53 月夜

53 月夜


邦宏と大和が見ている中で、靖史は自分の荷物を『フリーワーク』の事務所に入れ始めた。

比菜が出て行ったので、同じように自分にこの場所を貸して欲しいと言い始める。

邦宏は、すでに和子から連絡をもらっていたため、

突然で驚いたような素振りを見せながら、ここを頼ってきたことに、内心ほっとした。


「とにかく、俺、自分の力で頑張ってみることにしたから。
ちょっと『彩夢』に行ってくる。陶芸教室に申し込まないとならないし」

「おう……」


靖史の表情は、以前のようにどこか自信なさげなものではなく、

決断をした潔いものが見えた。玄関から出て行ったことを音で確認すると、

邦宏は和子に連絡を入れる。


「おばちゃん? 靖史来たよ。長瀬さんのようにここを貸してくれって。
あぁ、言ってないよ、二人のことは何も話してません。今? うん、出かけた」


大和はその会話を黙って聞いた。離れていても愛情を持って子供と接する、

清太郎と和子の姿が見えるようで、靖史の持ってきたバッグをじっと見ると、

その視線の前を、邦宏が横切った。


「はぁ……。遅いんだよなぁ、反抗期が」


邦宏は、微妙な大和の変化を感じ取り、わざと笑わせるようなことを言った。

コーヒーを入れ、テーブルに置くと、何も言い返すことのない大和の表情を確認し、

大きくため息をつく。


「大和。貴恵ちゃんの気持ちも、理解してやれよ。今まで何も言ってなかったんだ。
それをいきなり100%告白されても、驚くことが先になってしまって、
受け入れる余裕がなかったんだろ」

「うん……」

「靖史も大和も、なんなんだろうな、いつまで俺に手をかけさせるんだよ……」


邦宏は冗談っぽく笑い、コーヒーに口をつける。


「ごめん……」

「ん? なんだよ、そんなに真面目に謝るなよ」


大和は壁の間に挟まっている袋に目を向けた。

奈津がここを尋ねてきた日、怒りのままゴミ箱へ入れた袋だった。

目に見えるものを渡されても、会えたことが嬉しいと言われても、

清太郎や和子のような愛情を、何も感じることが出来ない。


「お前、すぐに貴恵ちゃんと会っておけよ」

「あぁ……なんだか顔をあわせづらいけどな」

「そういうことを言うな」


邦宏はコーヒーを飲みながら、自分と顔をあわせないままの大和を心配そうに見た。





亜紀は、突然現れた靖史に驚きを隠せなかった。父のところへ行ったと聞き、

すぐに戻るように告げたが、逆に父から、男のやることに口を出すなと言われ、

腹を立てたのだ。


「本当に『陶芸教室』のために家を出たんですか?」

「はい、親の世話になりながらやるのは、あまりにも申し訳ないし、
どこか甘えていて、いけないと思ったんです。
幸い『フリーワーク』の事務所に夜は寝られますし、昼間はここへ来るのと、
武雄さんの手伝いをしながら、覚えて行きたいと思っています。よろしくお願いします」

