59 春の訪問者【2】

59 春の訪問者【2】


邦宏が信恵たちと待ち合わせたのは、『フリーワーク』から少し離れた

駅前のファストフード店だった。携帯を開き時間を確認すると、

約束から少し過ぎた頃、信恵と智子が姿を見せる。

真剣な表情で出迎えた邦宏に、智子はさすがに申し訳ないと思うのか、

信恵の影に隠れるようにしながら前に立つ。


「久しぶりだな」

「うん……」


智子は、邦宏の目の前に腰かけ、すぐにバッグから封筒を取り出し前に置いた。

封筒には『大久保工務店』と書いてあるのが見える。


「これ、康哉が坂本さんに返しておいてくれって、そう言ったの、だから」


邦宏は封筒を受け取り、ホチキスで止まっている箇所を破り、中身を確認した。

康哉がいなくなった日、この支払いを回収し、それを別の支払いへ回すつもりだったのだ。

お金と康哉が急にいなくなり、その代わりに元気な比菜が現れた。

邦宏は金額を数えると、つけていたウエストポーチにしまう。


「確かに受け取った。何か証明書でも書いたほうがいいか?」

「わからない、何もそんなこと言われてないし」

「あいつ、どうして逃げたんだ。智子は知ってるんだろ。
お金が戻ってきたから、全て水に流しますってわけにはいかないんだぞ」

「わかってる。私の……責任もある」


体を小さくしたまま、智子は消えそうな声でそう言った。





比菜は駅を降り、駐輪場に停めておいた自転車に乗った。

書類を入れた茶色の封筒を前カゴにしまい、ペダルをゆっくり漕ぎ始める。

大和の口調から、別れたという言葉の中に、貴恵への想いが残っているような気がして、

チャンスがあれば渡してみようかと、邦宏のデスクから以前ゴミ箱に捨てられた

水色の小箱を持っていったが、いざ、顔を見てしまうと、それを出すことは出来なかった。





「男に追われた?」


智子が邦宏に話し出したのは、智子の元彼のことで、

別れたつもりが、しつこく付きまとわれるのを知った康哉が、

自分のアパートに智子を連れてきて、そこから一緒に住むようになった。


「智子、お前、いつから康哉と付き合ってたんだ」

「ちゃんと付き合ったのは、そんなに経ってないけど、康哉が……」


しかし、祖母を大事にし、岡山を離れないと思っていた比菜が、

妹の佐波とうまくいかなくなり、東京へ出てきたいと言いはじめ、

康哉は、伝えていたことと、実際の自分とのギャップに、悩んでいたのだという。

邦宏は、どっちにもいい顔をした結末なのかと、呆れながらコーヒーに口をつける。


「私もさ、アイツから逃げたかったし、康哉もさ、比菜さんから逃げたくて、
で、勢いで飛び出したの」

「勢いって……。あのなぁ、康哉のしたことは犯罪なんだぞ」

「邦ちゃん、智子だって、契約違反よ。ママがカンカンだったんだから。
私たちだって、お客様の対応に、どれだけ苦労したかわかってるの?」


一緒に話を聞く信恵も、あまりにも勝手な言い分に、ついキツイ言葉を吐く。


「わかってます。だから二人とも東京には戻らない! って、
そう決めていたんだけど……。アイツ別の事件で逮捕されちゃってさ。
だから、今なら東京に戻れるんじゃないかって、私。だって、
どこに行っても結局は落ち着かないんだもの。でも、康哉は嫌だって言うし……」


智子は戻りたいと主張したことで、康哉と意見が合わなくなり、

結局、一人で東京へ戻ることになったと、

コーヒー皿を自分の方へ引き寄せながら軽く笑う。


「何してんだよ、それ、俺のだぞ」

「ちょっとちょうだい。アイスにしちゃったんだもの。なんだか寒くて……」

「ふざけるな! だったら、自分で頼みなおせ!」


邦宏は智子の手をはらうようにしながら、コーヒー皿を引き寄せる。


「ケチ……」


助けを求めようと覗き込んだ信恵の顔は、邦宏よりもさらにきつい表情で、

智子は仕方なく目の前にあったアイスコーヒーのストローに口をつけた。





「ただいま」


比菜が扉を開けると、大和はすぐに目を合わせてきて、そのことだけでも、

貴恵を気にしていることがよくわかった。

比菜は今日は思っていたよりも寒いなどと言いながら、中へ入る。


「もらってきましたよ、書類」

「あ……うん。すぐにくれただろ」

「はい」


比菜がデスクの上に置いた書類を、大和はすぐに開き、中身を確認した。

城所社長の見慣れたサインが、しっかりと書かれている。

別の用件でたまたま向かった『サイクル』で、仕事の中身をほめられ、

その社長からホームページの依頼を受けた。

そこで何度か会話を交わした女性が貴恵で、ある日、階段を下りようとした時、

一緒に食事でも行きませんかと誘って来たのが始まりだった。


それなりに信頼関係を築き、互いにわかりあっているつもりだったのに、

こんな紙切れ1枚で、全てが終わってしまった。

この先、支えあっていけるのではないかと思った貴恵との関係も、

この紙とともに、全て終了した気分になる。



『大和は愛されたい人なのよ』



誰でも自分を理解してほしいと思っているわけではない。

この人だからと、そう思ったはずだった。


「なぁ……」

「はい」


比菜は報告書類を取り出し、邦宏の椅子に座るとペンを握る。

大和が書類から目を離さないため、何か不備があったのかと問いかけた。


「求めるってことは……間違っていることなのかな」


書類に向かった比菜のペンが、紙の先につくことなくそこで止まる。

あまりにも唐突で、しかし、とても重い意味を持つような言葉に、何も言い返せない。

二人の間に、何秒かの時が流れ、その緊張感を壊すように、インターフォンが鳴った。


比菜が立ち上がりモニターを確認すると、そこに映っていたのは、妹の佐波だった。


「佐波……」


比菜はすぐにモニターから目をそらし、不安そうに下を向く。

大和は書類をデスクに置くと、もう一度インターフォンが鳴った玄関をじっと見た。






60 忘れたい人


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コメント

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千客万来?・・って2人だけど


    こんにちは!!

