35 大ちゃんの事情

35 大ちゃんの事情


大和が亜紀との打ち合わせを終え、事務所に戻ると、

大を預けていた信恵が、すでに戻っていた。

比菜とどこか波長が合うのか、事務所内に楽しそうな笑い声が広がっている。


「あ、大和、今日はありがとう」

「俺は何もしてないけど。突然預けるなんて、また、デートか……」

「ううん……そうじゃないの」


信恵は大の髪の毛に触れた後、額に自分のおでこを押し当てた。

遊んでもらっていると思った大は、嬉しそうに足をバタバタさせる。


「アイツ……死んじゃったんだって、バイクの事故で」


大和が手に持っていた缶コーヒーのプルを開けると、プシュっと音がした。

それまで流れていた空気は止まり、何も知らない無邪気な大の声だけがする。

比菜はその止まった空気を動かそうと立ち上がり、

信恵の書いてくれた書類を自分のファイルに入れ、棚に戻した。


「アイツの親から連絡があってさ、急だったから驚いたんだけど、そう言われたの。
で、大ちゃんに会わせてくれないかって……。生まれた時だって、
来てくれたわけじゃないんだよ、だから、なんだかすぐに会わせるのが嫌で、
ひよこちゃんに預かってもらった……」


信恵は何か言いたいことを言い切れないのか、さかんに足首を動かし、

落ち着かない態度を見せた。大和はコーヒーを一口飲むと、テーブルの上に置く。


「一応、お墓の前で手は合わせてきた。でね、車に乗って家まで行ってきたんだけど、
まぁ、驚くような家だった。庭があったり、車も2台置けるような駐車場があったり。
あいつ、お坊ちゃんだったんだわ……で……」


信恵はそこで言葉を止めた。視線は自分の腕の中から自由になりたがる大の方を向く。


「大を欲しいとでも言われたのか」


沈黙の意味に気づいた大和の言葉に、比菜はすぐ信恵の方を向く。

比菜の視線が動いたことに気づき、信恵も比菜を見た。

その目はどこか切なそうで、比菜は信恵の気持ちが動いているのだと感じとる。


「欲しいって言うか、大を育てさせてくれないかって、そう言われた。
私なんかとても住めないような大きな家なのにね、アイツ、一人息子だったから、
もう……継いでくれる人、誰もいないんだって。なんだかさ、
そんなふうに言われちゃうとさぁ……私……」


比菜は、その言葉を黙って聞いている大和の方を向いた。

信恵のところから這い出した大は、比菜の足元で止まり、楽しそうな声を出す。


「そうすれば? そうしたいのなら」

「エ……」


比菜は大和のそのセリフに、本気なのだろうかと表情を確かめた。

信恵に、ちゃんと育てろと言ったのは大和だと聞いたのに、

あっさりと手放すことを了承する気持ちが、全く理解できない。


「手放すなら今だぞ。まだ大は何もわからないし、今なら、お父さんは亡くなったけど、
おじいちゃんとおばあちゃんが大事に育ててくれた……で、納得できる。
どうせ手放すのなら、信恵さんの声も、姿も覚えていられない今、そのほうがいい」

「……でも……」

「大きい家だったんだろ、贅沢させてやれそうなんだろ……」


予想外の言葉に、比菜は這っていた大を抱き上げ、

連れて行かれては困ると腕の中に入れた。大和はきっと反対すると思っていたのに、

冷たい言葉を吐き出し、信恵から目をそらしたまま、PCを開けようとする。


「大和……」

「今なら大は何も言わない。自由になりたければなればいい。それもいいかもな」


比菜は大を抱きしめたまま、一言言ってやろうと振り返った。

口を開いた瞬間、信恵の方が先に言い始める。


「何よ、そんなどうでもいいみたいな言い方。
大和ならもっとちゃんと言ってくれると思っていたのに。
だって、生まれてから一度も会いにきてくれたことなんてないんだよ。
急にアイツが死んじゃったから、だから大のことを思い出したんだよ。それなのに……」


信恵は比菜が抱きかかえていた大を奪い取るようにすると、そのまま荷物を持ち、

事務所を出て行った。比菜は扉が閉まったことを確認し、

平然とPCに向かう大和の前に立つ。


「どうしてあんな言い方するんですか。信恵さん、高杉さんに手放さずに頑張れって、
そう言って欲しかったんですよ。あれじゃまるで、
どうでもいいみたいな言い方じゃないですか」

