45 人生の契約

45 人生の契約


靖史が店に戻ると、のれんを下げた和子が手ぐすねをひいて待っていた。

何も言わずに片づけをする靖史に、質問だけをいくつも浴びせてくる。


「ねぇ、黙っていたらわからないだろう。触った感じ、お金っぽかったよ。
靖史、ちょっと……女の子に貢いだりしているんじゃないだろうね。もう、本当に……」

「う……な……」

「何? 何言ってるんだよ」

「うるさいなって言ってるんだよ。
俺が俺の金をどう使おうが、誰に渡そうが母さんに関係ないだろう!」

「靖史……」

「お前、母さんに向かってなんて口の聞き方だ。あんなふうにいきなり袋を出されたら、
誰だって何があったのかって聞きたくもなるだろう」


和子に言い返した靖史に向かって、タバコを吸っていた清太郎が、応戦する。


「あの皿を買った代金なんだよ。あの人は、三丁目の『彩夢』の娘さんだ」

「『彩香』? あぁ、西町の角にある?」


普段自転車を使って、外出することの多い和子は、

その行動範囲にある亜紀の店が、どこなのかがすぐにわかったようだった。

店とパチンコ店の行ったりきたりだけを繰り返す清太郎には、

その場所がいまいちよくわからない。


「買ってもらう必要はないって、つき返された」

「よかったじゃないか、だったら皿も返してやれ。うちにはいらないだろう」

「俺にはいるんだよ」


清太郎は、意味の伝わらない靖史との会話に、指に挟んでいたタバコを

少し呆れ顔で消す。大きく息を吐き出すと、椅子に座る靖史の方を見た。

靖史は、ポケットに入れてあった封筒を取り出し、悔しそうに下を向いている。


「……行ってくる」

「何よ、どこに行くって言うのさ」


靖史はその問いかけに答えることなく店を飛び出し、バイクのヘルメットをかぶると、

『彩香』へと走らせた。





バイクを店から少し離れた場所に停めると、亜紀に見つからない角度で、

そっと中を覗き込む。中には若い女性の客が二人立っていて、

ペアの湯飲みを手に取っていた。

亜紀はその客に声をかけ、客の話を何度か頷きながら聞いている。

しばらくすると別の湯飲みの箱を持ち、その女性に薦め始めた。

ジェスチャーを見ると、軽さをアピールしているようで、

女性客は亜紀から品物を受け取ると、納得するように頷き返す。


笑顔を見せながら、亜紀はひとつずつ大切に紙に包み、箱を丁寧に止めていく。

満足そうに店を出た客の二人は、靖史に気付かないまま、駅の方向へ歩き出した。


「重さがあれだけ違うなんて、考えたこともなかったわよね」

「うん、でも、色もよかったし、値段も思ったより安かった……」

「そうそう……。予算内で済んだから、よかったよね」


何度も店の中に入り、品物を見ていた靖史には、

最初この女性客が手にとった商品の方が、高価なものだったことはすぐにわかった。

しかし、亜紀が薦めたものはそれよりも手軽なものだ。

おそらく求めているものの内容を聞き、選んだのだろう。

客のことを思い、職人のことを思う亜紀の気持ちに、

靖史は白い封筒を握り締めたまま、結局店の中に入ることが出来ずに、

バイクの場所に戻った。





勤務時間が終わり、『サイクル』の中には、伝票をまとめる貴恵と、

書類に目を通す晃がいた。貴恵は携帯を横に置き、時間を確認する。


「山根さん、用事があるのなら明日でいいよ」

「いえ……。これだけは今日中に……」


大和に連絡をしようと思いつつも、貴恵は自分が仕事を任されている状態に

あらたな気持ちが芽生えていることを感じた。

自分が必要とされていることが心地よく、並ぶ数字を処理していく。


「山根さんには、迷惑をかけっぱなしだな」


晃はそう言いながら自分の前にあったカップを手に取り、給湯室へ向かう。

貴恵はそれに気づき立ち上がると、さりげなく手を出し、カップをもらった。

晃は何も聞かずに、コーヒーを取り出し、入れ始める貴恵の後ろ姿に向かって、

話し始める。


「『角田商店』さんとは確かに長い付き合いだけれど、こちらの求めるものを、
一緒に追求しようという姿勢が見受けられないんだ。たとえば、
他の同業者の動きをチェックして、改良したり……、何て言うのかな、
どこか安心しきっているところが見える」

「そうですね」

「でも、『岩田商店』さんは細やかだ。うちが抱える在庫のことまで考えて、
箱もコンパクトにまとめてくれる。かさばったらそれだけ場所を取るし、
運ぶのにも手がかかる。言わないところにまで気付いてくれる姿勢を見ると、
きっと、これからも互いに協力しあえるのではないかって気分にさせる」


