52 過去の告白

52 過去の告白


昨日から吹き荒れた風は、そのまま北上し、さらに被害を生み出していると、

スタジオにいるニュースキャスターが、淡々と語っていく。

大和が、ワイングラスを手に持ったままその画面を見ていると、

隣にいた、貴恵の息を吐き出す音が聞こえてきた。

家具の場所が変わっても、以前と同じソファーなのに、同じテレビなのに、

どこかしっくりとこない。


「どうしたの? なんだか落ち着かないのね」

「慣れてないからかな。どこか別の家にいるみたいだ」

「そう? 私は使いやすくしたと思っているのよ。
ずっと変えなかったけど、変えてみたらこれもいいものだと……」

「……なぁ、貴恵」

「ん?」


大和は、部屋の中が変わろうが、晃からの電話が何度鳴ろうが、

目の前にいる貴恵は変わらないのだと、目の前にある顔をじっと見た。


「どうしたの? なんだか……」


大和は、貴恵のあごに手をあて、言葉を遮るようにそっと口付けた。

その感覚は、以前と何も変わらずに少しだけほっとする。


「大和……」

「君のご両親はどんな人?」

「私の親? 普通よ、サラリーマンで専業主婦で、それがどうしたの?」


不思議そうな視線を向ける貴恵を見ながら、大和はもう一度ワインに口をつける。

そして、初めて自分の過去を語りだした。


父と母の出会いから、離婚後のこと、

6歳の時、何も知らされず突然父の方へ引き取られ、今まで育ってきたこと。

ランドセルを背負ったまま、ただ会いたくて向かった母の家で、

その想いと行動を拒絶されたこと。


話をどこで切ったらいいかもわからずに、貴恵の反応も見ないまま、ただ語り続けた。

この人はきっと、邦宏と同じように自分を理解してくれる……。

大和の思いは、その一点にあった。


始めは大和の目を真剣に見ながら、どこか切なそうに聞いていた貴恵だったが、

話が進むうちに下を向き、グラスを手に持ったまま動かなくなる。


「美帆にモデルを頼んできたのが、その父親違いの妹だったんだ。
どんなふうに成長したのか、会ってみたくなった。だからつい引き受けて……。
でも……何も言えるわけでもないし、結局、自分が辛くなるだけで……」

