51 情の狭間

51 情の狭間


嵐の過ぎ去った後は、信じられないくらい静かな時間が訪れた。

電車が動きはじめ、夕方、事務所に到着した大和は、

仕事の遅れを取り戻そうと、黙ってPC画面を見つめ打ち込んでいる。

比菜は保育の仕事を終え、すでに『とんかつ吉田』へ向かった。

邦宏は手に持った革のキーホルダーを見たまま、しばらく黙っていたが、

立ち上がりカーテンを開き、外を見る。


「大和、俺は社長失格だ。規則を破ったし、個人的な感情のまま動いた」


邦宏は淡々とそう言いながらも、大和の方を向こうとはしない。

大和もまだ話の続きがあるのだろうと、何も言わずにPCに向かう。


「うちの母親は身勝手な親父に何も言わない。単身赴任が長くて、たまに帰ってくると、
母親を当たり前のようにこき使う。看護士という激務を持っている
母親を労わるどころか、会社のどうにもならないストレスをぶつけるだけだ。
今も、そんな姿を見せられるたびに、腹が立って、殴りたくなるときがある。
でも、先に気づく母親に、必ず止められるか、出て行くように言われるだけだ。
彼女……穂乃さんを見ていたら、そんな母親と重なってさ……。
自分勝手な兄さんに言われっぱなしで、ただ黙っている姿を見ていたら、
どうにかしてやりたいって気持ちが膨らんだ」


邦宏の母親とは、大和も何度か会ったことがあった。

背はあまり高くなく、少しふくよかで、温かいイメージのある人だった。


「独身の女性がいる家を、ウロウロしてほしくないと、彼女の兄さんから釘を刺された。
ようは俺の気持ちに気づいて、来るなと拒まれたんだ。始めはその通りだと思った。
言い方には腹が立ったけど、確かに……って。でも、今日の彼女を見たら、
我慢できなかった。あの人には誰も支えてくれる人がいない。兄貴だなんていって、
縛り付けているくせに、困ったときに、助けてやることもしない。
あんな雨の中に、一人で出て行かないとならないなんて姿を、
冷静に見ていることが出来なかった。気が付くと震えている彼女を抱きしめていて、
好きだとそう言って……。そんなこと、『フリーワーク』の社長として、
あってはならないことだ。だから、俺は降りる」


