40 恋の重さ

40 恋の重さ


邦宏が笹本家の仕事をしているのは、迷惑だと言った久之は、

二人の真ん中で携帯を取り出し、登録されている番号を呼び出そうとする。


「穂乃、敏規君ともう一度話をしてみなさい。彼はまだ、お前を待っている」


二人の近づく気持ちに気付いた久之は、わざと穂乃の別れた夫の名前を出す。


「申し訳ありませんでいた。これから気をつけます」

「坂本さん……」


久之は邦宏の返事に納得したようで、何度か頷き携帯を閉じた。


「そうですね、これから笹本家は、別の方が担当して下さい。
坂本さん、あなたのためにもいいことだと……そう私は思いますよ」

「はい……」


邦宏は穂乃と視線を合わせず頭を下げると、ファイルを手に持ち、笹本家を出た。

久之の言い方に腹を立てたのは事実だが、気をつけていたのにと、

自分の気持ちが動き出したことに、気づかされる。

仕事だと言いながら、笹本家へ来て、穂乃や遥香の笑顔を見ることが、

どこか楽しみになっていたからだ。


「坂本さん……坂本さん、待って!」


邦宏が振り向くと、そこには履物を履かないまま玄関を飛び出した穂乃が立っていた。


「ごめんなさい、兄があんな失礼なこと」

「いえ……お兄さんの言うとおりです。僕の方が軽率でした。これからは……」

「もう……来てくださらないのですか?」


その穂乃のすがるような言葉に、邦宏の心はグッと締め付けられるような気持ちがした。

それでもと大きく息を吸い込み、首を横に振る。


「僕だけじゃないですから。困ったことがあったら、『フリーワーク』で
きちんとと引き受けます」

「でも……」


もう、こんなふうに会話をしてはいけないのだと思った邦宏の心が、

つい、聞いてみたかった言葉を口に出す。


「お兄さんは、ご主人とずいぶん親しいんですね」

「あ……」

「ごめんなさい。関係ないことでした」


自立しようとしている穂乃に対し、何度も復縁を薦める久之の姿に、

邦宏はつい余計なことを聞いてしまったと、視線を外し走っていく車の方を見る。


「いえ……そんなこと。実は、兄と主人は大学の先輩と後輩で、
昔から家に来ることが何度もありました。主人の実家は、義姉の実家と仕事で縁があって、
兄と義姉とはその付き合いから結婚したんです。
ですから兄も、義姉のことを考えると、仲岡の家と疎遠になることが怖いのでしょう」


邦宏は、久之が穂乃に言う、自分勝手な理由に、怒りを覚えながらも、

彼もまた、何かを守るために必死なのだと、心のどこかで考える。


「私はずっと女子校で過ごしたからか、あまりよくわかっていなかったんですね。
年齢が10も離れていて、余裕があるような大人の男性の言葉に、
それが優しさだと思い込んでいました。兄の友達だし、主人に付いていけば
何もかもうまく行くようにしか、今思うと考えていなかったんです」


通り過ぎていく人が、履物を履いていない穂乃のことを、

興味深そうに見ながら通り過ぎた。邦宏はその視線から穂乃を守るように、

道路側に背を向けて立つ。


「見せかけだけの言葉に騙されるほど、私は恋をしたことがなくて……」


穂乃は自分の手を握り締め、悔しそうな表情を浮かべた。


「時間を戻すことは出来ないけれど、坂本さんの姿を見ながら、もう一度、
自分の足で生きてみようとそう思って、就職も決めました。
申し訳ないだなんて言わないでください。私は本当に助けていただいたんです」


穂乃は邦宏をしっかりと見た後、丁寧に頭を下げた。

穂乃の握り締めた手のひらの中には、皮で作ったキーホルダーが入っていて、

それを邦宏に差し出す。


「これ……」

「これは趣味で続けていた革細工です。以前、鍵を持っていたのを見かけたとき、
特にキーホルダーもなかったので、よかったら……」


皮のキーホルダーには、英語で『Free work』と彫られたものと、

『K.Sakamoto』と彫られた2種類があった。邦宏はそれを受け取り、穂乃を見る。


「穂乃さん……」


視線の先にランドセルを背負った遥香が入り、二人に気づくと嬉しそうに手を振った。

穂乃は遥香に手を振りかえし、邦宏にもう一度頭を下げ、遥香の方へ戻っていく。



『見せかけだけの言葉に騙されるほど、私は恋をしたことがなくて……』



切なそうにそう言った穂乃の言葉が、キーホルダーを握ったままの邦宏の脳裏に、

何度も、何度も繰り返された。





大和はPCのふたを閉じ、時計を見た。比菜に事務所を明け渡す時間が迫っている。

笹本家から戻った邦宏は、椅子に座ったまま、何も語ることがなく、

気にはなったものの、どう聞き出していけばいいのかが、わからなかった。


何も言わずに、立ち上がった時、やっと邦宏が口を開く。


「なぁ、大和」

「ん?」

「お前、今まで何人と付き合った?」


その突拍子もない質問に、大和はすぐに返事をしないまま、

飲んでいた缶コーヒーの残りを、流しの中に捨てる。


「俺は……3人だな。ちゃんと付き合ったって言えるのは……」


大和が缶をゴミ箱に入れると、カランカランと音をさせ、また静かになる。


「それよりは多いだろ、お前」

「……変わらないよ」

「ウソつけ!」


邦宏は大きくため息をつくと、天井を見上げた。大和にはその目が、どこか潤んでみえる。


「間違った恋のまま、心を封印するなんて……それじゃ、むなしいよな」


邦宏の吐き出された言葉を受けた時計が、二人にこの部屋を出る時刻だと、

電子音をさせた。






41 トライアングル


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コメント

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はあ~、一緒にため息。。

邦宏も穂乃さんも真剣だよね。。
これは、辛いわね。
障害多そうだし。。

でも、邦宏くん、そんなことを大和に聞くんじゃな~い!
まともに答えるわけがないでしょうが

やりきれないあなたの気持ちもわかりますが。。
穂乃さんを救ってあげますか?!

