未来の君へ(前編)

未来の君へ(前編)




厚之とは、大学の頃から7年の付き合いが続いている。




まぁ、7年も付き合っていれば、時々ケンカをすることもあるけれど、

それなりにまっすぐ、順調に進んできた。




互いにどんなものが好きで、どんなことが嫌いかも、

聞かなくたってわかるようになったし、いつ新たなるステップに向かっても、






私の気持ちは……。









「ねぇ、紗英。結婚することになったの」

「エ……誰が?」

「やだ、何とぼけたこと言ってるの。私よ、この永江真美」



私の静かな心を騒がせるその電話は、

5月のゴールデンウィーク少し前に突然かかってきた。





厚之と同じ大学で知り合った友人の真美は、

大手の家電メーカーに営業事務として採用され、

互いに社会人となってからも時々食事やカラオケに行っては、色々と語り合う仲。





もちろん、昨年のクリスマス前に『告白された』ことも知っていたし、

バレンタインデーは一人じゃないから幸せだと、そう言われたことも憶えている。





しかし……。





「真美、結婚って、あの……前に言っていた戸田さんと?」

「当たり前じゃない。他に誰がいるのよ、やだ、紗英ったら。
私はそんなに何人もの男を操れるような、魔性の女じゃありません」







楽しいのだろう、嬉しいのだろう……。

いつも話好きの真美ではあるけれど、小さな話題を振っただけで、

七色の変化を見せるくらい語っている。




受話器の向こうで、結婚は勢いよ……と、真美は本当によく笑った。

その明るい声とは裏腹に、私の心はどこか沈んでいく。





私と真美と、そして厚之と中学が同じ里奈の3人は、大学ですぐに打ち解け、

同じサークルに入ることになった。


その時、一つ先輩としてすでにそこにいたのが厚之で、何でもしっかりとこなし、

明るい彼の笑顔に、会えることが嬉しくて仕方がなかった。






『僕と、おつきあいしてもらえませんか?』






サークルの飲み会で、厚之はそう私にハッキリと告白してくれた。

隣に座っていた真美が、羨ましいと笑顔を見せ、

里奈は厚之があんなにしっかりとした先輩だったとは思わなかったと、笑った。



そう、就職難になってきた近頃でも、私は二人より先に就職を決め、

卒業までの間、先に社会人となった厚之と一緒に、ナイショ旅行だって出掛けた。



真美も里奈も、初めて出来た彼氏との付き合いに迷った時は、

私と厚之の話が参考になると、いつもあれこれ聞いてきて、後からついてきて。






それで……。






「ねぇ紗英。たしか書道習っていたよね、宛名書き頼めない?」

「宛名?」



真美は招待状の宛名書きを、私に頼むと言い出した。

もちろん、仲良しの真美の頼みだし、断る理由なんてないのだけれど。





私、そんなことしていて、いいんだろうか。





「ちょうど8月なんだよね、里奈は臨月に入るじゃない。新幹線乗って来られるのかな」

「うん……」





そう、いつも最初を走っていた私は、いつの間にかすっかりビリになった。




里奈は就職先で素敵な取引先の男性と出会い、

1年半前に結婚し、この夏には母親になる予定で、

そして真美もこの夏、私をあっと言う間に追い抜いていくらしい。






『うさぎとかめ』の童話が、頭の中をグルグルと走り回った。








別に、途中でなまけていたわけじゃないんだけどな……。








「へぇ、あの真美が結婚か」

「うん、出合って半年で決めたんだって」

「そんなに驚くことか? 今じゃ、そういうものだろ」






そんなにあっさりと言わないでよ。足踏みしている人が、目の前にいるのに。






出版社に勤める厚之は、仲間だった真美の結婚話をとても嬉しそうに聞いた。

近頃、すごい賞をいくつも取った遅咲きの作家、倉林信照先生の担当になったらしく、

色々と振り回されて大変だと愚痴をこぼす。


そのおかげで、私達は以前に比べて出かけることが少なくなった。

たまに外で会っても食事するくらいで、昔のように二人で旅行したりなんて時間は、

持てなくなっている。





この刺激のなさは、『倦怠期』ってことなんだろうか。いや、飽きたわけでもないし、

ケンカしているわけでもないのに、じゃぁ何? これは『停滞期』?





「紗英、しっかり宛名書きしてやれよ、真美の一生に一度の招待状なんだからさ」

「うん……」





食べ物を口に入れるものの、それを押し返したくなるくらい、心が叫び声をあげる。





一体、私はどうなってるのよ、付き合い始めたのは3人の中で一番早いのに、

どうしてゴールが見えてこないわけ?





何度も、何度も出そうとしながら、仕事の話をし続ける厚之を見ていると、

思い切れない自分がいた。


悔しくて、一口大にしたハンバーグを、さらにナイフで細かくしながら、

どうしようもない怒りと焦りを切り刻んでみる。






「おい、紗英。皿がキリキリ言ってるぞ、お前、ナイフ強く当てすぎだ」

「わかってる」






キリキリしているのは皿じゃないの。私の気持ち!

全くもう。偏屈作家のご機嫌を取る前に、目の前の私に何か言うことはないわけ?






目だけを厚之に向けてみても、迫力がないのか、何も言われなかった。





あぁ、もう、こうなったら、自分の力でそっちへ持って行くしかないのかもしれない。





そうだ、なんとしてでも『プロポーズ』をさせてやる!




