39 気付かぬ想い

39 気付かぬ想い


邦宏と大和が事務所へ戻ったのは、それから30分後のことだった。

大和は美帆と一緒に来たみなみに驚いたが、邦宏は引き出物でもらったお菓子を、

テーブルに広げ、気軽に二人を受け入れる。


「すみません、これをお渡ししようと思って。
だったら一度、『フリーワーク』がどんなところなのか見てみたくなったんです」

「いえ……わざわざありがとう」


大和はみなみから招待状を受け取り、日付を確認した後スーツのポケットに入れた。

みなみのいる場所から離れるように立ち、腕時計の時間を確認する。


「来ていただけますか?」

「あ……はい」


美帆はクッキーをひとつ口に入れ、横に立つ大和の腕を引っ張った。


「ねぇ、お兄ちゃん。みなみ先輩すごいんだよ、
唯一1年生で展覧会に飾られることになったの。絶対に見に行ってあげて。
私も一緒に行きたいところなんだけど、付属生は行ける日にちが決められてるのよ。
なんたってモデルなんだからさ、堂々と……」

「お! 大和のヌードが公開されるんだな」


邦宏は、そう言いながら目の前でネクタイを外し、テーブルの上に置く。


「違うって言ったでしょ、邦宏のバカ!」


美帆が前に立っていた邦宏に向かって言い返すと、大和がその頭を軽く叩く。


「痛い……」

「そういう口のきき方をするな、邦宏の方が年上だぞ」

「だって……」


大和にしかられた美帆は、すぐに頬を膨らませ下を向いた。

比菜は、『母親が違う』ことを美帆から聞いた後だったからか、

つい二人に目がいった。しかし、大和の言葉や美帆の態度も、

どこにでもいる普通の兄妹の光景に見え、その自然さに、岡山にいる妹、

佐波のことを考えた。自分たちは同じ両親から生まれ、仲もよかったはずなのに、

こんな会話をした記憶は、遙か彼方になってしまった気がする。


「ほら美帆、いいから食べろって。しょげてるとお前らしくないぞ」

「うん……」


美帆は邦宏の言葉に顔をあげ、またクッキーをひとつ口に入れた。

そんなやり取りの中、みなみの視線はずっと大和にあった。

比菜は全員分のお茶を入れなおし、みなみの前にも湯飲みを置く。

その音に気づいたみなみは、大和から視線を外し比菜に頭を下げた。

配り終えた比菜は、少し輪から外れた場所に座る。


「あれから手直しを何度もして、それでやっと納得する作品になりました。
お忙しいでしょうけれど、ぜひ来てください」

「はい……」


みなみは念を押した後、その返事にほっとしたような表情を見せ、

30分くらいしてから美帆と、『とんかつ吉田』へバイトに向かう比菜と3人で、

事務所を出て行った。邦宏は残ったクッキーを口に放り込み、椅子に座る。





「あの子か……みなみさんって」

「あぁ……」

「行くのか、展覧会」

「行かないのもおかしいだろ」

「まぁ、そうだよな」


大和はスーツのポケットからチケットを取り出すと、

みなみの真剣な表情を思い出しながら、一度ため息をついた。





「こんに……」

「何を言ってるんだ靖史」


比菜が『とんかつ吉田』の裏口から店へ入ると、厨房でたばこをくわえた清太郎と、

出前を終えた靖史が言い合いの最中だった。


「前から思っていたことなんだよ、思いつきで言っているわけじゃない」

「思いつきじゃなけりゃ、なんなんだ。こんなもの買いやがって、無駄じゃないか」

「無駄ってなんだよ」

「お父さん、ちょっと靖史も声が大きいよ。店の外まで聞こえるじゃないか」


和子は真ん中に入り、困った顔をしながらなんとかこの場を治めようとするが、

清太郎はたばこを灰皿にこすりつけ、さらに臨戦態勢に入る。


「あのなぁ、みんな昼間の急がしい時間に、腹を満たそうと来る人がうちの客なんだ。
いちいち皿の模様だとか色だとか、そんなものに気持ちを動かされるような人は、
ここに来ないんだよ」

