50 涙の雨

50 涙の雨


ワイパーは最高速度で動き、邦宏は暖房をかけながら笹本家へ向かった。

途中の道路に出来た大きな水たまりで、対向車が大きなハネをあげる。


「ママがケガでもしたの?」

「あのね……。おじいちゃんの大事な物が濡れちゃうから、
屋根に大きなのをつけたんだけど、風がすごく吹くから」


遥香の言葉から、邦宏はあの倉庫の屋根にでも問題があり、

穂乃が何かをつけているのだろうということがすぐにわかった。

この強風の中で、女性が作業をするのは危険なことだ。


「坂本さんが悪いんだもん、来てくれないから」

「……そうだね」


二人を乗せた車が到着した時、玄関を飛び出してきたのは、

すでに雨に打たれ切っている穂乃だった。

邦宏はクラクションを鳴らし、飛び出した穂乃を止める。


「穂乃さん、遥香ちゃんならここにいる」

「……坂本さん」


駐車場に車を入れ、助手席に座らせた遥香を下ろす。

遥香は毛布をしっかり握ったまま、穂乃の顔を見て、また泣き出した。


「どうして勝手に出て行ったの! もう、ママびっくりして……。
おばあちゃんだって探したのよ」

「イネさんは?」

「今、家の中に……。雨の中遥香を探しに出ていったので、疲れたようなんです」


邦宏は、車のトランクからレインウエアを取り出し、身につけ始めたが、

その間にも強い風が吹き、何度も雨が顔に当たった。

とりあえず、イネと穂乃に怪我がなかったことにほっとする。


「遥香ちゃんのことを頼めるかな。『フリーワーク』をたずねて来たんだ。
たまたま仕事の依頼に来た御夫婦が、濡れて歩いている遥香ちゃんを見つけてくれて、
連れてきてくれた。着替えもないから、すぐに着替えさせてあげて。
で……問題の倉庫は?」