>邦宏の吐き出された言葉を受けた時計が、二人にこの部屋を出る時刻だと、

電子音をさせた。

上手い!ももんたさん!


コメントが楽しいとお誉めいただき、ありがとうございます。
一時期、レス職人になろうと切磋琢磨しようとした時期がありました(笑)
でも、結局、職人にはなりきれないれいもんです。


      こんにちは!!

 最初の3~4行の所で
何様ー!「ほんとにっ、ヤナおやじ」<(`^´)>ムカッ  
ってね、なりました。

何様久之の事情は分かったけどゼ~ンブ自分の都合じゃない
それを穂乃さんに求めるのは酷過ぎる
彼女の都合と気持ちは丸っきりムシなんて・・・

穂乃さんの話、切ないね・・・(でも、純粋培養の箱入り娘だった?)
何様にはっきり言ってやれるかな復縁はヤダっ!って
それとも遥香に父親は必要って戻っちゃう?
(自立しようと思ってるんだからないか、遥香も嫌そうだったし)

穂乃さんの話を聞かされた邦宏はこれからどうするんだろう

大和に付き合った女の人の人数なんか聞いてたけど
なんかあったことは判ったとは思うけど
聞かれた彼は「なんのこっちゃ?」でしょうね

聞く相手も間違ってるような?・・・


       では、また・・・(^.^)/~~~

恋の数

あーあーこの嫌な奴を殴ってやりたい(グーで)
自己中もいい加減にしろ! 人の為みたいなこと言っても
結局自身の保身。

邦宏はだからって引いてはダメです。
穂乃も初めて感じた好きの気持ちなのでは?

色々解決しないとならないことが多いでしょうが、好きと言う気持ちは大事にしないと・・・

なるほど~久之の事情

嫁の実家の仕事が絡んでたのね・・・

穂乃の旦那の実家と疎遠になると、仕事上で相当困った事になるとか?
何にしても、全部自分の生活を守る為
実の妹の気持ちも思い遣ってやれず、肩書きや職業でしか人を見れないとは・・・寂しい奴やね

穂乃さんも辛いけど、ようやく自分の足で歩き出そうと決めた事
頑張って自分の気持ちを貫いて欲しいな

・・・そして邦宏、気をつけていたはずなのに、思っていたよりずっと自分の気持ちが穂乃に向かっていた事に気付いちゃったかな

穂乃さんの切ない話を聞いて、邦宏はどうするのかなぁ?


大和君、今まで付き合った人の数は3人・・の答えに
「それはないやろ~~」
と思わずつぶやいてしまった私です^^;

本当の気持ち

れいもんさん、こんにちは

>邦宏も穂乃さんも真剣だよね。。

邦宏は穂乃を初めて見た時から、
心惹かれるものがあったんです。
『あまり見かけない女性』だと、思ってますから。

互いの気持ちに薄々気付き、はてさて……。
嫌なヤツもいるしね。

>邦宏くん、そんなことを大和に聞くんじゃな~い!
 まともに答えるわけがないでしょうが

あはは……。ここ、爆笑!
本当だよね、大和はなんで聞かれているのかわからないし。
こっち側は、読みながらだからわかるけど。

職人じゃなくてもいいんですよ。
思ったように書いた方が、楽しいですし……。
書く方も、読む方も。

無理なく、おつきあいください。

なんのこっちゃ……か(笑)

mamanさん、こんばんは

>何様久之の事情は分かったけどゼ~ンブ自分の都合じゃない

なんですよね。
でも、今までそう動いていたから、戻したくなる。
その気持ちは理解できなくもないですよ。
お金には、困らないのだろうし。

>穂乃さんの話を聞かされた邦宏はこれからどうするんだろう

うーん、どうするんでしょうか。
そこは言えませんが、読み進めてください。

成り行きで思わず問いかけた邦宏と、
mamanさんの言うとおり、なんのこっちゃだった大和。

でも、何か感じたのかもしれないのです(笑)

結局はね

yonyonさん、こんばんは!

>自己中もいい加減にしろ! 人の為みたいなこと言っても
 結局自身の保身。

そう、こちらから見るとそうなのです。
必死になっている久之は、そう思わないようにしているでしょうが。

>好きと言う気持ちは大事にしないと・・・

互いに薄々気付いた、相手への思い。
さて、この二人はどうしていくのでしょうか。
さらに、さらに、続く!

互いへの想い

パウワウさん、こんばんは!

>肩書きや職業でしか人を見れないとは・・・寂しい奴やね

そう、そうなんですよ。
寂しいヤツなのですが、憎たらしいでしょ。

互いの想いに気付いた二人。
どうしていくのかは、さらに続きます。

>大和君、今まで付き合った人の数は3人・・の答えに
 「それはないやろ~~」
 と思わずつぶやいてしまった私です^^;

あはは……。みんな似たようなところを突っ込むなぁ。
おそらく大和も、そう思ったでしょうね。

久之の事情

yokanさん、こんばんは!

>久之は自分の立場で自分を守っているんですね。
 こういうところを書くところが、ももんたさんの創作を好きな理由の一つです。

ありがとうございます。
人って、どこから見るかによって、違うときがありますからね。
久之には久之の理由が(まぁ、ずいぶん勝手ですけど)ありました。

気付いてしまった邦宏。さて、どうするのか……は、まだまだ続きます。