「……俺に決定権なんてないよ」

「それって無責任じゃないですか……」

「無責任だよ、大は俺の子じゃないし、断ることが正しいなんて言えるのか?」

「正しいのは母親が育てることです。会いに来たこともない祖父母が、
息子の身代わりに育てるより、いいに決まっています」


比菜は、何を当たり前のことを言うのかと、堂々とした態度で言い返す。

大和はその表情をチラリと確認する。


「決まってるのか……。母親が育てた方がいいって」

「当たり前じゃないですか。母親なんですよ!
それ以上の環境が、どこにあるんですか」

「当たり前か……じゃぁ俺には余計にわからないな」


比菜は大和の返事に、どこかバカにされたような気がして視線を外す。

大和の態度に、これ以上言っても無理だと思い、バッグを手に取った。

自分の時計を探してくれたり、今朝も、大を抱き上げあやしてみたり、

少し大和へのイメージを変化させたところだったが、この部屋で出合った時の思いに

一気に引き戻される。


「おい!」

「何ですか!」


比菜の口から飛び出たのは、心を示したようなケンカ口調の返事だった。

比菜のそんな態度にも、大和は特に気にする様子もなく、キーボードを叩き始める。


「靖史の寄り道場所がわかったよ。3丁目にある『彩夢』って店だ。
和子さんに報告するなりなんなりどうぞ。それと、靖史に……」


その時、大和が比菜の方を向くと、すでに視線も顔も別の方向にあった。

大和はそのまま立ち上がり、ファイルを手に取ると、また椅子に座る。


「ホームページの意見を聞きたいと、亜紀さんが言っていたって、伝えてくれ」

「亜紀さん?」

「『彩夢』のお嬢さん。あ、それから、悪いことをしていないのなら、
人の顔を見て逃げるなってそうつけたして」


比菜はその言葉に返事をしないまま、一度だけ頭を下げると、

これ以上同じ空気を吸っていたくないくらいの勢いで、大和のいる事務所を出て行った。






36 男の度量


いつもありがとうございます。
続きがきになるぞ! の方は、よろしければポチしてください。

コメント

非公開コメント

T_T

二人とも大和の事情を知らないから
大和の本心なんてわからないですよねT_T

この場に邦宏がいてくれたら、また違ってたと思いますが。。

いずれは大和のこともわかってもらえると思うけど、今は仕方がないか。。

こういう言い方しかできないのが大和なんですよね。
正直というか、ストレートというか、
ドンヒョクチックというか(〃▽〃)
だから放っておけないれいもんです~

分ること、わからないこと


     こんにちは!!

 信恵さんが自分で大ちゃんを育てることの背中を押して欲しがってるのを
大和は分かっていたはず

でも、大ちゃんはかわいいけど
最後まで責任は持てないってことはホントだし・・・

比菜の言ったことは正しいのだろうけど
大和には納得しきれない事情もあるし・・・

比菜の怒りもわかるけど、知らないとはいえ
大和にはちょっときつかったかもね

しかし、信恵さんの元彼の親は調子良すぎ
今まで知らんふりしてたくせに
そんなもんなんだろうかねぇ?

     では、また・・・e-463

ここから参加!

ももちゃん こんにちは^^

ずっとコメントが入れられず、ごめ~ん・・・
追いついてきたので、ここから再度参加するね^^

大和って、どうでもいい人には、口当たりのいい返事ができるんだと思うな。
信恵親子が心配だし、歯がゆいから半分怒りながらの返事になったのだと・・・
愛情がなければ無関心だろうからね。

ももちゃんは、素っ気無いけれど、情の深い男を書かせたら、ピカイチだね!^^v

比菜ちゃん、いまは事情がわからないからお怒りだろうけど、大和のことを理解するのは彼女だろうな~
で、貴恵さんとの関係にひびが入り・・・
三角関係?^m^

どうしても、波乱を望む私なのでした♪

大和の心

大和の口から出た冷たい言葉

事情を知らない二人だから
怒っちゃっても仕方ないんだよね

でも大和の複雑な家庭の事情を知るものとしては
その冷たい言葉の中に
彼の哀しい心が見えるようで
切なくなっちゃったわ

今まで知らん顔してたくせに
何とも身勝手な元彼の両親
これからも大ちゃんを引き取りたいって、
いろいろ言ってきそうでとっても心配です。

母親・・・

母親が育てるのが1番、一番言われたくない言葉だよね。でもそれを知らないから仕方無いてば無いんだけど・・・

でも大和の言い方で答えは出たのでは?
大ちゃんを抱えて出て行ったのが証拠でしょう。
比菜ちゃん気付かないか?


