未来の君へ(後編)

未来の君へ(後編)




季節はすっかり夏色になり、真美は近づく式への準備に忙しいようだった。

毎月、恒例にしていたカラオケも、行くことが出来ないほどやることがあるのだと、

受話器越しでため息をつく。




一時は、なんとか自分も前進しようと頑張った私だったが、

厚之の反応の乏しさに、気持ちはどこか抜けたようになり、

ただカレンダーだけが、季節の移り変わりを教えてくれた。









仕事が休みになった土曜日、私は厚之の好きなビールを買い込み、

彼のアパートへ向かう。




いつも同じ曜日に会っていたのに、ここ2週間ほど彼の仕事が立て込み、

そんな時間も取れなかった。






「厚之、おじゃまします」

「あぁ、紗英。こっちへ来る時、足元に気をつけて」

「何?」



ワンルームの部屋の床には、何枚かの古い写真が置いてあった。

セピア色の少し傷みのある写真には、軍服を着た知らない男性が写っている。






「これ、誰なの? 厚之の親戚?」

「ん? あぁ、倉林先生のお父さんだ。まぁ、戦争で亡くなってしまったから、
先生は顔を見たことがないらしいんだけどね」




私も、倉林先生をテレビの番組で何回か見たことがあった。

今じゃ完全な白髪だが、この写真の男性に、その面影を見ることが出来る。

すると隣にいる女性は、母親と言うことになるのだろうか。




「隣にいるのはお母さんってこと?」

「うん、そうだよ。ご主人を戦争で亡くされて、お母さんが先生を一人で育てたらしい。
実はさ、来月、『月刊樅ノ木』で、先生が生い立ちを語るコーナーがあるんだ。
シリーズ化してきた作品の出版記念もあるし、ちょうど夏で終戦の時期だし、
タイムリーだろ」

「うん……」




幼い頃にバットを持っている姿など、

今、テレビに映る倉林先生からは想像出来ない写真が、テーブルと床に並んだ。






それでもやはり、二人並んでいるご両親の写真に、目がいってしまう。






「それじゃ倉林先生のお父さんは、結婚したのにすぐ亡くなったってことなのね」

「あぁ……。この写真だけしかないんだって、そう言ってた」









なんだろうか。







時を越え訴えかけてくる1枚の写真に、今まで真美や里奈の結婚で、

一人イライラしていた自分の気持ちが、あまりに愚かなような気がしてきた。






もし、時が時ならば……。






隣で原稿用紙に向かっている厚之も、どこか遠い土地へ行ったかも知れない。






彼の顔を、そばにいることをゆっくりと確認する。






どうしよう……考えただけで、心臓が飛び出しそうだ。






いつも同じような時間しか過ごせないことに、腹を立てた自分が、

一瞬、とんでもなく嫌いになった。






「好きな人と一緒にいられるのは……それだけで幸せなことなんだな」

「う……うん」




写真を選びながらそう言った厚之の顔を見られないまま、当たり前のように返事をする。






もしかしたら、私は大事なものを、どこかに置き去りにしてきたのかもしれない。






真美や里奈に置いていかれたくないから、『プロポーズ』をさせようなんて、

そんな私の気持ちに、厚之が答えを出すはず……なかったわけだ。






「厚之。この写真かわいいね。あの倉林先生もこんな風に、子供時代があったんだ」




ご両親の写真を元の位置に戻し、気持ちを変えるために、

倉林先生の子供時代の写真を眺めてみる。




「そりゃそうだよ、誰でもいきなり頑固な偏屈じいさんとして
生まれてくるわけはないんだし」

「あはは……。倉林先生って頑固で偏屈なの?」

「あぁ、あれはすごいね。僕が担当じゃなければ大変なことだったって、
奥様がいつも笑うよ。鼻っ柱が強いところは俺の若い頃に似ているなんて、
結構先生が気に入ってくれているらしいけど。先生の若い頃なんて知らないしさ」

「ふーん……」




どんな人にも歴史があって、色々な出来事がその人生にからまってくる。






そう言えば昔、厚之と同じ中学の後輩だった里奈が、

彼が、応援団長だった頃のことを話してくれたことがあった。




「あ、そうそう。里奈から聞いたんだけど、厚之って中学校の頃は、
背が低かったんだって? 応援団長に立候補したけれど、
先生から身長が足りないって断られたって聞いた。
それでも諦めずに立候補したら、見事当選したんだって。それ、本当?」

「……あぁ、本当。見事なくらいに低かったんだ。
でもさ、見た目でお前には向かないと言った教師に腹がたったっていうのもあって、
意地で立候補した。中学3年の夏から伸びて、高校1年終了までに25センチ高くなった」

「へぇ……。私は背の高い厚之しか知らないからな。小さかっただなんて意外。
そんな時に会ってみたかった気がする。そうしたらイメージとか変わっていたかな」






大学へ来る前の厚之。私の知らない20年の歴史。

どこか触れてみたかったような、そんな気持ちになる。






「そんな過去のことなんて、どうだっていいよ」

「エ……」

「僕は興味ないな」




厚之は写真を選び、それに付箋をつけながらそうポツリと言った。



そんなふうに呆気なく言われると、私に興味がないように聞こえて、

なんだか寂しくなるじゃない。







「僕は過去の紗英のことより、これから紗英がどんなおばあちゃんになるのか、
それをずっと見ていたいけどね……」







厚之の真剣な顔がすぐそこにあった。

私がおばあちゃんになるのを見るって……それって、もしかしたら……。







「シリーズが終了するまで落ち着かなくてさ。細かいことを考えている余裕もなくて。
いつの間にか、紗英が最後になっちゃったな……ごめん」







教会の前なんか通らなくたって、

ブライダル雑誌なんか読まなくたって、

そう、そばに居られることが幸せなんだと思っていれば……。







自然に、こうなるんだよね。

そんなこと、最初から本当は、ずっとわかっていたくせに……。

厚之の性格だって、全部知っていたくせに……。





「いいよ、そんなこと……」





私の幸せな時間は、これからも続く。

厚之が、真っ白い頭のおじいさんになるまで……。







ずっと、ずっと、見ていられるんだから……。







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さりげなく

   こんにちは!!

