、彼を知る『言葉』はあちこちに散らばっています。
ちゃんと頭の片隅に残しておいてね!

『吉』か『凶』か

yokanさん、こんばんは!

>靖史君、なにも逃げることないのに^^;

ねぇ……。まぁ、来ると思っていなかった男が来ちゃいましたからね。焦りでしょうけど。

邦宏も靖史も、これから起こる『出来事』で、動いていくことになります。
それが『吉』なのか『凶』なのかは、続きを読んでくださいね。

おめでとうの拍手です!

パウワウちゃん、こんばんは!

忙しい理由は、別の場所で知ったんですけど、
急にそこへ顔を出すのも……と、黙ったままでした。

『おめでとうございます!』

とだけ、ここに書いちゃいますね。

ほっと一息……。これからまた、空想の世界で楽しくおしゃべりしてください。

>やっと見つけた、心惹かれる場所
 大和に気後れすることなく、一歩を踏み出して欲しいなぁ

そうですよね。引っ込み気味の靖史くんですが、
これからある出来事の中に入っていきます。
邦宏もね!

2月いっぱいはどんどん進みますので、お暇な時に遊びに来てね。

大和の一番の理解者

れいもんさん、こんばんは!

>それにしても、大和はみんなから敬遠されてしまう存在なんですねT_T

敬遠されているというか、最初の頃にも書いているんですけど、
『がむしゃら』さが見えないヤツなんですよ。だから、とっつきにくい感じがするんでしょうね。
本音も見せてないし、取り乱してもいないし……。

康哉が大和を嫌がる理由

実は、これはこの後(ずっと後ですが)、結構カギになってくるところなんです。

>ネットの世界は、どうしても浮き沈みがありますよね。。

そうですね、季節や行事などもあって、みなさん忙しいですからね。

ちょっぴり愚痴ってしまい、すみません。
励ましありがとうございます。

>出たとこ勝負のレポブログだって同じような悩みをもつことあります。。

私にはツボがいっぱいのブログですよ。
どしどし書いてくださいね!

頑張れ靖史

フフフあっちもこっちも恋の花が一斉に咲きそうね。
まだお互い気付かないけど・・・

ちょっとしたコンプレックスかな??
自信を持てればいいのだけど、そう簡単にはいかないか。

比菜の保育士の免許と穂乃の介護ならできる
が合体して、新しい何かが始まる?


お花……

yonyonさん、こんばんは!

>フフフあっちもこっちも恋の花が一斉に咲きそうね。
 まだお互い気付かないけど・・・

あちこち、恋の花が咲き始めますよ。
そろそろ動かないとね。いったい、何話になることやら。

これからある出来事が起こります。
そういうきっかけがないとね(笑)