47 刻まれた記憶

47 刻まれた記憶


奈津が帰った後、やってきた女の子は名前を美玖ちゃんと言ったが、

預けられることに慣れてないのか、最初の30分くらいは泣いてばかりいた。

しかし、比菜が公園で一緒に遊びだすと、すぐに慣れ始め、

一緒にブランコに乗ったりしながら、楽しい時間を過ごし始める。



『あと1時間くらいしたらこっちに戻ると思いますし……。僕が……』



あの邦宏の言葉は、大和に会わせたいという意思がハッキリ表されていて、

ふわりと浮いていた疑問は、ある方向で固まりだしていく。

みなみのモデル仕事を引き受けたと聞いたときも、邦宏は驚いた表情を見せた。

美帆には適当にごまかしたものの、明らかに名前を知っていた態度だった。



先崎奈津は、大和の本当の母親なのではないだろうか。



比菜はブランコに揺れながら、湧き上がった疑問を、そうまとめた。





美玖ちゃんを3階の自分の部屋へ連れて行き、ビデオを見せていると、

遊び疲れたのか眠ってしまい、比菜は座布団の上へ寝かせ、上から毛布をかけてやった。

母親が戻る時間まで1時間もなかったため、報告書類を事務所へ取りに戻る。

玄関を開け中へ入ろうとすると、バサッという大きな音が聞こえ、邦宏の声が続く。


「何するんだ大和、せっかく持ってきてくれたんだぞ」

「どうしてこんなものを受け取ったりするんだよ。それにどうしてここへ来るんだ」

「みなみさんから場所を聞いたらしい。嬉しかったんだよ、
お前がみなみさんの存在を覚えていて、それで彼女の頼みを聞き入れてくれたことが。
お母さんは存在を覚えていてくれたことが、嬉しかったんだって。
お前を突き放してしまった以上、お母さんからは近づくことだって出来なかった。
会いたくなったんだよ……」


比菜は中に入ることが出来ずに、そのまま静かに扉を閉めた。

今、確かに邦宏は『お母さん』という言葉を口にした。

やはり先ほどの女性は、みなみの母親であり、大和の母親だった。

どういう事実がそこにあるのか、聞いてみたい気もしたが、

それは自分のすべきことではないと思い、あえてインターフォンを押す。


「はい……」

「あ、比菜です。美玖ちゃんのママが戻る前に、報告書を書かないとならないので」

「うん……」


一度閉めた扉を開け、比菜は何事もなかったかのように事務所内へ入った。

邦宏と大和はそれぞれの椅子に座り、互いに別々の方向を向いている。

部屋の隅に置かれたゴミ箱には、奈津が持ってきた紙袋が、中身ごと捨てられていて、

比菜はそれに気づき袋を黙って取り出し、中身を出す。


「全くもう、何をしているんですか。これ、有名なロールケーキなんですよ。
並んで買わないとならないのに、捨てるなんてバチが当たります。切りましょうか……」

「いらない」


大和は比菜の顔を見ることもなく、そう言った。


「なら、坂本さんと一緒に食べます」


大和は立ち上がり、そのまま事務所を出て行った。

玄関が閉まる音を聞き、比菜はロールケーキを手に持ったまま、大きくため息をつく。


「ごめんなさい……」

「……何? どうして謝るの?」


比菜は手に持ったロールケーキをテーブルに戻し、

くしゃくしゃにされた紙袋を直し始める。


「私には無理でした。何も知らない振りをしようとしたんですけど、
今、ちょうど玄関を開けたとき、坂本さんが話していたことを、聞いてしまって……」


比菜はたたみながら、袋のしわを伸ばしてみたものの、上側はすでに切れている。


「このケーキを捨てる音を、聞いてしまったんです。知らない態度をとるなら、
気づいちゃだめですよね。でも、お母さんが持ってきてくれたこともわかっていたし、
つい……、こんなところに捨てられてしまったのがかわいそうで……。私はダメです」


比菜はそう言うともう一度、大きくため息をついた。邦宏はそんな比菜を見て首を振る。


「そんなこと気にすることないよ」


邦宏はテーブルの上に残された携帯を手に取り、表面の汚れをそっとぬぐう。


「あのバカ。携帯忘れていきやがって……」


『フリーワーク』の時計が、いつもの電子音を響かせ昼の12時を告げた。

比菜は立ち上がり書類棚の中から、美玖ちゃんのものを出す。


「みなみさんは、このことを知らないんですか?」

「あぁ……、美帆もみなみさんも知らないことだ。知っているのは大和だけで。
先崎さんは、再婚する時、大和を引き取ることを嫌がった人だから。
お母さんも大和の存在は、親戚にも何も語っていないはず」


