46 会いたくて

46 会いたくて


和子は階段を1段ずつゆっくりと上がり、靖史の部屋のふすまを軽く叩く。

いつもならとっくに起きて店の準備を始める時間なのに、姿が見えないからだ。

厨房の中から、父、清太郎の声が聞こえてくる。


「お父さん、そうガミガミ言わないで。たまには寝坊だってあるでしょうよ、
ねぇ、靖史。いいかげんにしなよ、開けるからね」


ふすまを開くと、すでに布団はたたまれていて、靖史の姿はそこになかった。

和子は家出でもしたのではないかと、慌てて布団をひっくり返す。

その風圧で、机の上に置かれた1枚の紙が、ふわりと床へ落ちた。


「エ!」


和子はその文面を読み、階段を慌ててかけ下りた。





「で、靖史は栃木の窯へ出かけたんだ」

「そうなんだよ、もう全く、何を考えているんだか。
お父さんは二度と戻ってこなくていいなんて言い出すし、
邦……ちょっと電話して聞いてみてよ」

「携帯の番号くらい知っているでしょうが、おばちゃん」

「知っていたって、私じゃ素直に話さないかもしれないじゃないの。
邦、あんた断るなら、もう二度とうちの店を使わせないよ」


和子はそう言うと邦宏がテーブルに置いた携帯電話を開け、目の前に押し出した。

邦宏はわかりましたと返事をし、携帯を受け取り靖史の番号を呼び出す。


「店を使わせないって、売り上げ下がるのはそっちだろうが……」

「何?」

「いえいえ、おばちゃんは怒っているより笑っているほうがきれいだな……と」

「いいから、さっさとかけなって!」

「かけてるよ」


何度目かの呼び出し音の後、電車の音とともに、靖史の声がした。





「『彩夢』の窯へ?」

「あぁ、どうしても親父さんと話がしたいんだと。
まさかあいつ、いきなり結婚申し込んだりしないよな」

「それはないでしょう。それをするならご主人じゃなくて亜紀さんにしないと……」

「あはは……それもそうだ」


比菜の保育士免許があることで、『フリーワーク』にはあらたな仕事が増えた。

今日もある主婦が、3歳の女の子をここへ連れてくることになっている。


「子育て主婦は、気ままに美容院にも行けないわけか」

「ご主人がいる日曜日に行けばいいんでしょうけど、協力的な男性ばかりじゃないですし、
たまにはウインドーショッピングも楽しみたいって気持ち、わかりますからね。
今月の予約を見ていると、あと2ヵ月後くらいには、
こっちに集中することにして、コンビニバイトやめてもいいかもしれない」

「あ……確かに」


比菜は大和に頼み、『フリーワーク』のホームページでアンケートを取った。

家で子供を預かる業者はあるが、それだと部屋を片付けておかなければならず、

主婦たちからは、場所を提供してほしいという意見が多かった、

だからといって保育園などは、細かい時間の設定がなかなかできず、

予約も結構早めにしないとならないため、利用者の都合で時間を考慮する

『フリーワーク』の方法は評判も上々だった。利用者も口コミで増えていく。

マンションの近くには、大きめの公園もあり、天気がいい日には、

散歩へ連れ出してしまうと、1時間くらいは平気で遊んでしまうのだ。

比菜が準備をしていると、インターフォンが鳴った。


「あ……来た来た、はい!」


扉を開けると、そこに立っていたのは、子供を抱えた主婦ではなく、

紙袋を手に持った女性だった。


「あの……こちらは『フリーワーク』でしょうか」

「はい、そうですが、仕事のご依頼ですか?」

「いえ……あの……」


どこか話しづらそうな態度に、比菜はお待ちくださいと告げ、

会話が聞こえないように、廊下と事務所をつなぐ扉を一度閉める。


「仕事の依頼じゃないようなんですけど、坂本さん、知っている方ですか?」

「ん?」


邦宏は読んでいた新聞を閉じ、玄関へ向かった。

男性の姿にすぐ顔をあげた女性は、邦宏の顔が期待したものと違ったのか、

少しがっかりした表情で、頭を下げる。


「あの……ご用件は」

「すみません、突然。こちらに、高杉大和さんは……」

「大和の知り合いの方ですか?」

「……先崎奈津と申します」

「あ……」


比菜は廊下の隅に立っていたので、その会話を聞くことになった。

先崎という苗字だけで、邦宏はすぐ何かに気づき、奈津を中へと勧める。

奈津は、いないのならと首を振り、邦宏に紙袋を手渡し出て行こうとした。


「お時間ないんですか? もし、喫茶店の方がよければ、
駅前の『みちくさ』という店で待っていてください。
あと1時間くらいしたらこっちに戻ると思いますし……。僕が……」