邦宏が顔を上げると、なんとか止めた状態のビニールシートが、

風にバタバタとあおられていた。今はなんとか出来ているように見えるが、

時間が経てば、飛ばされそうに見える。


「坂本さん……」


遥香を穂乃に預け、邦宏はそのまま雨の中を走り、倉庫へと急いだ。

外に出ていたはしごをかけ、二重になっているひもの片方を取り除く。

少し揺れるはしごだったが、一段ずつ気をつけて登り、倉庫の屋根にあがり、

滑らないように慎重に先へと進み、めくれた場所を直すと、

あらためて角にひもをつけ始めた。

穂乃がなんとか結んだのだろうが、女性の力と普通の結び方では、

この強風には全く意味がない。

以前、山登りの時に教えてもらった方法で、邦宏はしっかりと結び目を作り強く引く。

下を向くと、雨の雫が止まることなく落ちていき、何度か顔をぬぐってみても、

また同じように目の前を塞いでいった。


「坂本さん、大丈夫ですか!」


下を見ると、穂乃が戻っていて、はしごを懸命に支えていた。

レインコートを着ているものの、すでに髪の毛は濡れていて、

ナイロンの生地が貼り付いて見える。


「遥香ちゃんは」

「母が着替えさせています」


邦宏は穂乃に指示をし、投げたひもを下の角へ引っ張るように告げる。

さらに反対側へと歩き、もう一方を止めた。

はしごをゆっくりと下り、穂乃の持っていたひもを引く。

バタバタと暴れていたビニールシートは、そこで初めて音をさせなくなった。


「とりあえずこれでいいはずだけど、天候が戻ったら業者を呼んで下さい。
屋根を直さないと、また同じようなことになりますから」

「はい……」


冷たい雨が邦宏の指の動きを鈍らせた。

一度強く握り両手に息をはきかけ、力一杯ひもを引き、固く結ぶ。


「倉庫の鍵、ありますか?」

「あ……すぐに……」


穂乃はその場を離れ、玄関の方へ急いだ。

結び目を作り顔をあげると、カーテンの向こうに心配そうな遥香が立っている。

邦宏は立ち上がり、精一杯の笑顔を作ると、遥香に見えるように両手で大きな丸を作った。

その瞬間遥香の表情が変わり、同じように大きな丸を返す。





穂乃はバスタオルを手に持ち、邦宏の元へ戻ってきた。

邦宏は鍵を受け取り扉を開け、中を確認する。

少しだけ壁の濡れている箇所があったが、中のものには影響はないように見えた。


「とりあえず大丈夫だと思います。素人なので、こんなことくらいしか出来ませんが」

「坂本さん、タオルを使ってください」


穂乃の言葉にタオルを受け取った邦宏だったが、

自分より長い時間雨に打たれていた穂乃の唇はすでに青く、震えているように見えた。

受け取ったタオルを広げ、穂乃の頭を覆うようにかけてやる。

雫がしたたり落ちているのを拭こうとし、その手を止めた。


「僕より穂乃さんの方が寒そうですよ。すぐに着替えないと」

「坂本さん……」


穂乃はそのタオルで髪を拭き、申し訳なさそうに頭を下げた。

タオルを押さえた左手に切り傷があり、そこから少し血がにじんでいる。


「どうしたんですか? ここ……」

「エ……」


指摘された穂乃も気付かなかったようで、どこかで何かにひっかけたのではないかと、

恥ずかしそうに手の甲を隠した。下をむきかけた穂乃の頬を、

雨の雫なのか、涙なのかわからない水が落ちていく。

言葉を押し殺す穂乃の呼吸の音に、邦宏の呼吸の音が重なり、

倉庫の中に静かな時が流れた。

ビニールシートに雨が当たる音だけが響き、穂乃は何かを振り切るように顔をあげる。


「すみません、ご迷惑ばかりおかけして……。お支払いを……今すぐ……」


倉庫を出ようと背を向けた穂乃を、邦宏は後ろから抱きしめ動きを止めた。

この小さな空間の中には、久之の目も、近所の人の目も存在しない。

扉を開けてしまったら、また会えなくなるという想いが、無意識に体を動かした。


「仕事で来たんじゃないんです。お金なんていりません」


互いの呼吸の速さがわかる距離で、邦宏は息を吐き出した。

穂乃の濡れた髪に、邦宏の鼻が触れる。


「あなたが望むのなら、僕はいつでもここへきます……。
でも、そうすることは、あなたを苦しめることになる。だから避けたんです。
お兄さんに責められている姿を見るのは嫌だった。
せっかく自分の足で歩こうとしているあなたの気持ちを、大事にしたくて。
一度も迷惑だと思ったことなど、ありません……」


穂乃を抱きしめた邦宏の腕に、穂乃のぬくもりを残した涙の雫がポトリと落ちた。

言葉には出さなくても、意味を受け止めている穂乃の返事。

邦宏は、穂乃の顔を見てしまうと、

このまま戻れなくなる気がして、気持ちに区切りをつけるように息を吐く。


「あなたが好きで……だからここへ来ただけです」


邦宏は穂乃の背中にそう告げると、抱きしめていた腕を離し自ら扉を開ける。

動けなくなっている穂乃の顔を見ることなく、そのまま笹本家を出て行った。






51 情の狭間


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コメント

非公開コメント

かっこいい!

邦宏くん、自分の思いに正直に行動して
正直に想いを伝えましたね*^^*

穂乃さんも応えてくれると信じてます♪

ああ~、ドラマみたいだ~
シーンが浮かびます

決めたね、男、邦宏!


      こんにちは!!

 邦宏、とうとう想いを打ち明けました!!

穂乃さんの涙はうれしさだけかしら?

2人は同じ気持ちなんだろうけど、あの兄が問題だ。

それに遥香もいるからって、穂乃さん素直には
邦宏の腕に飛び込めないかも。

でも、応えてくれるといいな。

今日のこの2人の嵐に凪は来るかしら?
いい方向に行くといいですね。

    では、また・・・e-463

おお~ついに!

邦宏、ついに言ったのね!

「あなたが好きで……だからここへ来ただけです」
あぁ~男らしい告白に感動しちゃったよ~~

でも・・穂乃さんも直ぐに邦宏の気持ちを受け入れるってわけには行かないだろうし
何よりあの兄ちゃんが黙っちゃいないよね

まだまだ二人の間の嵐は静まらないかもしれないけど
負けずに乗り越えて欲しいなぁ~

邦宏らしく

れいもんさん、こんばんは!

>邦宏くん、自分の思いに正直に行動して
正直に想いを伝えましたね*^^*

はい! 邦宏らしくストレートに告白です。
穂乃さんの状況からして、自分から前に出てくることは
まずないでしょうからね。
まずは、心を開いていると伝えました。

ドラマみたい?
うわぁ……嬉しい!
シーンが浮かぶって言うのは、メチャクチャ嬉しいです。
今日はニヤニヤして眠りそうな予感(笑)

穂乃の心

mamanさん、こんばんは!

>穂乃さんの涙はうれしさだけかしら?

穂乃の涙は、複雑なものがあると思います。
遥香のこと、自分が年上のこと、離婚歴があること。
邦宏が優しい人だとわかっているだけに、
さて、彼女はどういう行動を起こすのでしょうか。

『嵐』は邦宏に、告白の機会を与えました。
大和には一体、何がくるのでしょう。

嵐のもたらすもの

パウワウさん、こんばんは!

>「あなたが好きで……だからここへ来ただけです」
あぁ~男らしい告白に感動しちゃったよ~~

ありがとう!
流れの中で自然に生まれたシーンとセリフです。
うまく伝わってくれて、ほっとしてます。

穂乃はただ嬉しい! とはいかないでしょうね。
色々と抱えているものもあるし。
そこを邦宏は、どう押していくのか。

さて、大和にはどんな『嵐』となるのか……(笑)

はい、ついに!

yokanさん、こんばんは

>つ、つ、ついに言っちゃったね〃^^〃

はい、50話にして、やっと恋愛ものらしくなってきました(笑)。
穂乃としてみたら、単純にOKとはいかないでしょうね。色々とありますから……。

しかし、そのへんは、邦宏だってわかっているはずなので。さらに続いていきます。

惚れてまうやろ

(;^_^A アセアセ・ 遅れて着ましたyon

ついに言った。男邦弘かっこ良過ぎですから!!!!

でもかなり年上だし、遥香ちゃんも居るしそう簡単にことは運ばないだろうが・・・
気持ちを伝えたってことが重要です。
穂乃も想っていることは感じてるでしょうし、あの俺様が問題ちゃ問題か。

ごめんなさい!

yonyonさん、こんにちは!
ごめんなさい、お返事したものだとすっかり勘違い(汗)。

はい、ついに邦宏が告白しました。
穂乃との年齢差は3才ですからね、
年齢的な問題よりも、そうそう、俺様兄貴の方が問題かも。

やっと恋愛ものらしくなりつつ、さらに続いてます。