「俺が買ったんだ。俺の金で買ったんだから、文句はないだろう」

「何を!」


比菜はこれ以上ケンカを大きくすることは出来ないと、わざと明るく挨拶をし、

店の中へ入った。和子は助かったと笑顔で比菜を向かえ、

靖史は出前のバッグを厨房に置くと、さっさと階段を上がり自分の部屋へ消えた。


「揃いのお皿?」

「そうなんだよ、靖史が急に30枚も焼物の皿を買ってきて、
今日からうちはこれにとんかつを乗せてくれって言うから、
お父さんが何を言ってるんだって怒り出して」


比菜はすぐに亜紀のことを頭に浮かべ、

靖史が『彩夢』からお皿を購入したのだろうと考えた。

それでも和子には何も話していなかったため、ここは知らないふりをして、

話を聞き続ける。


「比菜ちゃん、靖史、ここのところ『フリーワーク』で仕事をしていないって言ったよね」

「はい」

「なんだかさ、部屋に陶芸の雑誌が何冊も置いてあって、
ちょっと心配になっちゃってさ」


比菜は心配顔の和子に、ごまかすような笑顔を見せながら、

自分で入れたお茶に黙って口をつけた。





それから2日後、邦宏は笹本家にいた。以前からイネに頼まれていた2階の出窓を、

外にはしごをかけ掃除する。穂乃が家の中に残り、汚れの残っている箇所を支持し、

そこを拭き終え、くもの巣やひっかかった葉などを処理すると、

見違えるほどきれいな窓が復活する。


「ありがとうございました。前から気になっていたんですけど、
あのはしごに登る勇気がなくて」

「危ないですよ、女性には」

「そうですよね、無理して落ちるようなことにでもなったら、
仕事にも出られないですし……」


穂乃は少し笑顔を見せながらそう言うと、邦宏のカップに紅茶を継ぎ足した。

邦宏が軽く頭を下げようとしたとき、大きなエンジン音が響き、

同じ思いを抱いた穂乃と視線が重なった。


心地よく流れていた空気は、一瞬にして緊張に包まれ、

玄関を開けた音がした後、リビングに久之が姿を見せた。

邦宏は慌てて立ち上がり、書類のファイルを手に取り頭を下げる。


「よく会いますね、便利屋さん」

「はい……」


穂乃は、邦宏のカップと自分のカップを片付けようとすぐにお盆へ乗せた。

久之はそれを見た後、邦宏が座っていたソファーに深く腰かける。


「それでは失礼します」

「便利屋さん。ちょっとうかがってもいいですか」


久之の言葉に、邦宏の足が止まり、心配そうな表情を浮かべる穂乃の顔が、

振り返った延長線上に見える。


「何でしょうか」

「あなたのところの会社は、あなたしかいないんですか?」

「どういう意味ですか?」

「あなたばかりがうちの仕事をするっていうのは、何か意味があるんでしょうか」


久之はそばに置いてあった遥香のぬいぐるみを邪魔扱いし、

反対のソファーへ放り投げる。


「お兄さん、坂本さんに失礼よ。お母さんが坂本さんに頼みたいって、
いつもそう言っていたから。だからうちの仕事をしてくださって……」

「穂乃、お前は黙っていろ」


久之はスーツのポケットから携帯を取り出しながら、そう言った。

穂乃の唇はその瞬間、力なく閉じる。


「母が一人の時はそれでよかったんですよ。私から見ても、
あなたはしっかりと仕事をしてくれそうだし、母があなたを信頼するのも、
それは母の自由です。しかし今、この家の事情は変わりましてね。
妹が戻ってきて、母と一緒に住んでいますから。近所の目もある。
あなたのような若い男性が、仕事とはいえ、妹しかいない家にあがって、
お茶を飲んでいるっていうのは……」


久之の視線に、邦宏はその言いたいことがハッキリと理解できた。

そう言われてカチンとくる反面、どこか見抜かれたようなそんな気持ちになる。


「お兄さん……」

「お前が言いにくいだろうから、私が言ってるんだろう。
いいか、お前は仲岡家から出てきたとはいえ、遥香の母親だ。
敏規君は、お前さえよければもう一度ってそう言ってきているんだぞ。
意地なんか張らずに、戻ればいいじゃないか」


邦宏の目の前には、久之の言葉にすぐ下を向いた穂乃の姿があった。

二人で少しずつ暖めた部屋の空気は、一人の男によって、あっと言う間に凍り付いた。






40 恋の重さ


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コメント

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それぞれの思うところ

 
    こんにちは!!

