60 忘れたい人

60 忘れたい人


何度かインターフォンが鳴り、戸惑う比菜の代わりに、玄関へ向かったのは大和だった。

扉を前へ押し出すと、その隙間から見えたのは、比菜より少し背が高めの女性で、

大和の姿を見ると、すぐに頭を下げる。


「岡山から来ました。長瀬佐波です。姉の比菜の部屋はここでしょうか」

「いえ、ここは『フリーワーク』という会社の事務所です。
でも、お姉さんなら奥にいますよ」


大和の言葉に、佐波は中を軽くのぞくような仕草を見せた。

大和は見やすくなるように、体を少し斜めに傾ける。


「では、お邪魔してもいいでしょうか」

「どうぞ」


大和は、どこか儀礼的で、冷たささえ感じる佐波の口調に違和感を感じたが、

比菜からあまり関係がうまくいっていないと聞いていたことが、

逆に本当だったのだと理解した。

比菜は玄関で靴を脱ごうとする佐波の姿を見ると、慌てて外へ出そうとする。


「佐波、3階に私の部屋があるから、話ならそっちで……」

「いいわよここで。お姉ちゃんの話だけじゃ信じられないもの。
この方もここの関係者なんでしょ、ちゃんと聞かせてもらわないと納得できないし、
康哉君の話も理解できない」


大和は比菜に佐波を任せようと背を向けたが、康哉の名前が飛び出し、動きを止めた。

驚いたのは比菜も同じようで、佐波をつかんだ手が、力なく離れてしまう。


「康哉って、康哉とどこで会ったの?」

「……何言ってるの? 康哉君岡山に戻ってるわよ。だから驚いたの。
こっちで康哉君と暮らすんだって、落ち着いたら連絡寄こすって言って、
手紙には順調だとしか書いてないし、お母さんが心配してるのよ。
比菜は何を考えているんだって。最初から、康哉君なんて隠れ蓑なんでしょ。
淳平さんと……」

「佐波……」


大和は、二人の会話に入り込むことは避けようと思いながら、

つながった細い糸を切りたくなくて、思わず佐波に問いかける。


「康哉、今も岡山にいるの?」

「1週間くらい前に戻ってきたんです。うちに直接来たわけではないんですけど、
友達からその話を聞いて、お姉ちゃんとは東京でも会っていないって言うし、
聞いていることとあまりにも話が違うから、どういうことなのかと」

「お前、知ってたのか?」


大和の問いかけに、比菜は何度も首を振った。

東京へ出てきた時の比菜は、信用できるのかさえもわからなかったが、

今は、その表情にウソはないことがすぐにわかる。


「本当にあいつ、岡山にいるんですね」

「はい……」


大和は携帯を開き時計を確認すると、デスクに置いてあった紙を1枚破り、

佐波にボールペンを差し出した。


「ここに、あいつの住所を書いてくれないか」

「高杉さん、高杉さん、ダメ! ダメです!」

「何言ってるんだよ、アイツ岡山にいるんだぞ。そのままにしておけるわけがないだろう。
こっちがどれくらい迷惑かけられているのか、わからせてやる」

「ダメ!」


比菜は大和から紙とペンを奪い、後ろに隠した。

比菜と大和のやり取りに、事情を知らない佐波は、弾かれるように部屋の隅に行く。


「今追い込んだらダメです。康哉から場所を奪わないでください。 
お金なら私が返すって言ったじゃないですか」


大和は康哉をかばい必死になる比菜を見ながら、ここへ来た時の剣幕を思い出す。


「まだお前そんなこと言ってるのか。いい加減にしろよ」

「いいんです、もういいんです!」

「いいわけがないだろうが」

「忘れたいんです!」


比菜のその言葉に、大和と佐波、それぞれの動きが止まった。

自分が思っていたような状況ではないことに、佐波は二人の顔を交互に見る。


「康哉にこだわり続けて、今あるものを失いたくないんです。だからもう……。
忘れたい……。康哉にこだわりたくないんです」


比菜はクシャクシャにした紙とペンをデスクに置いた後、

呆然とする佐波の腕を引き、事務所を出て行った。



『忘れたいんです!』



大和は事務所に一人残され、比菜が握ったメモを開いていく。

1枚の紙に残されたしわを見ながら、遠ざかっていく足音をじっと聞いた。





邦宏が事務所に戻り、智子と信恵と会ったことを話し出し、

目の前に置かれた封筒を見ながら、大和は黙ってそれを聞き続ける。


「そうか、妹さんが来たのか。とりあえず智子の話を聞いてから、
康哉のことが分かれば長瀬さんに知らせようかと思ったんだけど。
それにしても強いんだな長瀬さんは……。康哉のことはもう、忘れたい……か」