「いえ……」


遠慮がちな奈津を、邦宏はなんとか残そうとしているように見え、

比菜はその態度が不思議に思えて仕方がなかった。

先崎奈津と言うのだから、あの時、美帆と姿を見せた女子学生、

みなみの母親だと思うのが普通だが、大和を訪ねてきたことも違和感があるし、

邦宏の態度にも疑問が残る。



『はい、お兄ちゃんのお母さんは、小さい頃死んじゃったって……』

『決まってるのか……。母親が育てた方がいいって』



邦宏と奈津の会話を聞きながら、比菜の心の中に、

大和の出生に関する、形の定まらない答えがわきあがった。






47 刻まれた記憶


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コメント

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ままならぬ思い


   こんにちは!!

 靖史は下がった二歩を取り戻し、進むべく行動開始!ってとこですか?

手紙を見たお母さんは突然でびっくりしただろうね。
言っても、お父さんが頭ごなしにそして言い争いになるから置手紙して出掛けた?

フリーワークの方も比菜の本格的加入が見えてきて
更にお仕事内容がパワーアップ!
ほんの1・2時間でいいから預ってもらえる。
実際、結構需要があるでしょうね。

病気保育だっけ?そんなのが足りないって、この間ニュースかなんかでやってました。
子供が熱出した、でもあんまり仕事休めない。
そういう人達がたくさんいるけど
利用人数が毎日不特定で利益も見込めない、むしろ赤字だから
そういう保育園は、すんごく少ないみたいです。(ってまた脱線しちゃった・・・)

さて、そこに現れた大和の奈津お母さん。
展示会で会った時、ろくに話もできなかったし
今まで何もしてあげられなかったからなんか持ってきた?

訪ねられた大和は戸惑う?うれしい(はないか)?ひく?

聞くとはなしに聞いてしまった会話で
大和について、比菜の中での引っかかりに
ピン!と来るものがあったみたいですね。

みなさん、事態がいろいろ動いてます。
望むと望まずとにかかわらずにね。
時は止まっていてくれいないから。

毎回、思うけど今回も思う・・どうなる?


    では、また・・・e-463 

何故奈津が?

靖史は実力行使に出たわけね。
でも窯場には亜紀のお父さん。行って何を言うつもり?
亜紀は一緒では無いのでしょ・・・

比菜の保育士の免許がいよいよ役立ちますね。
保育園の数の絶対的不足で待機児童の問題。

ほんの数時間だけでも見て欲しい。そんな要求は多いでしょうね。
働く女性ばかりでなくても、専業主婦でも。
比菜の活躍が期待される。

今頃何故奈津が?

比菜は大和に対する思いが変わるかな?

比菜、大活躍!

magentaさん、こんばんは!

靖史は見ているだけ……にならず、
無謀なほど、思い切った行動に出てしまいました。
何をするのかは、次回で!

比菜の仕事については、実際にもこういう預かり方が
あるんじゃないかと、お気楽主婦として考えました。
保育園とかだと、規制もあるけれど、
『便利屋』さんですからね、色々と変化可能でしょ?

>さて、そこに現れた大和の奈津お母さん。

はい、急に出てきましたよ。
この方の『なぜ?』も、次回へ続くのです。
大和は会うのでしょうか、会わないのでしょうか。

比菜は知ろうとしていないのに、
あれこれ知っていくんですね。
それから、心情の変化は、生まれるのでしょうか。

それもこれから続くのです。
で、magentaさんはmamanさん?

奈津の心

yonyonさん、こんばんは!

>でも窯場には亜紀のお父さん。行って何を言うつもり?

はい、何を言うのかは、次回へ続きます!

>ほんの数時間だけでも見て欲しい。そんな要求は多いでしょうね。

多いと思いますよ。私自身、そうでしたから。
わが家はたまたま、同居ですけど、
世の中は、そういう環境の方ばかりじゃないし、
ご主人の仕事の休みも、みんなが土・日と
決まっているわけではないですからね。

>今頃何故奈津が?

その奈津の想いも、次回へ続きます。

ゆらゆら金魚

yokanさん、こんばんは!

>比菜ちゃんの感は鋭そうですね^^;

うふふ……。ねぇ、知ろうとしていないのに、
知ることになっていく比菜です。
靖史の行動の意味、比菜の理解度、
それは全て次回へ続いていきます!

>我が家にも金魚運動、ありましたよ^m^

お! ありましたか。
あれ、使うと結構気持ちよかったりするんですけど、
なんせ、置いておくと邪魔なんですよ(笑)
場所を取るものは、ダメですね。