43 強がり

43 強がり


比菜が『とんかつ吉田』へバイトに向かうと、

相変わらず清太郎と靖史は、冷戦状態のままだった。

靖史が購入した『彩夢』の皿にキャベツを盛り付けると、

清太郎はそれを別の皿に移し、とんかつを乗せる。

比菜と和子は二人の意地の張り合いにつき合わされ、複雑な時間を送ることになった。


「靖史がそんなことを……。よっぽど惚れちゃったんだな、亜紀さんって人に」

「どうしたらいいんですかね、おかみさんも困っていて」

「ほっとけばいいんじゃないの? 家族の問題だ」


比菜の言葉に、大和はPCのキーボードを叩きながら、

相変わらずドライなコメントを寄こす。


「高杉さんはその場にいないから、そういうことを言えるんですよ。
まぁ、予想していた答えなのでいいですけど……」

「おい、邦宏、お前イネさんの送迎、学生にやらせたのか」


比菜が嫌みにも取れるようなことを言っても、それを無視するように、

大和は邦宏に問いかけた。邦宏は、仕事なんだから当然だと返事をし、

しばらく営業活動に専念したいと言い始める。


「お前を指名して仕事を寄こしていたのに、そんなことしていいのか? 
学生がその度違う顔を見せたら、イネさんの考えを把握できてないから、
きちんとフォローできるかわからないぞ。笹本さんは大得意先だし……」

「いいんだよ、それが向こうの望みなんだ。息子さんから言われた」

「ん?」

「若い男が家の中をウロウロしてほしくないって。ついつい、イネさんとしていたように
家の中に入って、お茶を飲んだりしていたからさ。今は事情が違う。
イネさんだけじゃなくなったんだ。穂乃さんがいるし……」


大和はどこか投げやりな言い方をする邦宏に、この間の無言の時間を重ね、

おそらく笹本家で何かが起こったのだろうと考える。


「邦宏がそれでいいなら、別にいいけど。
笹本さんは『フリーワーク』を作った時からのお客様だ、
お前が大事にしてきたことも知っているから聞いただけだ。
じゃ、それぞれに予定を入れて、すぐにFAXしておくよ」