貴恵はその言葉を聞きながら、その通りだと頷いた。

今まで外に出ることなどなく、渡される書類を指示通りに処理することしか

考えたことがなかった。数字のチェックだけに明け暮れて、

仕事が楽しいと考えたこともない。


「僕が強引だと思っているでしょ、山根さん」

「エ……いえ。もう慣れました」

「ん? あはは……、慣れたか。まぁ、慣れてくれたのならよかったです」


貴恵はそう言いながら、ブラックのコーヒーを晃に手渡し、席へ戻った。

書類の横には、初めて見る新品の電卓が置いてある。


「これ……」

「今の電卓が古くて使いにくそうだったので。
指を置く場所や数字の大きさは、同じようなものを選んだつもりなんですが、どうかな」


貴恵は横に置かれた電卓に指を置き、適当な数字を打ってみる。

少し軽い気がしたが、古い物よりも表示部分は大きく、反応も速い。


「山根さんの頑張りに……。あ、そうそう。部長が寄こしたものだと思うと、
失敗したらまずいって真剣になるんじゃないかと。まぁ、ちょっとプレッシャーだね」


晃はそう言いながら自分の席へ向かって歩き出す。

貴恵は晃の気遣いに、ありがとうございますと返事をした。


「あなたにお相手がいるのは、薄々わかっているのですが……。
始めに言った通り、僕は何でも黙っていられない性格なんです。
だから、余計なことかもしれませんが、言わせて下さい」


貴恵に背を向けたまま、晃はコーヒーに口をつける。


「結婚は仕事と同じだと思うんです」

「……仕事と同じ?」

「はい、結婚も契約……婚姻届を書く人生の契約です。
だから相手を見て色々と考えることは必要だし、慣れに身を任さない方が、
いいんじゃないかな」


晃は振り返り、その視線はまっすぐに貴恵を捕らえた。

以前はすぐに目をそらした貴恵だったが、言葉の重みを感じ、

目をそらすことが出来なかった。





比菜がいなくなった事務所には、また大和が泊まり込むことが増えた。

PCを閉じ、時間を確認すると夜10時を過ぎている。

携帯が鳴り出し受話器を開けると、聞こえてきたのは貴恵の声だった。


「今、どこ? まだ会社?」

「ううん、30分くらい前に帰ってきた」

「そう、忙しいんだね」

「うん……」


貴恵はベッドに座り、任された仕事のことなどを語り続け、その部屋の隅には、

過去に付箋をつけた雑誌たちが、ひもにくくられまとめられていた。






46 会いたくて


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コメント

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迷いの中


    こんにちは!!

 自分の意地を通そうと
お金を持って亜紀さんの所へ行った靖史。

彼女の相手を思った接客の様子を見て
引き返して行く靖史に、そりゃそうでしょうね。と思いました。

思いだけが先走っちゃって、相手のことを考える余裕がないのかな?

起死回生できるのか!?そんなオーバーなことじゃないんだろうけど
どうするのかなぁ、靖史は・・・。

なんか貴恵さんさんの方も御曹司と意味深な会話と
(御曹司の一人語りだけど)
括られたブライダル誌。

御曹司か、大和か・・・
慣れか、新規開拓か・・・

仕事のおもしろさも知ってきた、いい男も2人傍に居る。
貴恵さんの気持ちは、何に、どこにあるのかな。


     では、また・・・e-463

なかなかやるなボンボン。

半端な気持ちで亜紀とは付き合えない、と感じられればそれで1歩前進。

貴恵はやはりボンボンがかなり気になる存在になりつつあるね。
仕事を任されるって嬉しいし、頑張ろうとする。
それが大和との結婚を遠ざけることになっても・・・
括られた雑誌が意味深だな。
大和も薄々感じてるな。
自宅に帰らない大和の寂しさ、実の母との
再開後のやるせなさ、誰か気付いてやって!

気持ちの行方

mamanさん、こんばんは!

亜紀の強い気持ちと、作品に対する信念に、
自らの想いを押しつけることが出来なかった靖史です。
この後どうするのか……は、もちろん続きで読んでもらいたいのですが、
ただ、メソメソにならないことだけは(笑)

大和とのことしか頭になかった貴恵に、晃の言葉は強く響いたでしょうね。
仕事の楽しさを知り、それを教えてくれた晃を知り、
しかし、大和との積み重ねた日々もそこにあって……。

もうすぐ50話なんですよね。
進んでいるんだか、いないんだか……
すみませんが、これからもおつきあいお願いします

気付いた靖史

yonyonさん、こんばんは!

>半端な気持ちで亜紀とは付き合えない、と感じられればそれで1歩前進。

そう、靖史ははじめから亜紀のこういった部分は知っていて、
そこに惹かれていたことを、あらためて確認したと思います。

貴恵と大和の微妙な関係も、晃が出てきたことで表面に洗われたようです。

>自宅に帰らない大和の寂しさ、実の母との
 再開後のやるせなさ、誰か気付いてやって!

yonyonさんは気付いてくれてるんだけどな……

貴恵の変化

yokanさん、こんばんは!

>「過去に付箋をつけた雑誌たちが、ひもにくくられまとめられていた。」という描写から、
過去を整理するのかしらと感じてしまった。

貴恵の目に見えていたのは、大和との結婚だけだったのですが、
晃が出てきたことによって、仕事の楽しさ、自分を必要とされることの心地よさ……を知りました。

慣れに身を任す……

そう、貴恵にはどう感じるセリフだったのか。
それはもう少しすると、具体的になるのですが。

みんなもがきながら、前に向かっております。