 きょうは盛りだくさんでしたね

大和に熱い(?)視線を送るみなみ
好意か?なにか勘付いてるのか?
その視線の意味が気になるなぁ

靖史も小さい一歩だけど自分の夢に動き出した?
単なる下心だけじゃないよね

お父さんとお母さんは戸惑いを隠せないようだけど
特にお母さんは陶芸の雑誌を見つけちゃったし・・・

邦宏もまったりといい雰囲気のとこに、何様が来ちゃって言いたいこと言ってる
その言葉に一理あるけど
この人からは、自分の利益になることって
下心(思惑のほうが正しい?)みたいのを感じるから有難味も感じない

邦宏にも下心有り?


       では、また・・・(^.^)/~~~

波乱含みの気付かぬ想いたち

みなみちゃん、危険ですね。。
大和は、大和は。。兄ちゃんなんだよお~!
聞こえないだろうけど、心配なので、叫んでおきます。。

靖史くん、自分の夢と家業をつないでみたいんですよねT_T
なかなか理解されないだろうなあ。。

邦宏くんの前に立ちはだかるやつは、ホントやなやつです!

大和も背が高いことを確認できて(笑)ほっとしたのも束の間
みんなそれぞれ波乱含みですね@@

「愛の群像」か「初恋」か。。大掛かりな話になってきました@@

やっぱりね^^

みなみちゃんの熱い視線、比菜にはどう写ったかしら?
自分の意思とは関係なく、比菜は色々なことに巻き込まれていく感じ。
靖史は少しだけ前に進んだのかな?
今は焼き物と亜紀への思いがごっちゃになってる感じだけど、
いずれ形を成すでしょう。

良い雰囲気壊す男登場。
あーーあ久之さん、貴方自分基準で物事判断するの止しましょう。
やはり邦宏はそうだったのね、ってちょっと嬉しい私。

うらやましくもあり

mamanさん、こんばんは!

>きょうは盛りだくさんでしたね

あら、本当?
ちょっと長くなっているかも……。

>大和に熱い(?)視線を送るみなみ
 好意か?なにか勘付いてるのか?

うーん……。みなみは一人っ子ですからね
(一応、そうなっております)
だから、美帆と大和の関係をどこかうらやましくもあり、
まぁ、ちょっと気持ちも動いている……
そんなところでしょうか。

靖史、邦宏、それぞれ自分の気持ちに気付き、
進もうとしたところですが。
まっすぐに突き進むには、なかなか難しいようです。

下心かぁ……どうだろう。

大河ドラマか?

れいもんさん、こんばんは!

>みなみちゃん、危険ですね。。
 大和は、大和は。。兄ちゃんなんだよお~!

あはは……、毎回、楽しいなぁ、れいもんさんのコメント。
みなみに届くかもしれません!

>「愛の群像」か「初恋」か。。大掛かりな話になってきました@@

回数だけは大がかりかもしれないです。
なんせ、細切れ創作になっているので。

必要なキャラ

yonyonさん、こんばんは!

>みなみちゃんの熱い視線、比菜にはどう写ったかしら?
 自分の意思とは関係なく、比菜は色々なことに巻き込まれていく感じ。

比菜自体も、我関せずの性格ではないので、巻き込まれるのでしょうね。
まぁ、そうじゃないと、話が進まないのも事実なのですが。

>あーーあ久之さん、貴方自分基準で物事判断するの止しましょう。
 やはり邦宏はそうだったのね、ってちょっと嬉しい私。

はい、創作には必ずと言っていいほど必要な、迷惑男です。
邦宏のことは何も知らないのに、言いように言ってます。
なぜ、そんな態度に出るのかは、次回わかるんだけどね。

比菜の苦労

yokanさん、こんばんは

>比菜ちゃん、みんなの秘密を知って気苦労が増えちゃったね。

比菜はあちこちに出入りしているので、色々なことを知ってしまうんですよね。

>秘密は知らないことが良いこともあるってところかしら・・・

あはは……そうですね。

邦宏と穂乃、靖史と亜紀、これから動き出しますので。