「あぁ……」

「……ということで、長瀬さんは来週ハヤトの散歩担当です」

「エ……ハヤトって犬ですよね、結構大きい……」


比菜は両手を広げて、見たことのないハヤトの大きさを表現する。


「頼むね、体は大きいけど、臆病な犬だから」


邦宏は、大和と比菜から向けられる視線に、営業活動をすると宣言した手前、

居づらくなったのか、携帯をポケットに押し込むと、逃げるように事務所を出て行った。





遥香は学校で、穂乃は仕事に出かけているだろうと考えていたのに、

邦宏の足は、自然に笹本家へ向いた。

近づくとハヤトに気づかれ、吠えるかもしれないと思い、

道路の反対側から中をうかがってみる。

静かな家のテラスには、ひなたぼっこをしているハヤトが横たわり、

特に変わりないように見えた。


このまま別の人間に仕事を振っていけば、自然に気になることもなくなるだろうと、

邦宏は体の向きを変え、またどこに行くわけでもない道を歩き始めた。





それから1週間後、比菜は邦宏からもらった地図を見ながら、笹本家へ向かった。

大きな家だとは聞いていたが、庭も広く日当たりもいい。

岡山では大きな敷地を持つ家を何軒も見てきたが、東京でこれだけの土地を持つ家は、

この近所ではここしかない。


「すみません、『フリーワーク』です」


大きな門の前でインターフォンを鳴らすと、優しい声で答えたのは穂乃だった。

鉄の門を開け、比菜はまっすぐに進む。

ハヤトは知らない人の登場に何度かほえたが、そばにいた遥香が落ち着かせた。


「ハヤトの散歩に来ました。あの犬ですか?」

「はい……」

「また坂本さんじゃないの?」

「遥香……」


比菜はハヤトの前にひざまずき、軽く触れた。

ハヤトは比菜の臭いをかぎながら、気持ちよさそうにする。


「ごめんね、今日の担当は私なんだ。坂本さんがよかったの?」

「うん……」

「遥香、そんなことを言ったらダメでしょ」

「いいんですよ。坂本さんが好かれる理由は、よくわかりますから」


比菜はそう言いながら、そばにあった鎖をハヤトにつけようとしたが、

やり方がわからず角度を変えながら見ていると、

横から遥香が手を出し、すばやく取り付ける。


「ありがとう! 助かっちゃった」

「ねぇ、どうして坂本さん、来ないの?」

「坂本さん、他のお仕事で忙しいんだ、だから……」

「スーパーマンだって言ったのに……」


悔しそうに下を向く遥香は、手に持っていたハヤトの鎖のひもを、比菜の方へ向けた。


「遥香ちゃん、よかったら私と一緒にハヤトの散歩……」

「行かない! 坂本さんじゃないから行かない!」

「遥香……」


遥香はそういうと、ハヤトの鎖のひもを地面に放り出すようにして、

穂乃の横をすり抜け、玄関から家の中へ入った。

穂乃は申し訳ないと頭を下げ、比菜はいいんですよと合図する。


「犬の扱い方も知らない子で、坂本さんがいろいろと教えてくれたんです。
ボールの投げ方や、なで方、散歩の仕方まで。今じゃハヤトの面倒はほとんど娘が……」

「そうだったんですか」

「坂本さんはお元気ですか?」

「はい……」


比菜は遥香の態度や、穂乃の問いかけに、

邦宏が仕事以上の関わりを持っていたのだろうと考える。


「兄が失礼なことを言って、申し訳ないと謝ってください。
あの……せめて母の通院の付き添いだけは引き受けていただけないでしょうか」


比菜は穂乃から、邦宏が笹本家を避けることになった理由を聞き、さらに、

イネがバイトの学生ではなく、邦宏が来てくれることを望んでいるのだと付け加えた。


「私が、頼るようなことをしてしまったから、
結果的に、坂本さんにご迷惑をかけてしまって」


比菜はとりあえず伝えますと返事をし、ハヤトの散歩へと歩き出した。

邦宏から渡された紙を、ポケットから取り出すと、

そこにはハヤトのお気に入りのコースが書かれていて、

一緒についてくるかも知れないと、遥香の情報まで載せてあった。



『遥香ちゃんの好きな話』



比菜は無駄になったメモをポケットに押し込みながら、

邦宏、穂乃、遥香の想いを感じ、ハヤトに引かれるまま歩き続けた。






44 見透かされた心


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コメント

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みなさん、お疲れ倍増?


こんにちは!!

 靖史とお父さんの喧嘩は続行中かぁ、(あれから話し合いはなし?)
そう簡単には引けないわよね、どっちも
靖史は愛と夢、お父さんは男の意地とプライド?みたいな。

大和の言うとおり口出ししない方がいいんだろうけど
傍にいる人は疲れちゃうよね。

比菜の皮肉も無視の大和の関心は邦宏?
この間の意味不明な会話も合点がいったかもね。

笹本家から仕事関係以上の信頼を得てる邦宏
仕事していく上ではタブーなことなんだろうけど
邦宏も気になってるみたいだし、うまいこといかないもんかしらねぇ。

やっぱガンはおれさま久之、穂乃さん復縁の話どうしたんだろう・・・。

比菜も邦宏と笹本家の事情を知ったわけだけど、どうする?っても
なんにもできないよね。
「とんかつ吉田」の冷戦もあるし・・・。気疲れ倍増?

     
     では、また・・・(^.^)/~~~




何処も停滞中・・?

あ~ぁ、お皿からお皿へキャベツが移動・・・

靖史とお父さんの間は今だ膠着状態なのね。

どっちも譲れないって所だけど
ようやく見つけた靖史の心の拠り所
お父さん、何とか分かって上げてくれないかな。


そして静かな笹本家の様子に
邦宏の目には一見、特に変わりはないように見えたようだけど
そうじゃないみたいだね~

付き添いが度々変わるイネさんの気持ち
そして、邦宏を信頼していた遥香ちゃんの心を思うと切ないなぁ
(ハヤトもきっと邦宏を待ってる!)

『遥香ちゃんの好きな話』まで考えていた邦宏の想いも・・・

このまま、笹本家の仕事は他人に振っていこうと決めている邦宏
自然に気になることもなくなるだろう
どころか
ますます気になっちゃうんじゃないのって思うんだけど。。。

恋の行方

喧嘩している人の間に入ってるのは気詰まりだよね。どちらの味方にもなれないし・・

>まぁ、予想していた答えなのでいいですけど・・の比菜の嫌味に笑えた。
大和との接し方が分かってきて、少しは楽になったみたいね^^

『人の恋路を邪魔する奴は馬に・・・』久之に言ってやりたい。馬に蹴られてしまえ!!!

同時進行中

mamanさん、こんばんは!

>靖史とお父さんの喧嘩は続行中かぁ

大和、邦宏、靖史など多方面から書いているので、
靖史と清太郎の話し合いが軽くあったとしても、決裂状態だと思って下さい。

比菜、大和、邦宏、それぞれ互いへの距離を取りつつ、理解も深まっている……はずなのですが(笑)

靖史の心の向きも、邦宏の心の向きも、揺れながら定まりつつあるのですが、
大和だけはまだまだハッキリしておりません。

そこらへんは、これから動き始めますので。
比菜は、3階に越してしまったことで、しばらくあれこれ悩まされそうです。

忍耐のその後

パウワウちゃん、こんばんは!

>ようやく見つけた靖史の心の拠り所
お父さん、何とか分かって上げてくれないかな。

ねぇ、靖史もハッキリとは言ってないのでしょうね。
それがバシッと言えたら、もっと展開は早いはずですし。

>自然に気になることもなくなるだろうどころか
ますます気になっちゃうんじゃないのって思うんだけど。。。

だと、私も思います。
我慢していたツケは、どこかで必ず出てくるものですよね。

……と、意味深に終わる(笑)

比菜は見た……

yonyonさん、こんばんは!

>比菜の嫌味に笑えた。大和との接し方が分かってきて、
少しは楽になったみたいね^^

そう、付き合っていけば色々と分かることもあるようです。
比菜は事務所を出ましたが、3階に越しましたので、
まだまだ知ることも、増えていくんですよ。

さて、久之、蹴られることになるでしょうか(笑)

悩みの中で

yokanさん、こんばんは!

靖史も邦宏も、悩みの中にいます。
比菜は、知ろうとしたわけではないけれど、あれこれ知ってしまう状況にいて。
もう一人……のことも、さらに知ることに、なりそうです。

人生、いろいろです。