「あぁ……」

「まぁ、そうだよな。別の女と逃げて、謝罪もしてくるわけじゃないし。
アリスと一緒に、智子をここに連れてこようかとも考えたんだけど、
長瀬さんにしてみたら会いたいわけはないだろうし。
腹は立つけど、大和、俺たちからしたら金は戻ってきたわけだから、
あまり強く出るな。今は、彼女の気持ちを優先してやらないと……」

「うん」


邦宏はデスクの引き出しを開けると、そこに入れたはずの水色の箱を探した。

大和は何かがなくなったのかと、問いかける。


「ん? お前、貴恵ちゃんとケンカしたんだろ。
プレゼントの箱を捨てたって長瀬さんが拾って、で……ここに……あれ?」

「拾った?」

「あぁ……。捨てられちゃうのはかわいそうだとかなんとか……ん?」


大和は、貴恵に別れを告げられてここに戻った日のことを思い出した。

高杉の家ではなく、足は自然に事務所へ向いた。

誰もいなくても、一人でいても、どこか一人じゃないようなそんな気持ちがした。

そこへ仕事を終え戻ってきた比菜に、今まで語ることのなかったことを、

なぜか自然に告げた。ぼんやりと思い出す比菜は、確かその敷居に腰掛け、

軽く膝を抱えていた気がする。


「意地を張るなって、大和。あの……」

「もういいんだよ、それは」

「仲直りしたのか?」

「いや……。貴恵とは別れた。あいつの求める男じゃなかったみたいだ」


大和の言葉に、邦宏は探していた顔をあげ、驚きの表情を見せた。

少しずつ視線を動かしながら、それでも大和の顔を何度も確認する。


「大和、ふざけてるんじゃないよな」

「あぁ、本当に別れた。初めはどうしてなのかって考えたけど、
今はこうなるものだったんじゃないかって、どこか納得してる」

「大和……」

「あいつの求める男には、自分がなれないこともよくわかったよ」


大和が淡々と語る姿を見ると、邦宏はそれ以上何も言わずに、

康哉が戻してきた封筒を手に取ると、小さな棚に置いてある金庫へ入れた。






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コメント

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フリーワーク

ん~、なるほど。。

フリーワークは、
比菜にとっても、大事な場所になったんですね。
今あるものを失いたくない気持ち分かるな~

やりがいのあるところ
自分が生かされているところ
人とつながってることを実感できるところ
魅力的なところですよね。

それは、大和にとっても同じこと。
家にいるより
ほっとできたり落ち着いたりできるところなんだろうなあ

大和。自分と貴恵ちゃんのことを
冷静に考えられるようになったんですね。

あ。。比菜にまた別の男性の影。。
大和のライバル?!うふ♪

心のよりどころ

    こんにちは!!

 妹ちゃんの登場でどうなるの?と思ったら
比菜ちゃん、大和と口論(?)になちゃった。
大和はフリーワークのこともあるけど、
大和なりに比菜ちゃんのことも思ってのことですよね?

「忘れたい」たいといった気持ちわかる。
でもなんかしっくりこない。
それに淳平って誰?比菜ちゃんのなに?

そういう大和も踏ん切りがついたようで
一歩・・半歩前進?
比菜ちゃんに男の影?で右往左往してほしいなぁ、なんて希望的観測・・・。


     では、また・・・e-463

新しい男、登場?