 康哉と智子、結局は現実に立ち向かえず逃げだした結果がこれなのね。

人は弱いものだから逃げ出したくなるのもわかるけど、この2人は周りに迷惑かけすぎ。

智子はさほど悪いことしたとは思ってない?
邦宏のコーヒー飲もうとした辺りでそう感じた。一事が万事そんな感じかな・・ともね。

反省のいろのない彼女に邦宏と、信恵さんが怒るのも無理はないかな。

さて、大和の問いに比菜ちゃんはどう答えるのかと、身構えていたら比菜ちゃんの妹の登場。

妹ちゃんはなぜ来たの?

そうそう、康哉はなんちゃってのまま姿現さずで終わるのかなぁ・・・。

    では、また・・・e-463

佐波が?

康哉と智子は割れ鍋に綴じ蓋。
比菜の思いを重いと感じたの?
それで逃げた?

ストーカーが居なくなったから、自分は帰ろうかな
って?なんて身勝手な二人。

康哉は何故岡山に?
そのことと佐波がた訪ねて来たことと関係があるのかしら?

大和が『愛して欲しい』と求めるのは間違ってない。ただどちらも求めているのでは、
どちらも満たされない。

気になる訪問者

何だかんだ言っても結局は
自分勝手な都合で逃げた康哉と智子

康哉って悪い奴じゃないんだろうけど
その場その場でつい良いカッコしちゃって
後でどうしようもなくなっちゃうタイプか・・・
智子も事の重大さをあまり感じてないようだし

邦宏と信恵さんの怒りも良くわかるわ

そしてこのタイミングで佐波ちゃんの登場かぁ~
岡山に戻った康哉から何か聞いたのかな?

不安そうに下を向く比菜ちゃん・・心配です。。。

全くもう~@@

康哉と智子には、ちょっと呆れてしまいました@@

そんなやつは早く捨てておしまい!
と、いつぞやだれかに叫びたかったのを思い出しました(某ドラマにて 笑)
設定は違いますけどね。。

今は、比菜ちゃんにそう言ってしまいそう~
でも、比菜ちゃんはその事情を知っても
そんな風には思わないんだろうなあ~

大和の素直なつぶやきを
比菜ちゃんが受け止めるチャンスだったのに~
またまた新しい訪問者が?!

今度は何が勃発?!

ももんたさん、腰お大事に~
腰は体の要ですから~
痛いときは安静第一!
  ヘルニア持ちのれいもんより

呆れた二人

mamanさん、こんばんは

>康哉と智子、結局は現実に立ち向かえず逃げだした結果がこれなのね。

はい、目の前のことしか見えていなかった結果が、
おそらくこれなのでしょう。

そう、そして人にどれほど迷惑をかけたのかさえ
気付けない人も、多い気がします。

さて、比菜の妹は、なぜ来たのか
……は、次回へ続きます。

>康哉はなんちゃってのまま姿現さずで終わるのかなぁ・・・。

なんちゃって……では終わらないですよ。
彼のことは、これからぼちぼち……

岡山の康哉君

yonyonさん、こんばんは

>比菜の思いを重いと感じたの?
 それで逃げた?

東京へ出てくるはずがないと思っていた比菜が、
急に出てくることになり、
繕っていたものがはげそうになった康哉です。

身勝手でもあり、情けなくもあり……

岡山にいるのは、彼も故郷だからです。
佐波が尋ねてきた理由は、次回で確かめてね。

つい……の結果

パウワウちゃん、こんばんは

>その場その場でつい良いカッコしちゃって
 後でどうしようもなくなっちゃうタイプか・・・

はい、そんな感じですね。
つい、大きいことを言ってしまう、
つい、出来ないことを出来ると言ってしまう。

まぁ、振り回される人達は
大変ですけどね。

さて、佐波の登場。
下を向く比菜。たまたまそこにいる大和。

3人のやりとりは、次回でどうぞ!

迷惑な人達

yokanさん、こんばんは

>こんな二人に振り回されていたなんて・・・

そうそう、そうでしょ?
でも、そうじゃないと、成り立たないの(笑)
あ、ちなみに逮捕されたのは康哉じゃなく、
智子の元彼です。

佐波が東京へ来た理由は、次回でわかりますよ。
身勝手な康哉と智子に呆れつつ、
もうしばらくおつきあいお願いします。

大和の味方

れいもんさん、こんばんは!

>そんなやつは早く捨てておしまい!
 と、いつぞやだれかに叫びたかったのを思い出しました
 (某ドラマにて 笑)

某ドラマってなんだろう。
ここにツボがあったようで、とっても気になります。

康哉の居場所を知った比菜、
姉に会いに来た佐波
たまたまそこにいた大和。
さて、どんな会話になるのやら。

>大和の素直なつぶやきを
 比菜ちゃんが受け止めるチャンスだったのに~

あはは……この表現好きです。
さすが大和贔屓のれいもんさんですね。

お見舞いコメント、ありがとうございます。
ヘルニアかぁ……痛そうだな。
私も気をつけないと。

今日は快調でした。
無理せずに頑張ります。