「ねぇ大和……」

「ん?」


その貴恵の小さな声に、大和は初めて言葉を止めた。

あまりにも一気に話し、のどが渇いたので、ワイングラスに口をつける。


「私……どうしたらいい?」


その言葉に傾けたグラスは、大和の喉にワインを届けないまま、元の位置に戻った。

貴恵は手に持っていたグラスをテーブルに戻す。


「私、あなたにどうしてあげたらいいの? この話を聞いて、どうしてあげたら……」


大和を見つめる貴恵の目は、どこか切なく、そして、どこか哀れんでいるように見えた。

辛さより、明らかに困惑が勝って見え、大和は流れた風の向きが、

全く別の方へ向かっていくように感じられる。


「ごめん……迷惑だった?」

「ううん、迷惑とかじゃないんだけど、どう言葉を返してたらいいのか」

「どうにかしてほしいなんて考えていたわけじゃなくて、ただ……」


貴恵はまともに大和を見ることなく、視線はグラスにあった。

大和は、この話を好意的に聞き取れなかった、貴恵の気持ちがわかり、

元に戻せないセリフを飲み込むように、ワイングラスを空にする。


「なんだか今日は変なのかもしれない、帰るよ」


大和は立ち上がると上着をつかみ、そのまま貴恵の部屋を出た。

後ろから貴恵が呼び止める声が届いたが、振り返ることなく、

酔いが回ることなど考えずに、ただ駅へ向かって走り続ける。

春に向かうはずの生暖かい空気が頬に触れ、さらに大和の気持ちを複雑にさせた。





次の日、武雄のところから戻った靖史は、店が休みでくつろぐ居間に入り正座をした。

突然の行動に、母の和子はどうしたらいいのかわからず、部屋の隅に座る。


「父さん、俺、一度心の中を整理してみたいと思うんだ」


清太郎は新聞から視線を外さずに、何も答えようとはしない。

以前の靖史なら、そこで発言を止めてしまうことが多かったが、

今回はひるむことなく、自分の心の中を吐き出していく。


今まで、店を継ぐことが当たり前だと思ってきたこと、

自分には、選択する権利も自由もないのだと思ってきたこと。

しかし、陶芸に触れ、初めて自らやってみたいと思ったこと、

ひとつひとつ、伝わるように丁寧に言葉を重ねていった。


「とんかつ店を継ぎたくないと思っているわけではなくて、
一度、離れてみることで、自分の本当の心の中と向き合える気がするから、だから……」

「出て行け」

「お父さん!」

「うちは、店を手伝わないやつを食わしていく余裕はない。
土いじりでもなんでも、お前がやりたいことがあるのならやればいい。
だが、母さんに洗濯させて、料理を作らせて、それで自分の心を見るもないも
あったもんじゃないだろう」


靖史はその言葉を聞きながら、わかっていますと頷いた。

今までコツコツと貯めてきた通帳を出し、このお金で頑張ってみると宣言する。


「靖史……」


何も言わない清太郎に、靖史はしっかりと頭を下げ、

荷物をまとめるために部屋への階段を登った。和子はその姿を心配そうに見つめる。


「おい! 余計なことをするなよ」

「何が余計なことなんですか。あれじゃ本当に靖史、ここを出て行きますよ、お父さん」

「出て行かせればいい。お前は邦宏に電話をしろ」

「邦?」

「あぁ。どうせあいつが頼るのは、邦宏と大和だ。
あいつらに靖史を頼むと電話を入れてやれ。行く場所もやることもわかってる。
今は、知らん顔をしてやればいい」


清太郎は新聞を閉じると、爪切りを棚から取り、足の指の爪をパチンパチンと切り始める。

和子は、清太郎の怒りの方向が見えず、どうしていいのか戸惑った。


「自分の意志ってもんがないのか……といつも思ってきたからな。
あいつが、あんなふうに言ってくるなんて、なんだか嬉しいじゃないか」

「お父さん……。でも、やりたいことが他にあるなんて言ったら、お店……」

「店なんてたいしたことはない。俺の人生半分くらいの価値だ。
靖史がやりたいことがあると言うのなら、頑張ってみればいい。
それよりオロオロするんじゃないぞ。黙って怒っている振りをしていろ! 
その方がアイツも出て行きやすい」


清太郎は爪切りから飛び出た爪を捜しながら、軽く鼻歌を歌いだした。

本当の意味で、親から巣立っていく息子の成長を感じるのか、

顔はこらえようと思っても、少しずつほころんでいく。

和子は清太郎の深い思いに触れ、靖史が上がった階段を見ながら、

少しだけ安心した顔で『はい』と返事をした。






53 月夜


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コメント

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すれ違いT_T

思っていた以上に悲しい展開。。
「私……どうしたらいい?」
って、貴恵ちゃん。。それは、ないでしょう?!

すっかりタイミングがずれてしまった二人ですね。
もっと前の貴恵ちゃんは聞きたかったでしょう。
大和の「本当」が知りたかったあのころなら。。
でも、あのころの大和はそれを貴恵ちゃんに話すつもりなんて
全くなかったし。。

大和も大和で
これまで貴恵ちゃんの想いにちゃんとこたえてこなかったのですから、
しかたありませんT_T
でも、この寂しい男をだれか救ってあげてください~

靖史はよかったねT_T
彼の人生は、前向きに動き始めました。がんばれ~

背中が泣いてる

ただ黙って聞いてあげれば良かったのに。
でもそれさえも出来なくなっていた。貴恵の気持ちが
すでに大和に向いて無いってことかな?