『フリーワーク』って、大和や比菜ちゃんにとって
ただの会社ってだけじゃない大切な居場所

貴恵に別れを告げられた大和の足が自然に事務所に向いたように

「誰もいなくても、一人でいても、どこか一人じゃないような
そんな気持ちがする場所」なんだろうなぁ


大和の気持ちも何とか吹っ切れたようでちょっと安心
なんて思ってたら

淳平??って初めて出てきた名前だよね・・;;

お母さんが心配して・・なんて言ってるけど
佐波がわざわざ岡山から来た本当の理由はこの淳平にあるのかな・・・?


別れの決意

家で比菜に気遣う家族の中で、佐波も辛かった。

康哉だけを頼りに上京して、しかも現実は思った以上に厳しい。
でもその中で仲間が出来、仕事も・・・・
自分のしたかった保育も真似事だけど出来ている。

しかし佐波は確かめるためだけに出てきたのかしら?
淳平???誰それ?

大和も貴恵のこと邦宏に話せて踏ん切りが付いたかな。

比菜の居場所

れいもんさん、こんばんは!

>フリーワークは、
 比菜にとっても、大事な場所になったんですね。

震災に遭って、傷を負ったことでどこか人を避けるようになった比菜。
結局康哉に裏切られたことで、逆に強くなったのかも知れません。
それを叶えてくれたのが、この『フリーワーク』でした。

さて、チョコッと出てきた男の名前。
それは次回へ続きます。

次回で少しお休みになりますので、ぜひおつきあいくださいね。

もやっとするかもね

mamanさん、こんばんは!

>「忘れたい」たいといった気持ちわかる。
 でもなんかしっくりこない。

そうそう、そうでしょ?
そこらへんは、まだまだこれから続くのです。
としか、今は言いようがないのですけれど。

佐波から飛び出した男の名前。
彼に関しては次回。

少しお休み……になりますので、ぜひおつきあいしてくださいね。

佐波の気持ち

yokanさん、こんばんは!

>直接いきなり伝えに来た佐波ちゃん

はい、電話じゃなく、ここへ来たかった理由、
比菜から聞いていたことが、全てウソだと思ったからなのです。

だとすると、淳平とは……

それは次回へ続きますね。


大和の気持ち、比菜の気持ち、
第1部、ラスト、ぜひ、おつきあいください。

あったかい場所

パウワウちゃん、こんばんは!

>『フリーワーク』って、大和や比菜ちゃんにとって
 ただの会社ってだけじゃない大切な居場所

はい、家族じゃないけれど、何かあたたかいものがそこにある……
そんな場所になっているようです。

みんな淳平さんに引っかかってるんですね。
そうか、そうだろうな

それは次回へ続きますので(笑)

ここで少し休憩になります。ぜひぜひおつきあいお願いします。

姉妹の壁

yonyonさん、こんばんは!

>家で比菜に気遣う家族の中で、佐波も辛かった。

比菜を気遣い、どこか遠慮がちな家族。
比菜も、佐波も、互いに傷ついて来たところがあると思います。

比菜が東京へ出てきてしまった理由。
康哉がいるということと……実はもう一つあったんですけど。

それがこの淳平につながっています。
もちろん、佐波がいきなり尋ねてきたことにも、ね。

それぞれの想いをのせて、第1部、ラストへ続きます。

ここにきて・・・

こんにちは^^
雨続きだねぇ・・・それに寒いし ><

妹登場!には驚いた。
そして、彼女の台詞にも!
新たな展開?

大和のことが、なんとなく落ち着いたかと思ってたら、ちゃ~んと次の問題が起こってる(笑)
フリーワークは、いろんなトラブルを背負い込むところなのか・・・
(それとも作者が故意に仕組んでいるのか 笑)

それにしても、大和が求める女性ってどんな人なのかなぁ?
貴恵タイプじゃないと思う私なのでした^^v

普通だと……

なでしこちゃん、こんばんは

>妹登場!には驚いた。
 そして、彼女の台詞にも!

エ! 本当?
でも、みなさんの反応を見ても、そうなんだと納得。
私としては自然なんだけど(笑)

>フリーワークは、いろんなトラブルを背負い込むところなのか・・・

あはは……そうかしら、私としては普通だと……(笑)
まぁ、人が多く出入りする場所なので。

大和が求める女性、もう少しお待ち下さいませ。