私は小さくなったハンバーグを、まとめて3かけらフォークに刺し、一口で放り込んだ。








それからというもの、私の涙ぐましい努力が続く。


デート中にわざと教会の前を通ってみたり、書店へ行けばブライダル雑誌を

手にとって見てみたり、思いつく方法でなんとか厚之のネジを回してみようと

奮闘したけれど、巨匠の年配作家を相手にしているからなのか、

ネジは錆び付いてしまったようで、全く回らない。








「はぁ……書き終えました」

「うわぁ、ありがとう。さすがは紗英。これなら誰からも文句を言われないわよ」

「うん」





宛名書きを頼まれた真美に会って、私はコツを聞いてみた。



こうなったら誰の助けでも借りなければ。

そう、昔は彼氏との悩みなど、色々と聞いてあげたんだから、

それくらいしても、バチなど当たるまい。





「コツ?」

「うん、プロポーズさせるコツ。なんだかさ、慣れてきてしまって、
真美の言っていた勢いってものがないんだよね。それって……」

「7年も付き合うと、確かに勢いはないわよね。この距離感に慣れちゃって、
別に籍を入れないとって思いが、あっちゃんにはないのかも」

「そ……そうなのかな」

「ねぇ、紗英の方から言っちゃえば。私を早くお嫁さんにして! って。
いいじゃない、今はそういうのもアリだと思うよ」





人のことだと思って、真美は招待状を確認しながら楽しそうに笑っている。




そうだった、勝ち誇っている状態の真美に、聞くこと自体が間違いだった。

私は一言そんなこと嫌だと言い切って、手帳を広げてみる。





何よ、バーゲンセールじゃあるまいし、こっちから購入を希望するなんて、

冗談じゃないわ。





毎週同じ曜日にあって、同じように時を過ごし、家まで送り届けられる。

それって、会いたい時には会うけれど、会いたくないときには会わなくていい……。

もしかしたら、そんな都合のいい関係が、出来上がってしまったのだろうか。





結局、私の愚痴を笑われただけで、コツを聞き出すことなど出来なかった。





カレンダーをめくるビリビリの音が、私の心に染みていった。









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コメント

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続きを早く!

こんばんは^^

PCを閉じる前に見つけてしまった。
素通りできなくて読んじゃったよ~!
そして、「ここでおわり?えーっ!!」と叫んでます。

男って鈍感? って思うときがあるよね。
「人は人 自分は自分」 とはっきり領域が決まってるのが男。
女は 「あの人も気になる この人のことも気になる」 人目を気にして、曖昧な線引きしかできなくて・・・
この違いが、「意識の差」になってくるのよね。

厚之は、きっと「自分たちのスケジュール」を決めてるんだと思うけどなぁ。
紗英としては待つだけじゃ、苦悩ばかりだよね。

>何よ、バーゲンセールじゃあるまいし、こっちから購入を希望するなんて、

あはは・・・この心の台詞、妙に気に入ってます^^v

あちらのお話の感想は、あとでね~!

お楽しみは取って置く派?

  こんにちは!!

 いつも友達の先を行ってたのに、今はビリ。
競争じゃないんだから・・と思ったんだけど、気持ちは分かるかも。

厚之は紗英の焦りをほんとに判ってないの?時期を考えてるのかも?
今の関係が居心地いいっていうのは確かでしょうね。
・・・やっぱ鈍いのか?!

紗英さん、気持ちはバーゲンセールなんじゃないかと・・・
そんなに焦れてるなら、プライド捨てて逆プロポーズした方が精神衛生にいいのでは?
これから先、ズーッと話のネタにされそうで厭?


あちらのお話はGWに(こっちの桜がきれいに咲いたら)読む!
と、なぜか思ったのでGW中にお邪魔します!
桜の名所弘前公園は今5分咲きくらいのようです。

もう読みごろかなぁ・・・(笑)


     では、また・・・e-463

夜中族になったの?

なでしこちゃん、こんばんは!
それにしても、すごい時間だね。夜中族の私でも、起きてないぞ(笑)。

男と女は、考え方が全く違うのだと思うよね。女があれこれ悩むことを話すと、
あっけらかんと『そんなことなの?』と切り替えされることもあるし、逆もある気がする。

>厚之は、きっと「自分たちのスケジュール」を決めてるんだと思うけどなぁ。

うふふ……それは後編を読んでね。
もう、結末は分かっているので、みなさん安心して読んでもらえるかなと思っているのだけれど。

セリフも気に入ってもらえて嬉しいな。
感想はいつでもいいですよ、でも、お待ちしてます。
(ご意見を聞けるのは貴重なので……)

ごめんよぉ

mamanさん、こんばんは!

>・・・やっぱ鈍いのか?!

あはは、さてどうなんだろう。
今回の4作品は、それぞれ全く違うタイプの男性を書いているつもりです(つもりなの……)。
鈍いのか、おおらかなのか、それとも紗英に気持ちがないのか(それはないけど)、
まぁ、後編を楽しんで下さい。


>あちらのお話はGWに(こっちの桜がきれいに咲いたら)読む!
 と、なぜか思ったのでGW中にお邪魔します!

あぁ、ごめんね、なんだか催促になってしまって。
いいんですよ、いつでも。
そちらが満開の時でもなんでも、
ただ、ご意見をうかがえるのは貴重なので、ぜひぜひと思ってしまって……。

m(*- -*)mス・スイマセーン

きっかけは……

yokanさん、こんばんは!

>何かキッカケがないと前に進めないかもよ^^

そうですよね。一緒にいるという時間が長くなればなるほど、
刺激的じゃないけれど、なんとなく……が続くわけで。
さて、この二人はどんなふうに『プロポーズ』の瞬間を迎えるのか、また、後編ものぞいてください。

大げんかかぁ……それは親も焦るかもね。もう半分決まったものだと思っているだけに(笑)