37 欲のない男

37 欲のない男


今まで黙っていた自分の過去を、なぜ大和に話したのかと聞かれ、

答えに詰まった比菜の前に、邦宏は冷蔵庫から取り出した

小さなミネラルウォーターのボトルを置く。


「ごめん、ごめん。別に責めている訳じゃないんだ、そうじゃなくて……。
確かに大和は、冷たいことを言っているように聞こえるけれど、
でも、そんな大和の言葉に、アリスはきっと今頃、絶対に大を手放すものか! って、
思ってるんじゃないかな。逆に、そうか、それならあっちに渡してしまおうなんて
親だったら、いくら大和や長瀬さんが、手放すなって叫んだって、
結局どこかでそうしてしまう」


比菜は邦宏から渡された部屋の間取りを見ながら、大和とのやりとりを思い出す。

確かに信恵は怒ったまま事務所を出て行ったが、その手にはしっかり大が抱かれていた。


「あいつもね、性格が確かに素直じゃないよ。わかっているくせに言わないんだ。
前にも言ったと思うけれど、誰かによく思われたいという気持ちもなければ、
いいことをしてやろうという気合いもない。アリスはきっと、
大和に頑張れ、頑張れって言って欲しかったのかも知れないけどね。
でも、そうしない大和が俺は逆に、心地よかったりするんだけどさ」

「心地よい?」

「へんに同情されたくない時もあるでしょ。どうしたの? 大丈夫って
聞いてくる人に限って、実は理解していないこともある。驚き顔なんていらないから、
ただ、淡々と事実を受け入れて話を聞いてほしい……そんな感情ってない?」