やまとぉ~~~

ももんたさん、ご無沙汰です~。

でも、一気に読めてよかった~^^v

この展開はやっぱりムカッとするよね。

最初は優しい言葉をかけられると信江ちゃんが甘えてしまうからかな~
つい厳しい言葉で叱咤激励したのかも・・・なんて思っていたけど

今回は大和の冷静さ、理路整然とした所ばっかりがでて
女の子二人には冷たいヤツとしか写らなかったね。

母親に関しては大和はちょっと複雑な感じ方をしてしまうから・・・
なかなか理解に苦しむね。

こんな大和が実は一番ナイーブだったりするんだよなぁ

心強い、大和の味方

れいもんさん、こんばんは!

>こういう言い方しかできないのが大和なんですよね。

なんですよね、きっと。
本当は、深いところに想いがあるんだけれど、それがうまく表れない。

うーん……わかってくれるのは、今のところ邦宏だけかも(笑)

あ、れいもんさんがいた!
不器用な大和を、これからもよろしくお願いします

キツイ、一言

mamanさん、こんばんは!

>比菜の怒りもわかるけど、知らないとはいえ
 大和にはちょっときつかったかもね

読み手のみなさんは、大和の事情を知っているけれど、比菜は知りませんからね。

まぁ、こういうこともあるんですよ、色々と。
もめたり、わかりあったりを繰り返して、仲間になるのかもしれないです。

大ちゃん……とっても癒されるキャラになってます。

愛情の裏、返しすぎ?

なでしこちゃん、こんばんは!

>信恵親子が心配だし、歯がゆいから半分怒りながらの返事になったのだと・・・
 愛情がなければ無関心だろうからね。

そうそう、どうでもいい人には、怒りもわかなくなるかもね。

ピカイチだなんて、とんでもございません。日々、悩みの中ですよぉ……。

>比菜ちゃん、いまは事情がわからないからお怒りだろうけど、
 大和のことを理解するのは彼女だろうな~

うふふ……。あれこれ想像してもらうのは、楽しいよね。

波乱を望む……、そう、私も人の創作には常に望むのよ、そこを(笑)

正解は一つ……じゃなくて

yokanさん、こんばんは!

>正直、何が正解なのか後になってじゃないと分からないものよね(ーー;)

そうなんですよね。信恵は女性だし、
大和は男として子供を育てていくことの大変さも、わかっているはずだし。
自分の母の過去を思えば、考えてしまうこともあるだろうし……。

>亜紀さんのこともお見通しってことか~^m^するどいね~

はい、そういうヤツに限って、自分のことは見えてないものでしょう(笑)

大和と邦宏

パウワウちゃん、こんばんは!

>大和の複雑な家庭の事情を知るものとしては
その冷たい言葉の中に
彼の哀しい心が見えるようで

大和の心を理解してくれるのは、今のところ邦宏だけです。
まぁ、口に出さないから、しょうがないけどね。

大ちゃんを引き取りたがった親。
まぁ、こういう身勝手な親の息子だから、妊娠を知り、逃げてしまったのでしょう。

受け取り方の違い

yonyonさん、こんばんは!

>大和の言い方で答えは出たのでは?
 大ちゃんを抱えて出て行ったのが証拠でしょう。

言葉って、受け取る人の感覚で変わってくるものですよね。
信恵は怒ったまま出て行ったけど、そうそう、ちゃんと大を抱えていったの。

比菜はお怒りモードですけど、男と女でも、また、微妙に取り方の違いがあるような……、
書きながらそう思ってました。

ひねくれもの

tyatyaさん、こんばんは!

>一気に読めてよかった~^^v

あはは……。お好きな時に、一気に読んでください。
細かく切れているだけで、中身は短いから。

>今回は大和の冷静さ、理路整然とした所ばっかりがでて
女の子二人には冷たいヤツとしか写らなかったね。

何も知らないで、あの言葉を聞けば、それはそうなるよね。ひねくれたヤツです。

大和が変わる時……来るのでしょうか。