38 予想外の日

38 予想外の日


その日は、『フリーワーク』の窓から、久しぶりに綺麗な青空が見える。

比菜は身支度を整えると、自分のファイルを開き、仕事の数を確認した。

仕事をし終えると、すぐにバイト代を渡してくれる『フリーワーク』のおかげで、

なんとか貯金通帳の金額を減らすことなく、この2ヶ月間過ごしてきた。

康哉がいないと知った時には、愕然としたが、

今、比菜の中にあった康哉への気持ちは、薄れつつある。


お金を戻してくれた邦宏の言うとおり、これからは長く続けていける仕事を、

何とか探さなければと、比菜は自分のファイルを元の場所に戻した。

玄関を叩く音がして、比菜がチェーンをはずしに向かうと、

そこにはスーツ姿の邦宏が立っていて、比菜は慌てて鍵を開ける。


「おはよう、ごめんちょっと早いんだけど入ってもいい?」

「どうしたんですか? 坂本さん。スーツじゃないですか」

「結婚式に出るんだよ」

「結婚式? 兄弟とか従兄弟とか、誰か結婚するんですか?」

「いや、赤の他人」

「は?」


邦宏は洗面台の前でネクタイを締めながら、これも立派な仕事なのだと笑う。


「嫁さんの方が招待客が多いのは気に入らないと、新郎側の母親がゴネたんだと。
まさか、招待状を出している人たちに来るなとは言えないからさ、
急遽テーブルを増やしたわけ。でも、当たり前だけど呼ぶ人がいなくて、で、
『フリーワーク』にSOS……」