大和は、生真面目な邦宏らしいと思いながら、その時初めてPCから手をはずした。

ファイルの並んでいる棚、小さな金庫、

そして、予定の書き込まれたカレンダーを順番に確認する。


「邦宏にしか社長は出来ないよ。もし、どうしても降りたいと言うのなら、
『フリーワーク』は解散する」

「大和……」

「人には向いていることと向かないことがあると思う。俺は社長には向かない」


大和はそう言うと立ち上がり、浴室の前においてあるバケツを見た。

中には雨に濡れた邦宏の洋服が入っている。


「同情なのか愛情なのか……自分でもよくわかっていないところもあるんだ」


邦宏はそう言うと、雲が切れ少しずつ見えてくる空に目を向ける。


「どっちも情だよ」


大和はそういうと、ポケットに小銭があることを確認し、事務所を一人出て行った。





駅の近くにある公園では、スコップを手に持ち遊んでいる子供が一人いた。

友達も誰もいない砂場で、一生懸命山を作っている。

大和は目の前の子供に、幼い頃の記憶を重ねた。

母、奈津が仕事に出ると、大和の居場所は当然のように祖父母のところだった。

慣れない場所に友達もなく、ひとりで何度も鉄棒を回ってみたり、

砂場に大きな穴を作ったまま、帰ったこともあった。


邦宏が好きになったのは、離婚経験のある子持ちの女性だった。

まだ同情か愛情なのかわからないと言いながら、気持ちは定まっているように見える。

穂乃のことを話す邦宏の目は、そこにいない愛しい人を探すように遠くを見つめ、

二人で作り上げた『フリーワーク』よりも、大切なのだと言っているように思えた。


自分の辛い過去を語った比菜、人を好きになる気持ちを語る邦宏。

そんな二人の姿に、大和は自分のことを振り返る。


社長を降りると言った邦宏に、ぶつけた言葉は本音だった。

今までのことを考えても、とてもメンバーが自分についてくるとは思えない。

今はいない康哉、そして靖史、比菜をはじめとした『フリーワーク』のメンバーは、

全て邦宏の人望で集まったといっても過言ではない。


人のことを知ろうとしなければ、大和のことも聞き出すような人はいなかった。

その勝手な孤独感は、気持ちの中でバランスを取っているように思えていたが、

それは、どこかによりどころがあることを、わかっていたからだった。

小さい頃、一人っきりで遊んでいても、帰る場所があったように、

たとえ一人で過ごしていても、自分を理解してくれる人がいる安心感。



大和は、邦宏が、『フリーワーク』から、そして自分から離れていくかも知れないと

思いながら、ポケットから携帯を取り出し、貴恵に電話を入れた。





大和は駅前にある店で、以前、貴恵が好きだと言っていたワインを買った。

ここのところ、微妙に互いの距離が開いている気がしていたこともあり、

自分に過去を語り、スッキリとしたと言った比菜のように、

愛する人が出来たのだと、堂々と語った邦宏のように、

大和は、少しお酒が入った状態なら、なんとか自分のことを語れる気がした。

部屋の前まで行き、扉を軽く叩くと、中から声がして貴恵が姿を見せる。


「どうぞ……」

「うん」


しかし、いつも自分を迎える温かい香りはなく、玄関を開けた瞬間に見えた絵は、

全く違うものだった。


「ごめんね、今日は模様替えをしていたのよ。天気が悪かったし、
気分転換したいのもあったんだけど、なかなか時間がなくて、やっとここまで。
落ち着かないかもね」

「いや……いいけど」


見慣れた部屋の状態ではないだけに、どこか大和の気持ちも落ち着かず、

隅に追いやられたソファーへ腰かける。付箋のついた雑誌はまとめられ、

ソファーの下に入り、何度か足にぶつかった。


「ねぇ、どこかに食べに行く? それとも何か頼んじゃおうか。
今からなんて、作っている時間もないし」

「あぁ……どっちでもいいけど……」


大和は土産として持ってきたワインの包装を取りながら、

どこか居心地の悪さを感じた。その時テーブルの上に置かれたままの携帯が、

着信音を響かせる。何気なく大和が視線を向けると、その相手は社長の息子、晃だった。


「貴恵……電話」

「ん? いいわよ、後からかけなおすから……」


貴恵は、高い棚の中にお鍋などを入れていたため、携帯を取ることなく、

着信音はしばらくすると止まった。


「ねぇ、大和。この間ね会社の倉庫に行ったのよ。
空間をうまく使った収納の話になって、結構効率のいい入れ方、教えてもらったの」

「ふーん……」

「あれ? そういう話には興味がなさそうね」

「ん?」


少し笑顔を見せた貴恵の携帯電話がまた揺れだした。

大和は、まるでここに自分がいることを知っていて、

あえて二人の時間を邪魔するように鳴り続ける、

何分か前と同じ名前の相手に、視線が動かなくなった。






52 過去の告白


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コメント

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せっかく素直になったのに。。

社長は邦宏にしか務まらないと言った大和
貴恵ちゃんに気持ちをぶつけてみようと思った大和

邦宏には大和の気持ちが伝わると思うけれど、
貴恵ちゃんは遠のきそうT_T
貴恵ちゃんの心はあの御曹司の所へ向かいつつあるのかな

ちょっと悲しいれいもんなのでありました。。

潮時?


       こんにちは!!

 大和の言った向き不向きは判る。
自分の“分”っていうのがあると思う。上に立つ、補佐する、動くっていう。
それが判らない勘違い野郎も結構いたりするよね。

邦宏、比菜の心の内を知ったことで
大和も貴恵さんと向き合おうとしたけど、時すでに遅しか?
この2人は縁がなかったってことかな・・・。

それとも御曹司の電話を無視して向き合う?

大和の今までからそれはない気がするけど
一歩踏み出そうとする大和はそうする?

続きが・・・気になるぅ。

  :::::

ホットプレートあると便利でしょうが、別に今まで困りませんでした・・・。
使うならホットプレートは出さずに、買います。(エコ、語ってたくせにエコじゃない~!)

だってぇ、熟成されすぎてどうなってるか・・・こ・怖い!から。
動かないかもしれないし。。。。。なんて、言い訳か。

       では、また・・・(^.^)/~~~

孤独

それぞれが素直な気持ちを打ち明けて、自分の進み道みたいなものを見つけていくことが、大和にとってうれしい事なのに少し寂しい。
自分の正直な気持ちを告げたいと決めてきたのに、貴恵との小さな隙間がいつの間にか超えられない幅になってしまったのかな?

大和の転機

れいもんさん、こんばんは

邦宏がいることが、当たり前だった大和の日々。
一人でいることが好きなようで、本当はそうじゃない。

>邦宏には大和の気持ちが伝わると思うけれど、
貴恵ちゃんは遠のきそうT_T

うーん、どうかな。
貴恵は大和の気持ちに気付けるのか、
それとも……

さて、大和の告白の行方はいかに……
いつも、おつきあいありがとう。

自分に足りないもの

mamanさん、こんばんは

>邦宏、比菜の心の内を知ったことで
大和も貴恵さんと向き合おうとしたけど、時すでに遅しか?

人の行動を見て、はじめて自分のことを考えた大和。
自分になくて、邦宏にあるもの……
そんなものも見えたんじゃないかな。

邦宏が自分以外の人へ目を向けていることに気付き、
貴恵にその想いの受け止めを頼もうとするけれど、
さて、貴恵の返事は……。

ホットプレート、熟成されすぎてどうなっているのか、
私はそこが知りたい気がするんだけど(笑)

大和と貴恵

yonyonさん、こんばんは

>自分の正直な気持ちを告げたいと決めてきたのに、

そう、大和にとってはとってもすごいことなはず。
それだけ貴恵を信じているのですが、
そこで鳴り続ける御曹司の電話。

この存在をどう見るのか……は、続きます。

貴恵の求めるもの、大和の求めるもの、
互いに気付ければいいのだけれど。

不安な大和

yokanさん、こんばんは

絶対的存在だった邦宏の告白に、大和の心は揺れています。
その想いを貴恵に話そうとするのですが……。

>大和君のまわりには、大和君を理解してくれる人がたくさんいるような気がする。

そうなのです。
でも、本人はそう思ってないの。自信がないんだよね、実は。

さて、貴恵は大和の告白に、どう答えるのか。