「……あの……」


亜紀は自分が皿のことで、靖史に言い返すようなことをしたから、

これだけの大騒ぎになってしまったのだと、頭を下げた。

靖史はそんなことはないと言いながら、申し込み用紙に自分の名前を記入する。


「亜紀さんの責任じゃありません。28にもなって、
自分の歩むべき道を、他人任せにしてきたから悪いんです。
やるべきことは、自分で見つけていかないと」

「本当に、お店は大丈夫なんですか?」

「それはわかりません。でも、頑張ると言って出てきた以上、
自分のやることをやらないと」


亜紀の前にいるのは、ほんの少し前までここにいた、

気の弱そうな『とんかつ吉田』の跡取りではなく、吉田靖史、そのものだった。





「それでは、靖史さんの出発を祝して!」

「ありがとう、比菜ちゃん」

「お前は長瀬さんと違って、1万負担が多いからな!」

「どうしてだよ、邦宏!」

「男はそういうルールに決めたんだよ!」


その日の夜は、比菜の部屋で靖史のために『励ます会』が開かれた。

靖史は楽しそうにこれからの自分が目指すものを語りだし、

邦宏はその話を黙って聞いている。

大和は部屋の隅で携帯を開いたり、閉じたりを繰り返し、落ち着かない素振りを見せた。


連絡を取れと言われたものの、今も貴恵に電話をかけられずにいる。

自分の告白に戸惑った顔が忘れられず、ボタンを押す指が何度も止まった。

かけてきてくれたら、すぐにでも出る準備は出来ているのに、

向こうからの電話も、鳴らないままだ。


「あ! ビール下に置いてきた。俺、持って来る」


邦宏はそういうと立ち上がり、比菜の部屋を出た。

階段を下りていくと、事務所の前に人影が見える。


「穂乃さん」

「あ……こんばんは」


穂乃は、遥香がくるまれてきた毛布をクリーニングに出し、それを届けに来た。

あの雨の日に、告白した邦宏を前にして、いつもと変わらない態度を見せる。


「まだ、いらっしゃるのかなと思ったんですけど、今日は早く終了なんですか?」

「今日は、上の長瀬さんの部屋でメンバーが集まっているんです」

「そうなんですか。じゃぁ、すぐに行ってください。私はこれだけお渡しできたら……」


穂乃は毛布の入った大きな袋を、邦宏の前に差し出した。

邦宏はそれを受け取りながら、穂乃の方を見たが、視線は上を向いてはこない。


「迷惑でしたか?」

「エ……」


今まで何気ない態度を見せていた穂乃の動きが、初めて止まった。

寒いので中へと勧めると、穂乃は上がり口に立ち止まる。



「あの日、穂乃さんに言ったことを後悔はしてません。
でも、迷惑だと感じているのなら、申し訳ない」

「迷惑だなんて……ただ……」

「ただ?」


閉め忘れたカーテンの向こうから漏れてくる明かりの中で、二人は互いの本音を探る。


「私は離婚をして子供もいる身です。しかも坂本さんより3つも年上ですし、
好意を持っていただく理由も、資格もありません」

「好意を持つ理由や資格なんて必要ないですよ。ただ、あなたが好きなだけです」

「坂本さん……」


邦宏は毛布の入った紙袋を事務所の中へ入れ、冷蔵庫からビールが入った袋を取り出した。

カシャカシャと缶が当たる音が聞こえてくるのを、穂乃は黙って聞き続ける。


「あなたを助けたい、あなたの役に立ちたい。ただ、それだけなんです。
会わないでいよう、そう思っても、気になってしかたがないし、
あんな思いをさせたくない」



『見せかけの言葉に騙されるほど、私は恋をしたことがなくて……』



切なそうに言った、穂乃の言葉が、邦宏の脳裏によみがえり、

何かを決意するように空に輝く月を見る。


「恋をしませんか? 僕と……」

「坂本さん……」

「恋をしてくれませんか?」


後ろを向いたままそういった邦宏の背中を、

穂乃は見つめ続けることしか出来ないでいた。





「邦宏、どこまでビールを取りに行った?」

「買い忘れてたんですかね、ビール」


穂乃が訪れたことを知らない靖史と比菜は、戻らない邦宏を心配し、

携帯電話を握ったままの大和は、邦宏とは別の思いを抱えたまま、空の月を見た。






54 愛されたい人


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コメント

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みんな、始動!

ついにみんな動き始めましたね。

邦宏のこの実直な想いに穂乃さんはどう応えるのか?!

靖史の行動に、その変化に亜紀ちゃんの気持ちも動くのか?!