「坂本さんが一人で出るんですか?」

「いや、俺と大和と、あと学生3人。
ひとつのテーブルが全く新郎新婦に縁がない人たちって、それも笑えるけどね」


比菜がその仕事内容に驚いていると、遅れて大和が到着した。

邦宏と同じようにスーツ姿で、すでに準備万端に見える。


「おはようございます」

「おはよう……」


比菜は邦宏と大和を交互に見ながら、全く想像もしていなかった姿におかしくなった。


「なんだよ、長瀬さん、笑うってどういうこと? 
素敵過ぎて倒れちゃうのならわかるけど」


邦宏は、形だけ手渡す祝儀袋5枚に、学生の分を合わせた名前を書きながら言い返す。


「すみません、だって、二人とも予想外だったから」


比菜は荷物を持ち、同じように事務所から出た大和と邦宏と一緒に、

駅の方へ歩き出した。





比菜は、二人の少し後ろを歩きながら、それぞれの背中を見る。

身長は2人とも180くらいあるように見えるが、並ぶとほんの少し邦宏の方が高かった。

二人がもし、サラリーマンとして働いていたら、

こんな姿で、毎日満員電車に揺られていくはずなのだ。

スーツで並び立つ二人の姿が目を引くのか、信号で立ち止まると、

隣に並ぶ女性は、必ず視線を向けた。


「あ……あやめちゃんだ」

「ん? あ、まずい。なんだよこんな日に限って」


横断歩道の反対側に立っていた、体格のいい男の人が、

二人に向かって嬉しそうに両手を振った。

足は内股で立ち、唇には真っ赤なルージュを塗っている。

邦宏は大和に肘で、合図をしろとせっついていく。


「なんで俺がするんだよ」

「あやめちゃん、大和が好きだし……」

「お前だろうが」

「あぁ……それにしても朝は会いたくないなぁ。なんというヒゲの濃さだ」

「だから男なんだよ、あれは……」


二人の言いあいが終わらないうち、信号が青に変わり、

誰よりも早くスタートしたあやめちゃんが、邦宏と大和、両方に向かって走ってきた。

その瞬間、大和が邦宏の腕をつかみ、自分の体を後ろに隠す。


「あ……大和、お前」

「邦宏ぉ~、大和ぉ~」


よけ損ねた邦宏はあやめちゃんにつかまり、横断歩道の真ん中で、

なぜかほっぺたにキスされるはめになった。





「うぅ……朝から気持ち悪い」

「大丈夫ですか? 坂本さん」


邦宏は辛そうな顔をしたまま、駅前のベンチに座り、

比菜が渡したティッシュで頬についたルージュを落とす。

被害がなかった大和は、涼しい顔のまま立ち、その作業が終わるのを待っている。


「とりあえず、頼んだことだけはよろしく」

「わかってます。午後ですよね。バイトから戻ったら受け取っておきます」


比菜は大和から午後、コピーの備品を持ち、業者が来ることを教えられ、

その任務を引き受けた。大和は携帯で時間を確認すると、

あやめちゃんの攻撃を受けた邦宏の肩を叩き、二人は駅の階段を登っていく。


大和の表情は、信恵に冷たい言葉をかけたあの時とは違い、穏やかなものに見え、

そんな二人を見送り、比菜はバイトをするコンビニへと向かった。





午後になり、大和の言うとおり業者が訪れ、比菜の任務は終了した。

時計を見ると、3時になろうとしていて、そろそろ二人が戻ってくるのではないかと

思いながら掃除機を手に取る。事務所の半分くらいをかけた時、インターフォンが鳴った。


「開いてますよ」


その声に扉が開くと、入ってきたのは邦宏でも大和でもない、学生服姿の美帆だった。


「こんにちは! 美帆ですけど……」

「あ……こんにちは」

「お兄ちゃんいません?」

「あ、今日は仕事で出ちゃってるよ。もう少ししたら戻ると思うけど……」


比菜が美帆に向かってそう告げると、その後ろに立っていた女性が、姿を見せ頭を下げた。

比菜も慌てて頭を下げる。


「みなみ先輩、どうします? 長瀬さんも『フリーワーク』の方なの。預けて帰りますか?」


美帆が連れてきたのはみなみで、少し考えるような仕草をした後、

比菜の方へ視線を向けた。


「高杉さんは、もうじき戻られますか?」

「予定ではもう戻ってもいい時間なんです。お昼前の式だって言ってましたから」

「そうですか。ねぇ、美帆、私待たせてもらう。せっかくなら直接お渡ししたいし。
こちらの方に頼むのなら、美帆に渡してもらうのも一緒でしょ?」

「あ、そうですね。えっと長瀬さん、事務所で待っていてもいいですか?」

「あ……どうぞ」





比菜は美帆とみなみにお茶を出し、邦宏が座る椅子に腰掛けた。

みなみは頭を下げると、そのお茶に軽く口をつける。


「すみません、お仕事中なのに」

「いえ……」


比菜は、美帆が大和の妹だと言うことはすでに知っていたが、

あの時言っていたバイトの先輩が、このみなみだったのかと、つい視線を向け、

この人の名前に邦宏が顔色を変えたことを思い出し、ついじっと見てしまう。

邦宏と過去に何かあったようには見えないし、もしそうだとしたら、

堂々とここへ現れること自体理解できなくなる。

みなみが顔をあげたため、比菜は慌ててそらし、

出していた掃除機を片付けようと立ち上がった。


「美帆さんって、高杉さんと年齢が離れているのね」


黙っているのがどこかしっくり来なくて、比菜は、美帆にそう問いかけた。


「はい、10歳離れています。お兄ちゃんとは母親が違うんですよ、だから……」

「そうなの?」

「はい、お兄ちゃんのお母さんは、小さい頃死んじゃったって……」


比菜はその美帆の言葉を聞き、信恵のことで言いあいをした時、

母親に対して、ドライな発言をした大和のことを思い出した。






39 気付かぬ想い


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コメント

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意外な事実


      こんにちは!!

 邦宏、朝からひげの濃いあやめちゃんにチュウされるなんてご愁傷様です・・・
なんかよくないことでもあるんじゃない?と思ったら
よくないことかどうか分からないけど、何かあるのは大和のほうでしたね。

意外なところから意外な事実(違う部分もあるけどね)を知っちゃたのね、比菜。
大和の瞳の奥の冷たさの意味が分かった?

邦宏と大和のやり取りで偶然にも、立ち聞きで知るのかと思ってましたが。。。

みなみも美帆に頼んで渡せるものを直接渡しに来るなんて
大和に何かを感じた?

美帆、みなみが事実を知る時が来たりするのかなぁ・・・。


        では、また・・・(^.^)/~~~

ちょっと気に入らない(笑)

これで、比菜ちゃんの大和に対する見方が少し変わるかな?!
でも、まだそれだけじゃないんだから。。
ここに、大和たちが帰ってくるのかなあ。。
ちょっと心配。。
ま、いずれは妹たち二人も真実を知ることになるのだろうけど。。
ああ~ん、複雑。。

ちょっと気に入らないのは、大和より邦宏のほうが背が高いってところ!
大和びいきには、ここ重要です(笑)

今日は、だれにもなりきらず、
ちょっと空から見てる感じのれいもんでした。

そうきたか。

まさか美帆から聞くとは・・・其処が読めないももちゃん。

大和と邦宏が戻ってきた時に、事務所にいる美帆とみなみを見て・・・
想像するとドキドキ♡♡

比菜は康平から離れていけそうですね。

不完全情報だけどね

mamanさん、こんばんは!

>意外なところから意外な事実(違う部分もあるけどね)を
 知っちゃたのね、比菜。
 大和の瞳の奥の冷たさの意味が分かった?

まぁ、美帆から聞いたことも、真実ではないですけどね。
美帆自体、本当のことを知らないのですから。

しばらく登場していなくて、忘れられていたかもしれない
美帆とみなみですが……

>美帆、みなみが事実を知る時が来たりするのかなぁ・・・。

どうかなぁ……そこは秘密。

あやめちゃん

yokanさん、こんばんは

>スーツ姿の二人と、髭の濃い真っ赤なルージュの
 あやめちゃんを想像して爆笑してしまった^0^

想像して笑って下さい。
こんなことって結構あるのかなと。
人とのつながりって大事なので、
邦宏も大和も『あやめちゃん』のお店に出入りするんですよ、きっと。

みなさんが空想、想像してもらえると、
お話がどんどん膨らむ気がします。

大和も高いんだって

れいもんさん、こんばんは

>これで、比菜ちゃんの大和に対する見方が少し変わるかな?!
 でも、まだそれだけじゃないんだから。。

あはは……、なんだか、このコメント、
れいもんさんのジレジレした感覚が出ていて、
とても嬉しくなってしまいます。

>ちょっと気に入らないのは、大和より邦宏のほうが背が高いってところ!
 大和びいきには、ここ重要です(笑)

ごめんよぉ。私のイメージではこうなのよ。
でも、ほんの少しだから、ね!

れいもんさんがまた、地上に降りてきてくれることを願って(笑)

まさか……だった?

yonyonさん、こんばんは

>まさか美帆から聞くとは・・・其処が読めないももちゃん。

エ! 本当? 読めなかった?
すっかり美帆とみなみのこと、忘れてたってことかしらん(笑)
さて、戻ってきてから何かが起こるのか、
起きないのか……は、次回へ続く!