思いは言葉にして話さないと伝わらない。
どこまでも孤独な大和。

清太郎は嬉しいのね。なんとなく生きてきた息子が始めて見せた本気。親なら喜ぶでしょう。

邦弘も大和も快く引き受けるでしょう。
「フリーワーク」の仲間ですもの。

明暗・・

ようやく自分の気持ちを打ち明けた大和と靖史だったけど

その結果は・・明暗分かれてしまいましたね

靖史の想いを汲んでわざと突き放した清太郎さんと
出て行く大和を呼び止めながらも、その想いを受け止めかねてる貴恵ちゃん・・・

もっと前に大和が自分の気持ちを話していたら、貴恵ちゃんの反応は違ったものになっていたのかな
すれ違ってしまった二人の心が切ないです。

駅へ向かってただ走り続ける大和
複雑な思いを抱えたまま、大和の心は何処へ向かうんだろう~

いたい人のようだ・・・


こんばんわ!!

 大和、話すのが遅かった・・・

貴恵さんはもう違う道を歩き出していて、大和と道が交わることはないような気がする。
今までしなかった部屋の模様替えがいい例だよね?

しかし「なんて言ったらいい?」は、きつい、きつすぎる。。。。。
意を決して話した大和がまるでピエロのようだった(T_T)

いいじゃん、邦宏だけじゃなく比菜も分かってくれてるはずだから。
ーーてか大和は、比菜に知られてるって知らないから、それを大和が知ったら・・?

靖史のお父さんは頑固なだけじゃなく、きちんと靖史のことを理解してあげてたんだ。

靖史、とりあえずは良かったね。
自分の思いの通りに動き始めた彼に拍手。


    では、また・・・(^.^)/~~~

悲しい大和

れいもんさん、こんばんは

>思っていた以上に悲しい展開。。

大和贔屓のれいもんさんには、確かに悲しいかも。
大和と貴恵。そう、タイミング……
それはとっても大事なわけで。

このまま二人は崩れてしまうのか、
それとも、何かきっかけを見つけるのか、
靖史と大和。二人の告白は対照的になりました。

清太郎の心意気

yokanさん、こんばんは

清太郎は頑固だけれど、靖史をちゃんと理解しています。
いつも受け身だった息子の頑張りに、思わずにやけているところでしょう。

それに比べて孤独感を増してしまった大和。

>ただ聞いてくれるだけでよかったのに

そう、そうなんだけれど、貴恵にはそう思えなかったんだよね。
また、後々語られることになるのですが。

二人はこのままなのか……それも次へ続きます。

聞くだけなのに……

yonyonさん、こんばんは

>ただ黙って聞いてあげれば良かったのに。

そうなんですよ。
しかし、大和の告白を聞きながら、貴恵にも想いがあったわけで。
それはまた、後々。

靖史親子はいいですよね。
頑固そうに見えて、実は物わかりのいい男なんです、清太郎は。

告白の結果

パウワウちゃん、こんばんは

大和と靖史、互いに想いを告白したけれど、そう、結果は明暗別れてしまいました。
もっと前ならば、貴恵は大和を知ろうとしていたので、この反応ではなかったと思います。

このまますれ違うのか、何かきっかけを見つけるのか……

孤独な心を、さらに深めたまま、大和はどこへ行くのでしょうね。

孤独な大和

mamanさん、こんばんは

>しかし「なんて言ったらいい?」は、きつい、きつすぎる。。。。。
意を決して話した大和がまるでピエロのようだった(T_T)

同じ事を聞いても、相手の気持ち一つで
感じ方は全く違うような気がします。
普段の生活の中でも、そういうことってあるような……。

まぁ、ちょっと貴恵ちゃん、それはないでしょうだけどね(笑)

靖史の方は、まず一歩前進です。
彼のやりたいことは、土なのか、とんかつなのか……
さて、どうなる『フリーワーク』