邦宏の言葉に、比菜は自分の過去を語った日を思い出した。

災害から受けた傷に、過敏に反応されることが嫌だったこと、

そんな家族のしがらみから、逃げ出してきたこと、

あの時素直に言葉が出て来たのは、大和が感情を挟まずにただ聞き続けてくれる、

そんな想いがあったからだ。


「でも、あいつはちゃんと覚えているよ。話されたことも、見たことも。
その気持ちの伝え方が、求められているものと違うだけじゃないかな」

「私、わかっていたってことですね、高杉さんの反応を」

「うーん……そうかもしれないね。長瀬さんの心が、大和を選んだんだよ」

「心が選ぶ?」


邦宏は頷きながらボトルのキャップを外し、口をつけた。

それを確認した比菜も、同じようにキャップを開ける。


「あいつの性格を理解してやるのは難しいと思う。事情も知らなければなおさらだ」


比菜は、以前邦宏がしてくれた大和との出会いの話を思い出す。

その瞬間から二人の付き合いは、続いているのだ。

比菜は、事情という部分に引っかかりを感じたが、そこは二人の領域だと切り返す。


「坂本さんは、高杉さんのことをよくわかってるんですね」

「まぁね。俺は大和を愛しているから」

「は?」


そう言い切った邦宏と視線がぶつかり、比菜は思い切り笑い出す。

時計はさらに先へ進み、邦宏は上着を取ると、

ペットボトルのキャップを閉め立ち上がった。


「よし、じゃぁ、明日不動産屋に連絡するわ」

「はい……お願いします。それと……これ、申し訳ないですが、
遠慮なく返してもらいます」

「ぜひ、そうして下さい」


比菜は銀行の袋を両手で持つと、邦宏の方へ感謝の気持ちを込めしっかりと頭を下げる。

あの時、本音が見えずに、互いに牽制し合っていた気持ちはすでにない。


「部屋が見つかったから、次は長く続けられる仕事が探せるといいね」

「はい……」


比菜は邦宏の余裕に感謝し、『フリーワーク』という会社が

彼を中心に回っているのだと、あらためて思いながら封筒をバッグに入れた。





それから3日後、お金を準備した比菜は、不動産屋を訪れた。

初めて会う人達だったが、『フリーワーク』の一員であるとの邦宏の紹介もあり、

無事、契約を終了する。

邦宏は、その日の午後、ハヤトの散歩で川沿いを歩きながら、

契約完了の嬉しい報告を携帯に受けた。

いつもの場所に到着すると、自由になれると喜ぶハヤトの鎖を外してやり土手に座る。

ハヤトは鎖のなくなった首を一度大きく振ると、川の方へかけていった。

ここのところ続いていた冷え込みはなく、ダンボールを持ってきたどこかの子供が、

楽しそうに土手の芝生をすべり、声をあげる。

邦宏がそんな様子を微笑ましく見ていると、後ろの方から自分を呼ぶ声がした。


「坂本さぁ~ん」


その声に振り向くと、かけてきたのは遥香だった。

自分が学校から戻るまで待っていてくれたらよかったのにと、少し頬を膨らませる。


「ごめんな遥香ちゃん。坂本さんは、この後まだ別の仕事があるんだ。
だからハヤトの散歩は先にしてあげないと、暗くなっちゃうと思って」

「そうなの? あのねママがね、お仕事決まったって喜んでたの。
だから、坂本さんにも教えてあげに来た」


遥香の言葉に、邦宏は穂乃が就職を決めたことを知り、少しだけほっとした。

色々な出来事に、自信を無くしているように見えただけに、

自分も会って言葉だけはかけてやりたいと考える。


「そうか……。じゃぁ、坂本さんもママにおめでとうを言いに行くよ」

「うん!」


遥香と歌を歌いながら笹本家へ戻ると、明るかった気持ちは、急降下した。

黒い大きな車があり、中から聞きたくない久之の声がする。


「あ、久おじさんだ……」

「うん……」


玄関の側まで来た時、中の会話が少しだけ開いた窓から漏れてきた。

遥香はハヤトの足を洗うために、少し離れた場所にいる。


「遥香を渡すなんて、考えたこともないです。あの人とも会って、私は……」

「お前が育てるよりも、仲岡家の方がいいに決まってるだろ。何が就職だ、
たいした稼ぎも取れないし、どうせ母さんの力がなければ成り立たない」

「お兄さん……」


邦宏は玄関のインターフォンを何度もならし、わざと会話を途切れさせた。

何も知らない遥香が、ハヤトと一緒に、スキップしながら近づいてくる。

重たい扉がゆっくりと開き、目の前に穂乃が現れ、

邦宏の顔を見つけ優しく微笑むと軽く頭を下げる。


「ハヤトの散歩、終わりました」

「ありがとうございました。あの……中でお茶でも」

「いえ、結構です」


久之がいる場所で、お茶など楽しく飲む気分にはなれなかった。

出来たら目の前の黒い車を、思い切り蹴飛ばしてやりたい気分だった。

邦宏は穂乃にファイルを渡し、また、次に取りに来ますと頭を下げ、玄関を出る。


「坂本さん、あの……」


穂乃はすぐにサンダルを履き、歩き出した邦宏を追った。

扉が閉まり、久之の車から少し離れた場所で、邦宏は足を止める。


「穂乃さん。就職決定おめでとうございます」

「あ……もしかして遥香ですか?」

「はい、ママが頑張ったって、遥香ちゃん、とても嬉しそうでした」


邦宏がそう言うと、遥香は照れくさそうに笑い、穂乃に抱きつくような仕草を見せた。

穂乃はそんな遥香を優しく抱き締め、髪の毛についたハヤトの毛を取ってやる。


「坂本さんのおかげなんですよ。自信も何もなかったのですが、
私が話を聞くのが上手だと言って下さったから。だから、面接で、
とにかくみなさんの話し相手になりたいって……そう……」


邦宏は、自分の言葉を覚えてくれていた穂乃の気持ちが嬉しくなり、

顔が自然にほころんだ。そんな二人の立ち姿が、カーブミラーに映り、

久之がカーテンの向こうから、迷惑そうな表情で見ていることなど、

どちらも気付くことはなかった。






38 予想外の日


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コメント

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ま・マズイ


    こんにちは!!

 比菜も一応納得!かな。。。
比菜が事情を知る時は来るの?

邦宏の度量の深さ、心の広さを改めて知り
お話もいい感じで和やかに進んでる所に
来たよ・・・あんた何様!(こういうのがないと盛り上がらないけどね・^m^)

出てくるたびに腹が立つことばっかり言って
なぜにそんなに元義弟の肩を持つ?
何か弱みとか握られてるか、恩でも売られたか?

いい感じで話してる邦宏と穂乃さんですが
まずい奴にまずい感じで見られた?

***

プチプチのことですが
ワザワザありがとうございます<(_ _)>

あの日、何度コメ送信しても
「以前と内容が重複してるので変えてください」みたいのが出て、送信を諦めたんです・・・
届いてるとは思いませんでした!

 最初、そこを読んでなくてパスの番号か
半角じゃないからかな?
いや、きちんとやった、と番号の打ち直しして
3~4回くらいやったかなぁ(かなり気付かずおバカです)

大した話ではありませんでしたが
届いていたならよかったです。

でもいったいなんだったんでしょうね?
うちのPCがバカだからかしら・・・

なにはともあれ?つぶやきもお話も楽しみにしています!!

       では、また・・・e-463

創作に必要なキャラ

mamanさん、こんばんは!

>比菜が事情を知る時は来るの?

はい、やってきますよ。
どんなふうに来るのかは、まだナイショですけどね。

>邦宏の度量の深さ、心の広さを改めて知り

そうそう、邦宏はいい男でしょ。
押しつけがましくなく、適当に力が抜けております。
で、いいところにやってくる『なに様男!』

mamanさんの言うとおり、こういう人は創作に
必要不可欠なのです。
全ての人がいい人で、物わかりがいいと、
実はおもしろくない(笑)



あ、そうそう、あのコメントなのですが、
なぜか『迷惑コメント』に入れられてましたよ。

>あの日、何度コメ送信しても

おそらく、何度も同じ事を繰り返したから
コイツおかしいぞ……と、判断されたのかも(笑)

いつも光らない『迷惑コメント』のところが光っていて、
なんだろうかと開いて発見しました。

>つぶやきもお話も楽しみにしています!!

うわぁ~い! ありがとうございます。
気分良く、続けちゃいますね。

大和が変わる時

yokanさん、こんばんは!

>大和君の性格って分かりづらいよね(ーー;)

分かりづらいですよ。私、こんなヤツ嫌ですもん(笑)
でもね、人は変わっていくからおもしろい……
そんな気もします。

なんでも出来て、全てでOKな男も
おもしろくない……と、自分で勝手に解釈してます。

>笹本家は一波乱、久おじさんが来るとろくなことがないわね~(ーー;)

ねぇ……。この男、さらに嫌なことを言い出すのですが、それはまた後ほど!