比菜の脳裏に、信恵と大和のやり取りが思い出された。

どんないきさつがあったのかわからないが、大和は母親の事情で突き放され、

その後、父親になる高杉の家に引き取られ、今まで暮らしてきた。



『声も顔も覚えていない時の方がいい……』



大和がそう言ったのは、自分を重ねてのことだった。

比菜は黙ったまま目を閉じ、静かな空気に耳を澄ます。

岡山で過ごしている父や母が、自分を名前を呼ぶ声は、

たとえ離れていても忘れられるものではない。

妹の佐波が泣きながら自分を責めた声も、つかんだ腕の傷みも、

まだ、しっかりと残っている。


そして、あの震災の日の臭いも、音も、熱さも……。


心に強く刻まれた記憶は、そこから何を積み重ねても、決して消えることはない。





「美玖ちゃんが起きると困るので、私、書類は部屋で書きます」

「あぁ……」


比菜は書類を手に持ち玄関を閉じると、3階への階段を上がり始めた。

母の想いの中から、こぼれてしまった大和のことを考えると、

あの難しい性格の根底が見えた気がしてくる。

始めはしっかりと見えていた階段だったが、

2階を過ぎた頃には、少しずつぼやけて見づらくなった。






48 嵐の予感


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コメント

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共通点

yokanさん、こんばんは!

>どんな理由であれ、母親に捨てられた事実が悲しいね(TT)

そうですよね。この大和の心が癒される日が来るのでしょうか
(って、自分が書いているんですけど)。
悲しみは消すわけにはいかない……。だけれども、こだわっていては、進むことも出来ない。
大和に対する比菜。ちょっと違う過去ですが、なんとなく共通点を見つけたのかもしれません。

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こんばんは!!

 会いたいけど会いたくない。
かまわれたいけどかまわれたくない。

今更何を・・・。というところでしょうか、大和は。

そう簡単には受け入れられないよなぁ

大和の過去に涙する比菜。
自分と家族の関係、オーバーラップした?

   では、また・・・(^.^)/~~~

何だかなー

母親に捨てられた、この思いは一生ついて回る。
奈津がどんな言い訳をしようと、大和の心は傷ついている。
先崎が嫌がったのなら何故再婚を?
確かに奈津には幸せになる権利がある。だけど子供を置いていって幸せになれると思ったのだろうか?
高杉の父が居るから良いと??
みなみに知られるのは困ると?

ちょっと言い過ぎたかな・・・

比菜は分かってしまうよね、辛い気持ち。

大和は何処へ・・・

大和だって心の底では
実の母親だもん、会いたくない訳はないはず

でも理由はどうあれ
自分を捨てて再婚する道を選んだ母親

今頃こんなふうに逢いにくるのなら
何故あの時・・・って思ってしまうよね

携帯も持たないで出て行った大和
いつもならこんな時
逃げ込むのは貴恵ちゃんのところだったけど・・・

やりきれない思いを抱えて、大和は何処へ向かうのかな?

今更です

mamanさん、こんにちは!

>今更何を・・・。というところでしょうか、大和は。

でしょうね。
母親の気持ちを理解する日が来るのでしょうか。
それには、何かきっかけがないと、
無理っぽいですよね。

比菜の涙は、『親の声』でしょうね。
強い記憶は、抜けないものです。
そこに、共通点を見たのかも。

母親より女性として

yonyonさん、こんにちは!

>先崎が嫌がったのなら何故再婚を?

そう、そこがね。
でも、実際にもこういう人って、いると思います。
母として生きる気持ちよりも、女性として生きたいと思ってしまう。
当時の年齢も、経済状況もあるでしょうね。

大和には、今現在、到底理解できる事じゃないと思うのですが。
これを理解する日は、来るのでしょうか。

忘れられず

パウワウちゃん、こんにちは!

>大和だって心の底では
実の母親だもん、会いたくない訳はないはず

忘れていないからこそ、みなみに会いに行ってしまったんだと思います。
それでも、許せているわけではなくて……。
でも、強く責め立てることも出来ない。

だから、結局、心に溜まる一方で……。

さて、大和はどこへいくのでしょう。