そして~~
大和はどうなる~?!
素直に「ごめん」だなんて、大和も変わってきたのかなあ。。
貴恵ちゃんも気に掛けててくれてるかなあ。。
電話掛かってくるのかなあ。。

それにしても、改めて邦宏の大きさに感心します。
人として魅力的な男です。
だから、彼にも幸せになってもらわなくちゃ!

これから~


     こんにちは!!

 フリーワークの2人のこれからが急速回転?

一方、大和はと言えば・・・連絡、取りづらいよね。あんな態度取られちゃ。

それぞれのこれからは、月だけが知ってる?

        では、また・・・(^.^)/~~~

同じ月、違う月

貴恵から連絡無いんだ・・・
自分のこと知って欲しくて、でもそれを拒否された。
自身を拒否された感があるのかな?

靖史も邦弘も男としてのけじめをつけ始めてる。
潔さが見えて気持ちが良いな^^

大和の見つめる月と邦弘が見上げる月、同じようで全然違うように見えるのだろうな。

グッと来ちゃった^^;

「恋をしませんか? 僕と……」

ストレートで男らしい邦宏の言葉に思わずグッと来ちゃった私^^;

靖史も亜紀さんの前で自分の決心を告げ
『陶芸教室』に入る事で先ずは一歩を踏み出したね。

でも大和だけは
貴恵ちゃんに連絡を取ることもできず
今だ複雑な思いを抱えたまま・・・

月の輝く夜
それぞれの幸せに向かって、皆がんばれ~!


邦宏はいい人です

れいもんさん、こんにちは

>ついにみんな動き始めましたね。

はい、やっと動き出してくれましたね。
そうか、恋愛ものだったんだ、と、
思い出してくれるかしら、みなさん(笑)

大和は一人だけ乗り遅れたようになってますが、
彼にもいろいろと変化が生まれてきているようで、
それがどこへ向かうのかは、
まだまだこれからです。

>それにしても、改めて邦宏の大きさに感心します。

ありがとう!
邦宏はねぇ、理想だな……私の。
まぁ、なかなかいないだろうけれど。

胸キュンですか?

yokanさん、こんにちは

>進むべき道を見つけた靖史君、これからの彼は一直線で迷いがないと思うよ^^

壁を乗り越えた靖史、しっかり前を向き進み始めるでしょう。
亜紀との関係は……どうなるのでしょうか。

>「恋をしませんか?僕と・・・」この言葉に胸キュンです〃▽〃

ありがとう!
みなさんにも気に入ってもらえて、嬉しいです。
優しい邦宏の気持ちが、出せたらいいなと思っていたので。
こんなふうに言われたら、私なら何があってもついていくけど(笑)

さて、大和はどうなるのか、
それは次回で


大和だけが……

mamanさん、こんにちは

邦宏と靖史の前進! に比べて、一人ポツン状態の大和です。
しかし、人が変わっていくには、いろいろないとねぇ。

月が知っている大和のこれからは……
次回へ続きます。

孤独な大和

yonyonさん、こんにちは

>自身を拒否された感があるのかな?

それはあると思います。
拒絶されることが何よりも嫌だったからこそ、
入り込まないようにしてきたし、語ることもしてこなかった。
しかし、タイミングがずれてしまって、こんな結果に。

あの時こうしていたら……と言うのはいけないことだけれど、そういう気分もありますよね。

さて、どうなるのかはさらに続きます。

『恋』をするなら

パウワウちゃん、こんにちは

>「恋をしませんか? 僕と……」
 ストレートで男らしい邦宏の言葉に思わずグッと来ちゃった私^^;

うわぁい、ありがとう。
私もこのセリフはお気に入りです。
『恋が出来なかった』と嘆いた穂乃の想いを
受け止めてあげたいという邦宏の優しさがあふれているセリフかなぁ……と。

『愛』だと重いから、『恋』から始めたいんですよね。

前進した邦宏と靖史、置いてきぼりになっている大和。
それぞれの幸せへは、まだまだ続きます。