 厚之さんは鈍くも何ともなかったのね。
きちんと紗英さんの気持ちわかってたんだ。
2人の将来を考えていて、時期が悪かっただけなのね。

彼の方もきっかけ探してた?

プロポーズも何気にさりげなく、それこそ鈍い人ならフ~ン・・?って感じで。
それがまた、憎いねぇ。(^.^)v
私だったらフ~ン・・?かも(爆)

彼らしいプロポーズだったんでしょうね。

なにはともあれ逆プロポーズしなくて済んでよかったですね。
そういう問題じゃない?!(>_<)

紗英さん、厚之さん共白髪まで末長くお幸せに!!


     では、また・・・e-463

いつまでも……

ナイショさん、こんばんは!

そうですね。いつまでも……と思う気持ちが大事なのですが、
ついつい忘れてしまうんですよ。

うふふ……想い出のお話も聞けちゃいました。
出会いもあれば、別れもあり、今が幸せならOKです!

厚之の『プロポーズ』、印象的だと思ってもらえて嬉しいです。
強引な感じの男ではないので、
それが逆に味のある言葉となるのかもしれないですね。

残り3作品にも、ぜひお付き合いお願いします。
レス、ありがとうございました。

きっかけ

mamanさん、こんばんは!

>彼の方もきっかけ探してた?

付き合いが長くなると、そういうところはあるかもしれないですね。
いきなり切り出すってわけにもいかないし。

>プロポーズも何気にさりげなく、
 それこそ鈍い人ならフ~ン・・?って感じで。
 それがまた、憎いねぇ。(^.^)v
 私だったらフ~ン・・?かも(爆)

あはは……。これ、通りすぎちゃう?
うーん……私だったらどうかな。
状況には確かによるかもね。TVとか見ながらだと、逃すかも(笑)

二人はしっかり幸せになる! ということでお願いします。
レス、ありがとうございました。
また、来てね

何だよ!

なんだよ!随分ええかっこしいじゃん。

散々悩んで、逆プロポーズまでしなきゃ分からんか!と
考えていたのに・・・

さりげなくとも白髪なんてさ・・・

厚之も頑固で偏屈作家に付かなきゃ分からなかった事、
気づかせて貰ったのかもね。

家庭平和か

yokanさん、こんばんは!

>側にいられる幸せ、意外とこれを一番忘れがちなんですよね。

ねぇ、すっかり私も忘れてますけど(笑)
たまに思い出すのは、そう、『家庭平和』になるかもしれない。

yokanさんブログを読むと、忘れているようには見えないけどな。
いつも仲良しって感じがします。

レス、ありがとうございました。
また、次もお付き合いくださいね。

格好良くしたいんだってば

yonyonさん、こんばんは!

>なんだよ!随分ええかっこしいじゃん。

あはは……そう?
『プロポーズ』だもん、格好良くしたいんだよ、きっと。
(違う?)

今回は紗英の気持ちで書いてましたので、厚之側からすると、
確かに慣れはあったでしょうね。
偏屈作家さんとのことから、当たり前の心地よさに気付いたのかも。
ってことでどう?(笑)

レス、ありがとうございました。
次回作も、よろしくお願いします。

お久しぶりです。

FMでの宣伝? を見て覗きに来ました。

もっと頻繁にお邪魔するつもりがなんだかんだとありまして
気づいたらこんなに久しぶり(爆)

あ~ええなぁ~
こんな風に何気に言ってくれちゃうの♪

私的には演出しまくりや策ねりまくりの
プロポーズはひいてしまうので
こんな風に会話の途中にポツッと・・(〃∇〃)
が好きです❤

これから私にプロポーズする人!
これ読むかな?

って・・・えっ?
ヽ(´o`; オイオイ
自分で突っ込んでおきました。(爆)

さりげなく

izuyonさん、こんにちは!
宣伝(笑)を見てくれたんですね、ありがとう!

私こそ、なかなかお邪魔できずに……。

>こんな風に会話の途中にポツッと・・(〃∇〃)
 が好きです❤

私もです。
『ザ・プロポーズ!』というよりも、『ん?』くらいの方が。

>これから私にプロポーズする人!
 これ読むかな?

あはは……読んでもらいましょう。
1度だけではなくて、2度でもOK!
って、言ってみたら?

よろしければまた遊びに来て下さいね。

不覚にもT_T

最後にやられましたT_T

何にやられたのか、もう一度戻ってみたら、
最後の「ごめん」T_T

ちゃあんとわかってくれてたんですね。

素直になって
正直に伝えるって大事ですよねT_T

お幸せに~(^_^)/~~

ずいぶん遅くなっちゃいましましたm(__)m
その分、幸せな一気読みだあ~
さ、次行ってみよう!

伝えること

れいもんさん、こんにちは

>ちゃあんとわかってくれてたんですね。

微妙なことだけに、互いに気持ちをわかっていても、
ハッキリとは聞きにくいことですからね。
紗英のドキドキに、マイペースだけれど、
ちゃんと答えた厚之です。

>その分、幸せな一気読みだあ~

あはは……。
よろしくです!